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永久日記(前編)

pixiv公式企画「日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト2024」にて書いたお話です。ゆっくりと続きを書きたいなと思っています。

見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。


***



「次のページから察するに、ここには著者が旅に出る事を決意した夜の事が書かれていると推測されます。ですので、未だ解読ができないそのページは『心立ちの夜項』と呼ばれております」


住職の解説が一段落すると、古典文学サークルの面々は目を輝かせながら保護ガラス越しにその冊子を見つめた。


「へぇ〜!これがかの有名な『永久とこしえ日記』の原本ですか」

「えぇ、現代では古典の教科書にも一部が掲載されているので若い方もご存知かと思います」


表紙に流れる筆使いで題字が書かれたその冊子は相当昔に作られたもののようで、表紙は色褪せており紙もところどころ汚れている。しかし、その中に書かれている文字だけは不思議な程に綺麗な黒のままだった。


「それにしても、この日記の為にこんなにも多くの若い方がわざわざこの寺に足を運んでくださるとは。嬉しいですねぇ」

「私達古典文学サークルにとって、永久日記を全て読み解きたいというのは共通の願望ですから」

「それはそれは。とは言え、永久日記をすべて読むのは大変でしょう。なんせ日本で最も長い日記として有名ですから」


サークル部長が住職と話す様子を見ながら、私はこっそりとガラスケースの傍から離れた。

すると先ほどいた場所を素早くサークル仲間が埋めたので、一瞬のうちに日記の姿は見えなくなった。



『永久日記』とは、ここ桜徳寺に収蔵された古典日記である。

第一巻から所々欠けてはいるものの、既に第二十巻までは確認されている日本で最も長い日記だ。


著者は元々この寺の日記係であった僧侶で、ある事がきっかけで旅僧となり旅先での交流を記録したとされる交流紀行物だ。実際の内容は御伽話のようで、旅をして遭遇した妖怪や人間とのことが面白くまとめられており、妖怪譚として広く世に普及されて今日にいたる。



そして、その日記の原本を見に行こうと、サークル合宿と銘打ってマイクロバスを借りてサークルメンバー総出でこの寺を訪れていた。


「それにしても、何故『永久日記』という名前なんですか?」

「それは、永遠に日記を書き続けるという筆者の思惑があったからだとされていますね。実際に、筆者が没後は複数の弟子が師の文体を真似て、あたかも師が旅を続けているかのように日記を引継いて書き続けたようです。調査では最低でも4代に渡る弟子達が関わっているのではないかとされ、期間にして約120年は書き続けられているそうですよ」

「筆者はどうしてそんな大変な事を続けさせたのですか?」


次々飛び交うサークル生の質問に住職はにこやかに答えていたが、この質問には少し残念そうな表情をしてみせた。


「それについても未だ解明されておりません。おそらくその点も『心立ちの夜項』に記されていると思うのですが……残念ながら」


住職は伏せた視線をガラスケースの最端に向けた。

そこには第一巻とキャプションが付けられた最も古い冊子がおいてあり、該当のページが見開きで展示されている。


「このページが解読できないのは、ご覧の通り文字がところどころ消えている為です。他のページは全く問題ないのですが、何故かこのページだけは六割程の文字が消えてしまっており、どの部分も文章を成していないのです」

言われてサークル生達もあぁ、と残念そうな表情を見せた。



『心立ちの夜項』はこの巻だけではなく、他の巻にも莫大な影響を与える重要なページであった。

それは、この著者の僧侶が度々この夜を思い出してはそのページを何度も見返したと日記に書いている事からも間違いないらしい。それ故、持ち運び続けられた第一巻だけは特に損傷が激しいくらいだ。


「本当に早く解読してほしいですが、この様子じゃ難しそうですね……」

「そうですねぇ。ですが、日々技術が進歩しておりますので、解読できる日も案外近いかもしれませんよ。最近も、紙か墨かの含有率だとか?で文字を浮き出させる事ができるかもしれないとのことで、関東の大学にお貸ししておりました。私には難しいのですが、今も多くの方にご尽力いただいております」

そう言って冊子を見つめる住職の目は、それ以外何も映っていないかのように真っ直ぐで。


住職につられてサークル生も皆がそのページを見つめた。



「……では次の部屋案内いたしましょう。次の部屋は、全国各地に残っていた著者が訪れた痕跡を、映像とともにまとめてあります」

「へぇ〜!凄いですね!」

「それらも日記の解読調査の際に作られた物でして。出来が良いので、こちらの寺でも展示させて頂いております」


住職を筆頭にサークル生もぞろぞろと次の部屋に移動をし始めたようで、あっという間にガラスケースの前は誰も居なくなった。

そして再び目の前に冊子が現れ、私はじっとそのページを見返した。



第一巻の、このたった一ページにどれだけの人が頭を悩ませ、焦がれ、魅了され、ここに夢を見ているか。



「吉野さーん?次行くよ?」

はっ、と意識が途切れた。


声の方を見ると仲の良い先輩が、廊下の角からひょっこりと顔を出して声をかけてきていた。

「あ、私……ちょっとお手洗いに寄ってきます。また、後で合流しますね」

「そう?じゃあ、もし皆が見つからなかったら電話してね」



***



声をかけてくれた先輩には申し訳ないが、私は勝手にサークルの仲間から離れて寺の中を散策していた。

私が以前ここにいた時はゆっくりと中を見ることなどできなかったので、実は一度じっくり境内を見てみたいと思っていたのだ。

ここは歴史の長い寺なだけあって境内はとても広いが、場所がかなりの山奥の為か観光バスなどが入ってくることも無く、今は私以外に人がいる様子はない。その為、私は遠慮なく歩き回っていた。


パンフレットに載っていたお堂を見学し、もと来た道へ帰ろうとした時。少し悩んで、お堂の裏へと足を向けた。



そこには漆喰の外壁が立ちふさがっていたが、向こうへと繫がる扉は開放されたままだった。そして、その開いた扉の先に微かに桜が咲いている様子が見えたので、このままこっそり中に入れないかと一歩近寄った時、



「その先、一般の方の立ち入りはご遠慮頂いております」



唐突に背後から声をかけられて、驚いて振り返ると、いつの間にかお堂の回廊に一人の僧侶が立っていた。



軒下に立っている為顔部分に影がかかっており、首下からしか見えないが、その人の着ている服は先程まで案内をしていた住職と似た雰囲気の僧服だった。


「日記を読みに来られた方ですか?」

「はい。サークルの仲間たちと。あ、私たち大学の古典文学サークルで……」


先ほど私が降りたのと同じ階段を、その僧侶もゆっくりと降りてきて私の目の前に立った。背は高く、体躯も大きい三〇代ごろの坊主頭の男性だった。そしてその顔は私に懐かしさを思い出させる、記憶にある人物によく似た顔だった。


「この壁の向こうは僧侶達の居住区も兼ねております。展示館でしたらこの反対側ですので、よろしければご案内いたしましょう」


僧侶は私が迷子になっているのだと思ったのか親切に説明し、どうぞこちらに、と歩み出そうとした。その背に向かって、私は慌てて微かに見える桜を指さしながら聞いてみた。


「今は、あの桜が御神木なんですか?」


少しその姿を見てみたいという欲があり、なんとか許しがもらえないかとダメ元で話を振ってみた。

すると、

「……なんと?」

「え?だから、あの桜は御神木ですかって」

パシッと音がして、気づくと桜を指すためにあげていた私の手首を、振り返った僧侶がその大きな手で掴んでいた。

その予想外の行動に、呆気にとられていると、僧侶は真剣な顔で


「今は、と……何故あの桜が二代目だと知っているのですか?」


と聞いてきた。

そう問われて私は自分の迂闊さにあっ、と思うと同時にとある事に気付いてしまった。


「……何故貴方も、あの桜が二代目だと知っているのですか?」


すると、僧侶は私にそう聞かれるのを待っていたかのようで、何故か大層嬉しそうに笑った。



そして、私はその微笑みに酷く見覚えがあった。



***



その僧侶は私の手首を掴んだまま離すこと無く、ゆっくりと歩き出した。そして向かったのは、先程一般の人は立ち入り禁止だと言った壁の向こうの桜のもとだった。


「貴女の今の名は何ですか?」

「吉野です。今年で大学の二回生に」

「吉野さん……ふふ、長生きはするものですね。まさか貴女の名を呼ぶ日が来るとは」

「それにしては、長く生き過ぎてやしません?子孫かなにかだと思ったのに、まさか……」


そうぼやくと、僧侶は今は何を話しても嬉しいのか、また微笑んでいた。



そして静かに二人で桜の前に立ち、微風に揺らされて、桜の花びらがはらはらと落ちていくのを彼は静かに眺めた。どうやらこの二代目の桜は、初代であった私ほどの力は持っていないようだった。



私はこの身に生まれる前、この寺の御神木である桜の妖怪だった。


妖怪と言っても悪さをする類の者ではなく、何百年と生きた桜が力を持ち妖樹となっただけで。日頃は大人しくただ桜として咲き、たまに咲く時期や花の色に変化を付けては人の噂にあがってみせる。すると人が寄ってきて、この身を愛でては去っていった。もう随分と昔の話だが。

そんな様子で気ままに生きていると、いつしか私の傍に寺が建ち、私が『御神木』という名を得た頃に一人の僧侶と出会った。



その僧侶は元は由緒ある家の三男坊だったが、妖怪の類が視える目を持っていたために家族に見捨てられてこの寺へやってきた。そして、この寺の日々の記録係に任命されたのだ。


「御神木様、いらっしゃいますか?」


字がうまく、根が真面目で、事を長く続けることに定評のある辛抱強い者だった。また優れた魔力も持っていたため、私が花弁を鳥や蝶に変化させてみせてもあっという間に見破ってきたものだ。


「君はすぐ見破ってしまうから、からかい甲斐が無いね」

「あまり悪さをしてはいけませんよ。和尚は小心者なのですからね」


彼はこの寺での唯一の話し相手で、私の人生で初めての気が合う友だった。


ある日は、彼が町で得た話や最近あった事を私に聞かせたり、

またある日は、私の幹に寄りかかって彼がしばし昼寝をしたり、

またある日は、私も人間の姿に化けて二人で他の僧侶をからかったりと、暇さえあれば二人一緒に過ごしていたのだ。



そんな彼が姿を変えぬまま、未だ一人生きていたとは誰も思わないだろう。


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