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婚約破棄された令嬢ですが、幽霊より生者のほうが面倒です

幽霊というものを、私はあまり信じていない。


死者は静かだ。

本当に厄介なのは、たいてい生きている人間のほうである。


にもかかわらず、人は妙に幽霊を好む。


「まだそこにいる」と思いたがるからだろう。


愛情というのは不便だ。

無くなったあとまで、勝手に残り続ける。


「出るんです!」


侍女は半泣きだった。


「本当に、夜になると廊下を歩く音が……!」


私は紅茶を置いた。


最近のフェルナー邸は妙に騒がしい。


王子が死に、

母が死に、

ついでに宮廷魔術師まで半分ほど死にかけた。


屋敷としてかなり縁起が悪い。


「誰が?」


「奥様です!」


母だった。


なるほど。


死んでもなお迷惑らしい。


「夜中にドレスの裾が見えた者もおりますし、閉じたはずの部屋から声も……!」


「内容は?」


「“姿勢を正しなさい”と……」


私は少し黙った。


嫌なリアリティだった。



「つまり、母の幽霊騒ぎですか」


私は王宮図書館で言った。


ノアは本を閉じる。


顔色はまだ悪い。

死に損なった人間の色だった。


「ええ。最近、フェルナー邸の使用人が次々辞めているそうですね」


「死者より給料のほうを心配してほしいものです」


「現実的だ」


「幽霊よりは」


ノアが少し笑う。


最近、この男は前よりちゃんと笑うようになった。


少しだけ人間らしくなった気がする。


残念だ。


探偵役は、もう少し気味が悪いほうが面白い。


「で?」


私は脚を組む。


「あなたは、幽霊を信じるんですか」


「職業柄、“見た”と言う人間はよく見ます」


「便利ですね。死人は反論しませんから」


「あなたのお母上なら反論しそうですが」


確かに。


死後まで小言を言いそうな人だった。


私は少し考える。


そして嫌な予感がした。


「……母の私室、誰か入りました?」


「どうしてそう思うんです?」


「幽霊話は、だいたい隠し事の近くで増えるからです」


ノアが目を細めた。


図星らしい。



母の私室は、まだ死んだ日のままだった。


香水。

化粧台。

整いすぎた部屋。


几帳面な人間の部屋は、

時々、死体より冷たい。


「荒らされた形跡はありません」


ノアが言う。


「ええ。でも」


私は机を見る。


引き出し。


鍵穴。


微妙に傷がついている。


「誰かが開けようとした」


「中身は?」


私は鍵を回した。


古い帳簿。

手紙。

それから、一冊の日記。


珍しい。


母は記録魔だったが、

感情を書く人ではなかった。


私はページをめくる。


そこには、

妙に弱々しい字が並んでいた。


『ルークは優しい子だ』


弟の名だった。


『優しすぎる』


私は黙る。


ノアも何も言わない。


賢い。


沈黙というのは、

死者への礼儀としてかなり優秀だ。


さらにページをめくる。


『あの子は、壊れる』


『だから、先に嫌われておくべきだと思った』


部屋が静かになる。


最悪だった。


死人は時々、

死んでから急に人間らしくなる。


反則だと思う。


「あなたのお母上は」


ノアが口を開く。


「息子を守ろうとしていた?」


「たぶん」


私は本を閉じた。


気分が悪い。


理解できてしまったからだ。


母は弟を愛していた。


愛し方が致命的に下手だっただけで。


「では幽霊騒ぎは?」


「誰かがこの日記を探していた」


私は言う。


「母の本音が書いてあるから」


ノアが頷く。


「つまり、知られたくない人間がいる」


その時。


廊下で物音がした。


小さい音。


だが、

隠れる気配の音だった。


私は扉を開ける。


侍女だった。


若い。

震えている。


「あ……」


分かりやすい反応だ。


人は秘密を抱えると、

急に呼吸が下手になる。


「あなたね」


私が言うと、

侍女は泣きそうな顔になった。


「ち、違うんです……!」


「幽霊役をしていたのは」


沈黙。


そして彼女は崩れるみたいに座り込んだ。


「だって……!」


涙声だった。


「奥様が怖かったから……!」


なるほど。


「死んだあとくらい、怖がられていたほうが自然だと思った?」


彼女は頷く。


少しだけ笑ってしまった。


母らしい。


使用人にまで、

綺麗に恐れられている。


「でも日記を探していた理由は別ですね」


侍女が顔を上げる。


私はため息をついた。


「あなた、読んだでしょう」


『ルークは優しい子だ』


『壊れる』


「弟に見せたかったんですか」


侍女は泣きながら頷いた。


「あの方、ずっと自分は愛されてなかったって……!」


ああ。


本当に面倒だ。


家族というのは、

死んだあとまで誤解が長い。


「見せればよかったのに」


ノアが静かに言う。


侍女は首を振った。


「怖かったんです……! もし違ったらって……!」


人は時々、

真実そのものより、

“希望が間違っている可能性”を恐れる。


かなり弱い生き物だ。


でも、

嫌いではない。


私は日記を閉じた。


窓の外では雪が降っている。


世界は静かだった。


死者は喋らない。


だが、

残された人間は、

勝手に意味を探し続ける。


そのせいで時々、

幽霊より面倒になる。


「で」


ノアがこちらを見る。


「日記はどうします?」


私は少し考えた。


本当に少しだけ。


「弟に渡します」


「優しいですね」


「いいえ」


私は肩をすくめる。


「死人の後始末です」


ノアが笑った。


悔しいが、

最近この男は、

生きている顔をするようになった。


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