- 3 - オルメタとジル
「ジル殿、そろそろ起きぬか。ジル殿! ジールーどーのー」
「!――うわぁっ!」
目を開けたら、ごくごく近いところに人の顔があった。
鼻と鼻が触れ合うほどの距離だ。
この距離で母親以外の人間を初めて見たから、そりゃもう驚いた。
俺の頬にかかった艶やかな黒髪の主は黒曜石の瞳で俺をのぞき込んでいた。なんだこの目。黒いのに、奥からきらっと光って見える。
俺の名を呼ぶその声は掠れているのとは少し違う、しかし響くような温かみさえ感じるなんとも心地よい声だ。
「(陰キャの)オルメタ様。どうして俺んちに?!」
しかも朝っぱら!
「せっかくなのでジル殿と朝食をと思い訪ねて参った次第だ」
言葉は丁寧に感じるが、腹の音がグーグー聞こえてんだよ。
なにがせっかくだ。
何か美味いものでも食えると思ったに違いない。
こいつら、この方々は基本食いしん坊だ。
失礼ながら見た目はトンチンカンな所さえ見えなきゃ誰もが振り返るほどだ。そこに身なり、立ち居振る舞いも最上級。
つまり目立つんだ。
特にこの方は大鎌のようなものを持ち歩いているので奇異な注目を集める。
皮布に覆われているので実物は見てないが、形そのものがすでに大鎌なのだ。
死神かよ。
「ジル殿はいつも朝食は何を?」
この方はあまり表情が変わらない。
何を考えているのかわからないタイプだ。
だからと言って怖いとか扱いづらいとかではない。
いや扱いは微妙だな。
「近くのパン屋でパンを買うか、黒兎亭のまかないとかかな」
ああ。
表情は変わらないのに伝わる、このワクワク感はなに?
「今日はギルドに行くのだろう。なら朝食は近くのパン屋だな」
そして今高台の広場で、朝っぱらから男が二人仲睦まじく朝飯をくっている。
パン屋のおばちゃんはオルメタ様を見るなり舞い上がり野菜とハムまで持たせてくれた。
俺はパンを食いちぎりながらオルメタ様を覗き見る。
多分、こういう食事を想像していたわけではないのだろうと。
しかし予想に反してなにやら満足気に食っているではないか。
「さすがジル殿は舌がこえている。他のパン屋ではこうはいくまい。中のモチモチ感が素晴らしいな」
「当然。俺の天啓は調理人、純度の濃い天啓だったんだ。自慢の舌さ」
「天啓・・・か」
「天啓にはさ、純度があるじゃん?数字が高いほどその道でバリバリやれるってやつ。俺の天啓は87、なかなかの純度だろ」
「うむ」
「だけど俺の父ちゃんは90なんだ。村のみんなは本物だって言ってる。もちろん俺もそう思ってる」
「7歳の時の儀式でよ、父ちゃん、山の湧き水を汲みに行ったんだ。夜明け前だぜ」
なんでか知らんけど儀式では保護者が汲んできた水が必要でよ。その水と魔石で天啓を見てるんだって。不思議だよな。俺ん時は怖ぇ顔の偉そうなおっさんがみてくれたんだ。神官長なんだと。当時7歳の小さなカワイイ俺は怖ぇ顔のおっさん神官長に泣くまいと必死だったの思い出すなー。
…さすがに言葉に出すにはちっと恥ずかしいな。
「そん時さ、俺も山へ連れていかれたんだ。半分父ちゃんの背中で寝てたけどな」
「ほう…」
オルメタの表情に変化はなくとも、声色に興味を示す張りのようなものがわずかに感じられる。
「儀式ってさ、15の年にもう一回受けることもあるんだよ。純度が低かったり、よくわかんねー結果の時な」
「俺の場合、2回受けてるんだ。結果は変わんねーけど。なぜか父ちゃんが15の年も受けろっていうから。もちろんまた夜明け前の山の湧き水さ。うちの方じゃ大抵は家の井戸水使うんだけど、今思えば父ちゃん親バカだったんだなー」
「良い父君なのだな」
この時のオルメタ様の柔らかい瞳に驚いて、なぜか別の話題をさがしてしまった。
「オルメタ様は戦士でいらっしゃいますが、冒険の経験はないのでしょう?お国では剣士でもされていたのですか」
「当時私がいたミストリアは、今より色々不安定な土地で・・つまり治安も危うかったのだ。魔法都市として認知され落ち着いてきてはいるが・・・」
近年魔法使い無しでは街はたち行かない。山脈にぶつかった湿った風が霧を生み、その霧に魔法をくぐらせ、あらゆるものから街を守っている。
街を守る魔法ができたおかげで近年のミストリアがある。
「もっと早ければな・・・」
…何が?
それよりも、言ってから気が付いた。言わなきゃ良かったのかもしれないと。
オルメタ様の伏せられた目。固く結んだ手が。
「私は死ぬまで愛する人を守ると決めたのだ」
黒曜石の瞳は、今までになく語っていた。
この方は表情より目で語る方なのだ。
寂し気に、優しく。
目の奥の泉は枯れてしまったのか。
表情が大きく変わるわけではない。
なのに、こんな顔をさせてしまったことに後悔した。
「食い終わったなら、散歩をしつつギルドへ向かおう。皆も集まる頃だ」
大鎌を担ぎ歩き出そうとするオルメタを、ジルが追いかけるように駆け寄った。
「ゴミ!ゴミは持ち帰るのが常識です。子供でも知っています」
ゴミを少々手荒に手渡し俺は先頭を切って歩き出す。これでいつもの調子に戻ったと思う。




