5話 - ミラの拾い癖
街へ出かけた、翌日。
洗濯物を干しているミラを、メルヘンな庭のティーテーブルで眺めているエリオット。
ぱんぱん! と昨日エリオットが選んだパンツを伸ばしているミラに、はたと固まる。
(昨日、もしかして僕が選んだパンツ履いたの……?)
なにそれ尊……! と悶えるエリオットに、どしたのかなエリオット? ときょとんとしながらパンツを干すミラであった。
「――ぅおあっ!!?」
突然の大声に、ひょこ! とミラがパンツの裏から顔を出した。
「ダニー!」
「ななな……何でミラさんいつもパンツとセットなの……!」
「パンツ?」
「むしろ狙って来てるのはダニーじゃあ――」
「おいエリオット……!!」
なわけねーだろ……! とダニーは真っ赤な顔を隠すようにしゃがみ込んでいる。
そこへ、レースをふんだんにちりばめた、リボンが可愛らしいエプロンを揺らしながら、たたっと駆けてくるミラ。
「どうしたの、ダニー?」
「なっ……ミラさんこそどうしたの、その格好……!」
「エリオットが用意したエプロンだよ」
「おまえ、まじブレないな……」
「何?」
かわいい……と顔を覆うダニーの横で、のんびりとティーカップを傾けるエリオット。
「ほんと、何しに来たの? ダニー。仕事サボって来たの?」
「おまえに言われたくないんだけど……」
ふ、と笑みを浮かべると、エリオットはすっと立ち上がった。
「じゃあ仕事してこようか? かわいいミラのために」
「えっ?」
さらっとミラの頬に触れると、増築されたメルヘンな家とは逆の、昔からある質素な小屋の方へと歩いていく。
きょとん、とミラはその背を目で追った。
「仕事……?」
すると、あー……、とダニーが声を漏らす。
「ほら、入り口近くの木の陰」
「!」
そこには1人の女性が立っていた。
エリオットを見つけると、嬉しそうに駆け寄る。
前まで来ると、さっとエリオットの腕に手を添えるその女性に、むっ! とミラは目を細めた。
「ああやって、エリオットの錬金術を頼って、たまに客が来るんだよ。エリオットは天才錬金術師って有名だから」
「やっぱり……!」
「客は9割女性」
「……9割女性……?」
むすぅ……! と細い目を向けているミラに気づいたのか、その女性がミラを見て、はっと鼻で笑う。
見せつけるようにわざとらしくエリオットの腕に腕を絡めるその女性に、ぷくうううう! とミラは頬を膨らませた。
「なんか……なんか嫌」
「…………へぇ……」
ふぐのように膨らんでいるミラの顔を、ちら、とダニーは覗き見た。
すると、その女性の胸元を見て、はっ!? とミラは目を見開いた。
(たゆんってしてる…………――!?!?)
きゃあ……! と顔を両手で覆ってぷるぷると震えると、すん……と自身の胸に視線を落とす。
(…………浅めのボウルくらい……?)
ないこともないけど……と、しゅん、と悲しげな顔を浮かべるミラに、??? と不思議そうな顔のダニー。
「……あんな……たゆんとした女性客が来たら……やっぱり嬉しいものなのかな……」
たゆん? とダニーは目を瞬く。
「エリオットが何考えてるかは、いまいちよくわかんないけど……でもまあ、(客が来てくれること自体は)嫌じゃないんじゃない?」
「嫌じゃない――!?!?(=喜んでいる――!?!?)」
あのかわいいエリオットが……!!! と、わあっ……! と顔を覆うミラであった。
エリオットの変態……! 知ってたけど……! と顔を覆っているミラを遠目から見ながら、かわい……と無意識に笑みが漏れるエリオット。
「錬金術師さん、今日楽しそうねぇ」
「……そう?」
「にしても……――」
ちら、とミラへ視線を送る女性客。
「あんな子、いた? どこの子?」
「かわいいでしょ?」
「ええー? 子どもみたいね。お手伝いさん?」
くすくすといやな笑い方をする女性に、す……とエリオットは目を細める。
「僕よりもお姉さんだけど」
「ほんとに? みえなーい! あんな子いて、お仕事の邪魔にならないの?」
「なるわけないよ」
「でも――」
すっと手をエリオットの顔へ近づける女性。
「……貴方には合わない――」
ぱし!
とその瞬間、エリオットは女性の手を振り払った。
はっ……! と驚いた表情の女性が、わなわなと震える。
「帰って」
「エリオット……!」
「下品な人は僕嫌い」
「待って――」
再び手を伸ばそうとするも、エリオットが冷酷な目で見下ろす。
ひいっ……! と女性は息を呑む。
「二度と来ないで」
怯えたように走り去る女性客を横目で確認すると、はぁ……と息を吐き、小屋の壁にもたれかかった。
(たまに……いるんだよなあ、ああいう勘違い客が)
ミラがかわいく見えないなんて、目が悪いのかな? 一番かわいいのに……と内心呟きながら振り返る。
「ミラ――」
――すると。
ミラもダニーも、先ほどまでいた庭から、忽然と姿を消していた。
「…………ミラ?」
「――ミラさん!」
そのミラはというと、上空に視線を向けながら、ずんずんと森を進んでいた。
「ちょ……待って!」
「大丈夫だよ、ダニー! この辺の森は庭だから!」
「10年経つと森の様子激変するから……!!!」
「ちょっと気になっただけだから! 決してたゆんに敗北を喫して逃げ出したわけじゃないから!」
「何の話!?」
どこ行ったんだろ……? ときょろきょろと上空を見上げながらも、ミラは歩みを止めない。
すると、2人の近くでピピ! と小鳥の鳴き声が聞こえる。
「いた!!!」
「!?」
明らかに飛び方がおかしい鳥が、勢いよく高度を下げて落下してくる。
ミラは迷わず手を伸ばした。
「ミラさん!!!」
ぎゅ、と目を瞑っていたミラは、ゆっくりと目を開く。
手に触れる温かいふわふわとした感覚に、慌てて手の力を緩めた。
その手の中から、ピ、と顔を出した小鳥に、ぱあ……! とミラは目を輝かせた。
「よかった……!」
そして、自分の真後ろで、いって……! と呟くダニーに顔を向けた。
「ごめんダニー、大丈夫……?」
「いやミラさんこそ……大丈夫? 結構な斜面だったけど」
「ダニーがマットのようになってくれたから」
ミラが咄嗟に手を伸ばしたその先が斜面になっていることに気づいたダニーは、慌てて地面とミラの間に滑り込んだのだった。
そのままダニーを下敷きにして、数メートル下まで滑り降りて行ったミラであった。
ほんとごめん……! とダニーの脚の間におさまるミラがダニーの顔を申し訳なさそうに見つめる。
ふ、と微笑むダニー。
「追ってきてよかった」
「ダニー……」
「俺頑丈だから」
さっ! と頬のすり傷に手を当てるミラに、どき! とダニーの胸が鳴る。
「待ってね! 今すり傷治…………」
そう言いかけて、はたと固まるミラ。
「…………せなかった……」
「え?」
しゅん……と悲しげな顔を向ける。
「……治せないんだった…………ごめん……! つい数日前までは私、聖女だったのに……!」
瞳を潤ませぷるぷる震えるミラに、困惑気味のダニー。
「聖女……? 傷治すって……何?」
「1年間……異世界で聖女してたの、私。どんな傷でも癒せたのに……――! 何で光るだけなの……?」
「それが、いなかった10年……?」
「そう」
「光るって、何?」
「…………」
もう一度ダニーの頬に手を当て、ふっと目を伏せるミラ。
ぽわ……とミラの身体が光ると、おお……! とダニーが驚いたように目を見開く。
ふっと光が消え、ミラが目を開くと、案の定すり傷はそのままだった。
うる……と悲しげに口をへの字に歪ませるミラ。
「異世界では、これで傷が治ったのに……!」
「…………っ……!」
「……何?」
「…………ごめん…………かわいいわ……!」
「全然嬉しくない!!!」
「あはは!」
もーダニー!!! とぷんぷん怒るミラを、楽しそうに笑いながら見つめるダニー。
その様子を、斜面の上で木にもたれながら、エリオットが静かに見下ろしていた。
すっと身体を木から離すと、エリオットは身を乗り出す。
「ミラ」
「エリオット!」
ぱあ! と嬉しそうに笑みを弾けさせるミラに、思わず笑みをこぼす。
次の一瞬、わずかに、す……と冷たい目を向けるエリオットに、ダニーも微かに目を細めた。
その一瞬の攻防に気づいていないミラは、一生懸命エリオットへ腕を伸ばした。
「エリオット! この子、先に受け取って!」
「うん」
斜面下に手を伸ばすと、そのままエリオットはミラの手首を掴み、ぐいっと引っ張り上げた。
「わ!」
勢いよく引っ張られたミラの身体が、ぽすっとエリオットの腕におさまる。
「このかわいい子でしょ?」
「ち、ちがうから……! この小鳥ちゃん……!!!」
「あれ? 違った?」
ぎゅうう……! と抱き締めるエリオットに、も、もう……と恥じらいながらも、あれ? とミラは顔を上げた。
「……さっきのたゆ…………お客さんは?」
「すぐ帰ったよ」
「…………何で?」
きょとん、と見上げるミラに、ふ、と笑みを漏らすエリオット。
なぜだかわからないが、その一段と甘い笑みに、ぽ、とミラの頬が染まる。
「ん――……急用を思い出したって」
「…………急用?」
ほんとに……? と不思議そうに小首を傾げるミラに、きらきらと爽やかな笑みを向けるエリオット。
斜面下で、何となく察したダニーが、はは……と小さく失笑を漏らす。
「こっわ……」
「うるさいダニー」
「?」
目を瞬いているミラの手に視線を落とすと、ふわ、とその手を包み込むエリオット。
どき、と小さくミラの胸が鳴る。
「また拾ったの? ミラ」
「うん……羽怪我してるみたいで」
「ほんとミラ、すぐ拾うなあ」
「気になるの! いいでしょ?」
「ほんと変わってないね」
よっ、と斜面を上がって来たダニーが小鳥を覗き込みながら、何気なく口にした。
「そんなにミラさん、すぐ拾ってくる系?」
「うん、ほんとすごいよね。ミラの拾い癖」
「拾い癖……まあ、そうかな?」
「リスとか、ウサギとかね」
「エリオットとかね」
懐かし! と笑うミラに、ぴし、とダニーは目を見開いて固まった。
「…………え…………おまえ……え? 拾われ……――!?」
「何?」
さ! 戻って手当てしてあげよ! と迷わず歩き出すミラの手を取り、ミラ家逆、と訂正しつつさりげなく手を引くエリオット。
「………………どういうこと?」
まるで理解できず、しばしその場に立ち尽くすダニーであった。




