閑話 庭の鍛冶職人
巣、遺跡、迷宮。総称して“ダンジョン”と呼ばれるこれらなのだが、ゲームと違ってセーブポイントも無ければ休憩室など無いし、敵が出てこない安全な場所は無いと言っても過言ではない。
日帰りならともかく、それなりに成果を出そうと思えば一日二日ダンジョンに潜って夜を明かす事は珍しくないのだ。
その為、夜を明かすためには交代で見張り番を立て、例え就寝中であっても非常事態が起きた場合にはすぐに動けるようにならなければならない。
つまり、気が休まる暇が無いって事だ。
「ダンジョンに泊まり込むってのは大変なんだな」
「言ってることは間違ってないけど、状況が激しく間違ってる気がするよ?」
横目でジト目のミリィの突っ込みを明後日の方向に目をやって回避する。
空を見上げると、夕暮れの赤みは黒い帳に取って代わられようとしている。
周囲は徐々に暗くなっていくが、夜空に浮かぶオーロラはその暗闇こそわが舞台だと言わんばかりに幻想的な輝きを放つ。
そう、ここは廃坑では無く『幻獣の庭』の森の中だ。
「あのまま廃坑の中で一夜を過ごした方が良かった?」
「……意地悪だね。こっちの方が良いよ、アンデットの心配も無いし臭くも無いし」
猫獣人であるミリィには犬科獣人などよりは鼻は効かないが、それでも人間の俺より鋭敏な嗅覚を持っている。
お金のためとはいえ、あの腐敗臭漂う廃坑にずっというのは苦痛の筈だ。
「冒険者としては、ズルしてるような気になっちゃうけど」
「まぁ、言いたい事は分かるけどな」
『幻獣の庭』から扉で廃坑に戻れば、夜になった頃に探索を中断した場所に戻る事が出来る。
ここは森の中ではあるけど、ラヴィア姉さんの領域故に凶暴な野生動物などは殆どより付かないし、森のそのものが俺の味方の様なものなので外敵に怯える心配が無い。
ただこっちに来た時は夕暮れ前だったので、多少時間感覚が狂いそうな気はするけど。
「枯れ木を拾ってきたのである!」
「――ただいま~」
「ガウガウッ!」
焚火用の枯れ木を集め来てくれたジェーンと、ケルベロスの本体に跨ったフォンが
一緒の戻ってくる。
初めて『幻獣の庭』に来たジェーンは大層興奮し、今日一番活躍したから休んでくれと言ったのだが、
『周囲を散策がてら枯れ木を集めてくるのである!』
と行ってしまったのだ。なんてスタミナだ。
しかし道に迷っては行けないので、簡易召喚を解いてやってきたケルベロスに案内を頼んだ。
フォンはただ背中でもふもふを堪能していただけ。
枯れ木を重ねてケルベロスが小さく火を吹く焚火を作り、それを四人と一匹で囲う。
小鍋に乾燥させた野菜と切った干し肉を入れてスープを作り、パンを添えて夕食にすることにした。
これが一般的な野外での食事らしいが、味が薄い事を除けばそう悪くは無い。
「ねえねえ、今日は此処で野宿するつもり?」
「そのつもりだけ嫌か? 廃坑より遥かに安全だけど」
「ううん、そういうんじゃなくて……」
「――ラヴィア様の所に行かないの?」
ああ、そういう事か。
ラヴィア姉さんの家は広いし、頼めば幾らでも泊まらせてくれるだろう。
「おお、話に聞くハイエルフであるか。是非一度会ってみたいのである!」
「見た目はエルフと変わらないし、中身はただの甘い物好きなんだけどな~」
特に羊羹。
「さっき見てきたけど、留守だってドリューが言ってたからなぁ。親しき仲にも礼儀あり、家主がいない家に泊まり込むのは止めといた方が良いだろう」
「そうだね。それなら仕方ないね」
ミリィ達も納得したように頷く。
ツリーハウスに行った際に暇そうに漫画を読んでいたドリューが言うには、ラヴィア姉さんとタマモ姉さんにアルケさんを加えた三人で女子会だそうだ。
中身は女子会と言う名の飲んべえの集まりだが、俺から女子会と言う単語を聞いた日からそう言い張る様になってしまった。
食事を済ませると後は明日に備えて寝るぐらいしかやる事は無い。
そもそもこちらでは夜になってそう時間は経ってないけど、向こうでは日付が変わるちょっと前といった時間の筈だ。
俺だってそろそろ眠い……のだが、やっておかねばいけない事もある。
「ちょっと出かけてくるから、みんなは先に休んでおいてくれよ」
「うん? どこにいくの?」
「ああ、預けておいたミスリルの剣を受け取りに」
ザンザス戦に整備が必要になったので、こちらに来る際に預けて置いたのだ。
もう五日は前の事なので、そろそろ取りに行かないと。
「そっか、あの剣を打った人がここにいるって言ってたね……」
そう呟くミリィは少しだけ考える様な素振りを見せた後、俺に視線を戻して言った。
「タツヤ、良かったらわたしも行って良いかな? ミスリルの剣を打てる人って凄く少ないから、どんな人か気になっちゃって……」
そう言えばミスリルの武具は鉱石自体が貴重なだけでなく、その加工も大変難しいのだと聞いた。
一般の鍛冶師では碌に成形する事すら困難、一流と言われる鍛冶師でも質を悪くしながら道具の体裁を整えるのが精いっぱいで、俺の持つ剣の様に実用レベルまで持って行けるのは大陸でも極限られた物だけと言う。
具体的にはドワーフが治める鉄の国ドヴェルグ。
こと火と金属を扱わせたら右に出る者はいないと言われるこの種族の、鍛冶ギルドの頂点に立つ老師とその高弟だけが扱う事が出来ると言う。
そもそもミスリルは貴重な事に加え打つのに時間が掛るらしいので、完全予約制な上にそれなり以上の地位かコネが無ければ予約する出来ないのだが。
ミリィは元々好奇心を満たす為にフォンに付いて故郷を出たくらいだし、ミスリルを打てる程の鍛冶師を見てみたいと思っても不思議じゃないか。
「俺は別に構わないし、変に騒がなかったら向こうも特に何も言わないと思うけど。ジェーンたちはどうする?」
「むぅ、ミスリルの鍛冶師は気になるであるが、今日は少々疲れた故に明日に備えて休んでおくのである」
「――ぐぅ」
言いながら毛布を被るジェーンと既に寝ているフォン。
「了解。それじゃ、わんころにゃん。念の為だけど、留守番一緒に頼む」
「ガウッ!」
フォンの布団代わりになっていたケルベロスが一声吠えて請け負ってくれたので、ミリィを伴ってまずはラヴィア姉さんの家に脚を向けた。
□
「……こ、ここに居るの?」
「そうだけど?」
ラヴィア姉さんの家の地下にある転移門から移動、出てすぐの洞窟を前にしてミリィの足が止まった。
周囲は草木が生えないゴツゴツとした岩山ばかりで、ラヴィア姉さんの家の辺りからは見えたオーロラも、ここでは薄暗い雲に覆われてみる事が出来ない。
明かりと言えばカンテラを忘れたのでマッチの火から出来てきたもらった、頭の上に乗る火精霊だけだ。
喉の辺りを撫でると気持ち良さそうにクルクルと鳴く……は良いとして、ミリィは若干周囲の薄気味悪い雰囲気に気圧されているようだ。
ゾンビだらけの廃坑を突き進んでおいて、何をいまさらと思うけど。
「わたし、ミスリルを打てる鍛冶職人って言うから、こう、大きな工房とか町にいると思ってたんだけど……」
「ああ、そういう想像してれば驚くか」
ミリィには『幻獣の庭』の詳細については話していない。
凄く遠くの場所に行ける魔道具程度の説明しかしていないからだ。
この『幻獣の庭』で町や集落なんてものは見た事が無く、ラヴィア姉さんたちの様に自分の領域を持って暮らす者か、あるいはその眷属しか知らない。
戸惑うミリィを引っ張って洞窟の中に進む。
入り口こそ天然の洞窟の様な風情だったが、一歩足を踏み入れると石畳の床と等間隔に設置された照明が文明を感じさせてくれる。
ただ照明は仄かに光を放つ程度なので、サラマンダーが居ないと足元がおぼつかないが。
「タツヤ、足元に大きめの石があるから気を付けて」
「おっと、助かった。ありがとう」
訂正、居てもおぼつかないようだ。
逆に猫獣人のミリィは暗くても苦にならないらしい。
「そう言えばタツヤ。今更だけど、こんな夜中に来ても良かったの? 来るなら明るいうちでも良かったんじゃないかと思うけど」
「普通なら約束でもない限りそうだろうな。ただここの主は日が昇っているうちに来ると機嫌が悪いんだよ」
「へぇ、そうなんだ……あれ?」
五分ほど進むとミリィの耳がピクリと反応を示した。
「……何か聞こえる。これは……鉄を打つ音?」
「だろうね。あの人、年中無休で鍛冶やってるから」
「え?」
驚くミリィに構わず先へ進むと、甲高い金属音が徐々に耳に飛び込んでくる。
そして音の大きさと比例するように照明が増えていく、遂には一本道の通路の終わりが見えてきた。
「…………っ!」
ミリィが目を見開いて絶句する。
通路を抜けた先、舞踏会でも開けそう程の広間。
そこには広間の床を壁を、天井すらも覆い隠さんとするほどの無数の武器で埋め尽くされていた。
カタール、クレイモア、サーベル、ジャマダハル、ファルシオン、レイピア、刀、ダガー、ナイフ、コルセルカ、斬馬刀、薙鎌、薙刀、バルディッシュ、槍、ランス、棍棒、ロッド、トマホーク、ブーメラン、手裏剣、苦無、斧、メイス、鉄球、鞭、杖、トンファー、モーニングスター、弓、クロスボウ、鎧、盾……
見慣れた光景ではあるが……改めて見ると、戦争でも始めるのかと言わんばかりの量だな。
「凄い……こんなにたくさん、一人で作ったの?」
「だな。ちなみに同じ様な物置部屋が最低でもあと二十はあるぞ」
「ええっ!!」
毛を逆立てて驚くミリィの反応は楽しかったが、目的を忘れてはいけない。
幾つかある通路から別の部屋へ抜けると、金属を叩く音が一段と大きくなり、壁の照明とは違う火の暖かい光が部屋を包む。
赤々と熱と光を放つ炉を横に、金床に置かれた金属の塊を鎚で一心不乱に叩く一人の人物が居る。
浅黒い肌に寸胴な体、太く逞しい手足に、顔を覆うもじゃもじゃの無精髭。
顔が大きく手足は短い四頭身、しかし身長自体は二メートルを超えるかどうかと言うほどもあるので、横にも太く小さな巨人の様にも思える。
「おやっさん、こんばんは。約束の剣取りに来たよ」
「…………」
声を掛けるも聞こえているはずなのに視線も寄越さず、ただひたすら鎚で金属を叩き続ける。
キリが良いとこまで待つしかないか。
「ドワーフ……じゃない? ミスリルを打てるって言うから、てっきりドワーフだと思ってたけど……」
「ん? ドワーフじゃないの、おやっさん?」
「全然違うよ。いや、姿はドワーフそっくりだけど、こんなに大きくないもん。背の高い大人でもわたしより低い人ばっかりなんだよ?」
「ああ、それに比べれば確かに大きいよな~~」
ずんぐりむっくりの二メートルの巨漢は、八頭身の巨漢であるジェーンに比べても遥かに迫力がある。
「ちなみに太陽に光に当たると石になっちゃうらしいぞ?」
「それ絶対ドワーフじゃないよっ!?」
「……うるさいガキどもだ」
いつの間にか作業を止めていたおやっさんが、作業を止めてその目が俺達に向けられる。
「おやっさん、改めてこんばんはっと。今日は剣を――っておおっ!」
用件を切り出している途中で鞘に収まった剣を投げられ、慌ててキャッチする。
「もう少し腕を磨け、坊主。今のオマエじゃ剣に釣り合わん」
「おっふ。胸が痛いお言葉だけど、半ば無理矢理押しつけといてそれは酷いんじゃない?」
「ふん、ここらにはワシの鍛えた武器を使う奴が居ないから、坊主で済ませているんだ。それより……」
ギロリ、とミリィを見るおやっさん。
その迫力にミリィが一歩後退る。
「何処の馬の骨だ、その乳臭いガキは」
「女の子にそれは酷くない?」
「ふん、確かに邪魔だと言ってるのに鍛冶場で張り付いて離れない、いつかのクソガキよりはマシだな」
「おっと、藪蛇だった」
そのクソガキとは初めてここに冒険して迷い込んだ俺の事である。
剣や武器を作る姿が格好良くて、一時期は来るたびに覗きに来てたっけな。
そのうちおやっさんの態度も軟化して(口は悪いけど)、何故か武器を色々押し付けられたんだっけ。
「この子は冒険仲間のミリィ、見ての通り猫の獣人だよ。名剣を打つおやっさんに興味があったから連れてきた」
「ミ、ミリアリア・フィルドです! 急にお邪魔してすいません!」
「……ふん、そんな習作が名剣とはな。あまり適当な事を言うんじゃねえぞ、坊主」
「あはは、すんません……で、ミリィ。この人がおやっさん――じゃなくて、名前はドヴェルクさんだ」
「ドヴェルグって……あの鉄の国の?」
ミリィの疑問に頷いて肯定する。
ミリィ達の世界にある鉄の国と言われる国の名と、おやっさんの名前は同じ”ドヴェルク”なのだ。
北欧神話には闇の妖精ドヴェルグがいる。
太古の巨人ユミルの死体から生じたうじ虫だったが、神々の決定により人に似た姿と知性を与えられる。
その後も地中を好み岩穴で暮らし、対価に応じて神々の象徴となる魔力のある武器や宝の制作をする優れた匠としても描かれる。
ドヴェルグは太陽の光を浴びると石になる、もしくは体が弾け飛んで死ぬといわれる。
……と言うのが後々俺がネットで見つけた”ドヴェルグ”という名の意味だ。
このおやっさんが神話に登場するドヴェルグとイコールなのか、ミリィの世界のドワーフの国と関係あるのかは知らない。
俺にとっては子供の頃から今のおやっさんだからな、正直あまり興味は無いが、何か機会があれば聞くだけ聞いてみようかな。
「……おい、それを見せてみろ」
「え、あ、はい」
おやっさんの目に止まったのは、ミリィが腰に差している二つの短剣。
この間新調したウーツ鋼の短剣だ。
おやっさんの有無を言わせない口調に素直に差し出すミリィ。
その短剣を受け取ったおやっさんはその二つの刃の輝きをしばし見つめると、つまらなそうミリィに返した。
「ふん、ナマクラだな……来い」
それだけ言ってずんずんと俺達が来た道を戻っていくおやっさん。
俺は目をぱちくりさせているミリィに肩を竦めて、後に付いていく。
「……持って行け、駄作だがそれより幾らかマシだ」
広間に戻ったおやっさんは壁に掛けられた一対の短剣をミリィに渡す。
柄の衣装と刃の形状は同一、しかし刃の部分が赤と青の色違いの金属で作られた物だ。
「ええっ!? 受け取れません、お金もそんなにありませんし!」
確かに二つの短剣は武器屋で並んでいる数打ち品と明らかに違う、素人目にも分かる一流品の輝きを放っている。
「ふん、失敗作に金などいらんわ。そもそも金など持ってもここでは使えん。どうしてもと言うなら次来る時に酒でも持ってこい」
『幻獣の庭』じゃ貨幣って使い道ないからなぁ~…
あと、おやっさんの言う失敗作とは、自分の職人魂を満足させる出来る最高の逸品以外の物全ての事だ。
ぶっちゃけると未だ満足出来る物は一度として打てた事が無いというので、ここにある物全てが失敗作という訳だ。
それを知らないミリィはおやっさんの勢いに逆らえず、その二つの剣を受け取ってしまった。
「わかりました……今度来る時は、美味しいお酒をたくさん持ってきますね!」
「おやっさん、お酒好きだよな。タマモ姉さんとかと飲みに行けばいいのに」
今アチラじゃ女子会の真っ最中な訳だが。
「ふん、酒はただ味わい呷る為のモンだ。あの狐や蜘蛛の様に騒ぎながら飲む奴は好かん」
不機嫌そうに鼻を鳴らしてそう言うと、後は何も言わず鍛冶場へと戻ってしまった。
そしてまた鳴り響く、槌の音……
「良くは分からなかったけど、凄い人だったね」
「ああ、ただひたすらにストイックに究極の武器を目指す姿、カッコイイよな」
やや人付き合いはに無頓着な感はあるが、それがかえって頑固で一流の職人をイメージさせてくれる。
これ以上邪魔するのも何なので、槌の音を背に俺達はジェーンたちの元に帰るのだった。
私事で予定日が大変ずれております、申し訳ございません。
次回の更新は未定ですが、一週間は18日(日)までには更新いたします。




