7話 - 今できること
『まだ子供扱いが抜けないだけだろ?』
ダニーの言葉がエリオットの頭をよぎった。
話を逸らすように、わあわあと抗議の声を上げるミラをぐいっと脚の間に座らせると、背後から抱き寄せる。
ぴし、と固まるミラの肩に顔を埋めた。
「ミラ、好き」
きゃー! とミラは顔を両手で覆う。
「近……近い身体寄せすぎ……!!」
「話逸らさないでよ。ちゃんと向き合って、ミラ」
「で、でも、この体勢、あの……その…………あの」
「だめ?」
「だ、だめ!!!」
「何で?」
にやにやと後ろから覗き込むエリオットに、はわわわわ……! とわなわな震え、変態!!! と再びミラは手をめり込ませる勢いで顔を覆った。
「男ですから」
「かわいいエリオットが――」
言いかけて、はっ! と慌てて口を押さえるミラに、む、とエリオットは目を細める。
身体を離すと、今度は背もたれに手を付いてミラを正面から見つめた。
「ミラがどうしても僕をかわいいエリオットとしか見られないっていうなら、キスでもしようか……?」
「ま、間に合ってます……」
「……ミラ……?」
「あっ……じゃなくて、えっと………………どこ、に?」
んー? と意地悪そうに笑うと、エリオットは、ふに、とミラの唇に指で触れた。
「だめ!!!」
「わがままだなあ」
「わがままかな!? これ」
「どこなら意識する?」
「わ……」
困ったように、うる……と悲しげな顔で俯くミラ。
「わかりません……」
「足は?」
「変態っぽいからやだ」
「じゃあ、手」
「…………」
赤い顔で、むうっと口を尖らすミラ。
ふっと笑みを浮かべると、エリオットはミラの手をすっと持ち上げ、口元へもっていく。
どきどきどき……と、ミラはその艶っぽい表情から目が離せない。
すると、ミラの手首に口を近づけた。
(手首――!?!?)
きゃあ……! と声の漏れるミラを楽しそうに見つめると、そのままエリオットは口で触れた。
「エ、エリオット……!」
「何?」
ちろ、とエリオットが小さく手首を舐めると、ひゃあ! とミラが声を上げる。
「変態!!!」
「知ってる」
「……知ってたの?」
「集中してよ、ミラ」
「無理」
手を引き抜こうとわずかに引くミラに気づくと、その力に合わせてエリオットはぐいっと手を押す。
ぱた、とソファに倒れたミラの真上で、再び手首にキスを落とした。
手首に感じる、エリオットの熱くわずかに荒い息に、ミラの心臓が張り裂けそうなほど大きく打つ。
きゃーきゃー!!! と内心、大パニックであった。
「ももも、もう……――」
「かわいい、ミラ」
真上で艶っぽく目を細め、口元からはちら、とたまに舌を覗かせるエリオットに、耳まで真っ赤に染め固まるミラ。
何やら視界もくらくらと揺れる。
(……――色気)
もう無理、と空いた手で顔をぺちっと覆った。
誰がエリオットをこんな色っぽく育てたの……とぷるぷる震えると、ミラだよ、とエリオットが笑う。
「確かにミラは1年しか経ってなくて、10歳の少女が20歳の男になってたら、それは戸惑うかもね。でもその間に10年の時間が経ったこと、難しいかもしれないけど受け入れて欲しい。僕はミラと対等に立ちたい。もっと頼って欲しい。ちゃんと、20歳の僕を見て欲しい」
「エリオット……」
ミラ、と何度も名前を呼びながら指を甘噛みするエリオットに、ミラはぴく、と小さくその身を震わせた。
気づけば身体は熱っぽく、頭は徐々にぼんやりとしてくる。
ぼーっとする頭で、なんてかっこいいんだろう……と、そのエリオットの色気の漂う表情をじっと見つめる。
(……わかってたのに……どこか頭ではわかりたくなかった。でも……そうだよね。もうエリオットは……1年前までの、小さなエリオットじゃない。10年、私を信じて待っていてくれて、ずっと私を想ってくれていた、ちゃんとあれから10年を過ごして、10年の経験を積んだエリオットなんだね……。身体も心も大人になって、優しく慰めてくれて、無理に感情を押し付けすぎないでいてくれて(ちょっと変態だけど)……私なんかより、ずっと大人。もう子どもじゃない……そんなの、当たり前だよね……! 1年しか経っていないのは、私だけなんだから……)
「……私だけが……時間が止まってるみたい」
「えっ?」
「変わらないといけないのは……私なんだね……」
ちら、と頭に一瞬よぎった、愛らしい10歳のエリオット笑みに、わずかに涙が滲む。
「……12歳のエリオットとか……15歳のエリオットとか18歳のエリオットと…………過ごしてみたかったな……」
「ミラ……」
ふわ、と微笑むミラの艶っぽい笑みに、どき、とエリオットの心臓が大きく打つ。
そのままミラはするっとエリオットの首に腕を回すと、下からぎゅ、と抱きついた。
はっ、とエリオットは息を止めた。
「……ありがとう……エリオット…………大好き……」
「……お酒弱いのも、相変わらず……」
すや……と寝ていったミラを優しく抱き上げ、ゆっくりと寝室へ歩いていくと、そっとベッドへ降ろす。
無防備に眠りにふけるミラを見下ろし、困ったような笑みを浮かべる。
窓から漏れる、きらきらとした月明かりに微かに照らされた美しい寝顔に、じっと視線を落とす。
拒絶もせず、かといって受け入れもせず、わからない、わかりたくないと言いながら、煽るような艶めいた表情を向ける、残酷でかわいい君。
わずかに荒くなる呼吸を何とか抑えながら、エリオットはゆっくりとその横に手を付いた。
ぎし、と木のフレームが音を立てる。
震えるほどの焦燥感と込み上げるもどかしさに、エリオットは顔を歪め、苦しそうな表情でミラを見つめた。
「…………その『大好き』は、どの『好き』なの、ミラ……」
ゆっくり顔を近づけると、いつものように額に、願うようなキスを落とした。
その日、ミラは夢を見た。
森の小屋で、もちろん、今みたいなメルヘンなものは何もない、1年前の、質素な小屋。
そこにいるエリオットは、10歳よりも少しだけ大きくなっていて。
そして少女ではなく、少年だった。
要領の悪いミラにああだこうだ言いながら、幼いながらもしっかりして、将来有望の美貌を兼ね備えたその少年に、どんなかわいい奥さんと結婚するんだろ! と期待も込めてそんなお母さんのような言葉を口走ると。
むっ、とその少年が頬を染めて、
「ミラに決まってるじゃん」
と告げた。
この世に「もし」はないけれど。
1年前、錬金術に失敗せず、異世界に転生もせず。
あのまま普通に過ごしていたとしたら。
もしかしたら、エリオットに対してもっともっと「親心」のような感情が芽生えていたかもしれないし、逆に、もっと早くからの幼いエリオットのアプローチに、困惑していたかもしれない。
結局はエリオットに押されていた気もするけど、今日みたいに対等に、頼ったり弱音を吐いたり本音をぶつけたりすることは、難しかったような気がする。
そう思ったとき、10年間のエリオットと過ごせなかった代わりに、20歳のエリオットと出会えたことは、今の「最良」であり、2人にとっての「最高」のような気がする。
そんな風に思いながらミラは、転生から戻ってきて一番、ぐっすりと眠ったのだった。
そして、朝。
「――料理?」
メルヘンな家の中央にある、ドールハウスの世界のようなキッチンを前に、ミラは目を瞬いていた。
「そう。ミラ昔、料理は錬金術の基本、って言ってたでしょ?」
「よく覚えてるね……」
「もちろん」
もちろんなんだ……と見上げるミラに、ん? と少し艶っぽく笑ってみせるエリオット。
かっこいい……と無意識に、ぽ、と頬を染める。
はい、とエリオットは、フリフリしたエプロンをミラに着せた。
「料理、してみたら? 僕たち、いつも料理は錬金術で済ませてたけど、ちゃんと作ってみるの、楽しいかもよ。僕も助かるし」
ぼくもたすかる……と呟くミラ。
にこ! と微笑むエリオットに、ぱあ……! と瞳を輝かせた。
「やってみる!」
「……いやそれ、完全に将来を見据えすぎ――」
「何? ダニー」
「いやだから、怖いからおまえ……」
計画的すぎるだろ……と呆れた顔でドン引きするダニーに見向きもせず、キッチンでエプロンを揺らすミラを嬉そうに見つめるエリオット。
「かわいい奥さんにキッチンに立ってもらいたいっていうのは、男のロマンだよね」
「男のロマンとか言うな」
「えっ? ダニーわからない?」
「………………いや………………まあ」
「ミラをそんな目で見ないでくれる?」
「おまえが振ったんだろ!!!」
「ていうか、何でいるの? ダニー」
「いや、昨日聞きそびれた、おまえが拾われたって言う話聞きに――」
「僕を、ミラに会いに来る口実にしないでくれる?」
「………………いや、口実とかじゃ――」
「何、今の間」
その時。
どん!!!
と、エリオットとダニーの前の机に、大きな皿が現れた。
えっ? と2人は揃って目を丸くする。
顔を上げるとそこには、やりきった感のミラが、期待と自信に満ち溢れた表情で立っていた。
「作ってみたよ! 食べてみて!!!」
きゃ! と恥じらうように口に手を当てるミラ。
置かれた皿には、こんがりとやや焦げた丸いままのリンゴが3つ、妙な存在感を放っていた。
えっ……と絶句するダニーの横で、ミラはてきぱきと丸いままのリンゴを小皿に取り分け始めた。
テーブルの前で、もじもじそわそわとミラが身をよじる。
「お、お料理って、難しいんだね……ちょこっと焦がしちゃったかも……! でも、楽しかっ――」
「美味しいよ、ミラ」
「えっ!? ほんと!?」
小皿に乗せたリンゴをナイフで切り分けながら、爽やかにそう告げるエリオットに、ぱあ! とミラの表情が華やぐ。
「シナモン振った?」
「そうなの! 何していいかわかんなかったから、美味しいかなと思って」
「はい、ミラも食べてみて」
あーん、とフォークをミラへ向けるエリオット。
はむ! と口に含むと、わあ……! とミラの目が見開かれた。
「……何かわかんないけど、甘い気がする……! シナモン美味しい……!」
「ね。これ、また作ってよ、ミラ」
「え! 嬉しい!」
きゃ!!! と嬉しそうに弾むミラににっこりと微笑みながら、エリオットもフォークを口に運ぶ。
トリコちゃん(※鳥の名前)にもあげてこよっと! とるんるんと踵を返すミラを見て、ほんと僕の奥さんかわいすぎ……と頬を染めた。
「……いろんな意味で、すげーな、おまえ……」
その様子を見ながら、ダニーは、これは勝てないかも……と、この時ばかりは自信を失くしていたという。




