十六話
アルメリアとルシエンの出会いはかなり昔に遡る。
その時アルメリアは、カトリスと共に薬草を買いに街へと訪れていた。普段通りギルドへと向かう途中、路地裏からひとつの影が飛び出してきて、アルメリアにぶつかった。その影の正体は少年ではあるが、身なりはみすぼらしく一目で孤児だろうとわかる様子であった。それがまだ幼かった頃のルシエンである。そのまま何も言わずに走り去ろうとするルシエンをカトリスは素早く捕まえた。
「謝罪もせずにどこへ行くというのですか」
「おい! 離せよ!」
「離しません。アルメリア様、何か盗られたりはしていませんか?」
暴れる幼いルシエンを小脇に抱えながら、カトリスはアルメリアに尋ねた。アルメリアは軽く自分の荷物を確認してから言葉を返す。
「それは大丈夫そうかな。それよりも……ねぇ、君」
「なんだよ」
アルメリアはルシエンと目を合わせて問いかけた。それに対してルシエンは軽く睨みながらどこか苛立たしげに返した。
「家族はいる?」
「はぁ?」
「それとも、やっぱり孤児なのかな」
「うるさいな! だったらなんなんだよっ!」
「だったら都合がいい」
それを聞いたアルメリアはいいことを聞いたとばかりに微笑みを浮かべ、カトリスに向かって言葉を続けた。
「カトリス、彼を連れて帰るよ」
「はぁっ?!」
「はぁ……アルメリア様、何を仰っているんですか」
「ちょうど、もう一人使用人が欲しかったところだからね。カトリスもひとりでは限界があるでしょ?」
「それは否定しませんが……だからと言って、こんな孤児でなくても……」
「だからいいんでしょ。僕のことも噂のことも知らない、だから寝首をかかれることだってない」
「それも否定は、しませんが。はぁ……私に教育を期待しないでくださいね」
「はは、そこは頑張って欲しいところだけどね」
「おい! 勝手に決めんなよ!」
話がまとまったところでルシエンが声を荒げる。それを聞いたアルメリアはどこか愉快げに笑っているのだった。そして笑みを浮かべたまま苛立つルシエンに向かって返事をした。
「勝手に決めるよ。僕は君よりも偉いわけだからね。ま、悪いようにはしないから安心してよ」
「信じられるわけねぇだろ!」
「さ、早く薬草をもらって帰ろうか」
「話を聞けっ!」
アルメリアは言いたいことだけ告げるとそのまま歩き出してしまう。そんなアルメリアの背中となおを声を荒げ続けるルシエンを交互に見やると、カトリスは呆れたようにため息をついた。そして仕える主人が離れたことで、敬語を崩して告げた。
「諦めた方がいいわよ。あの人、ああなったら聞く耳もたないから」
そう言うや否やカトリスはルシエンを抱えたまま、アルメリアを追いかけ始めた。その時になって初めて、ルシエンはカトリスも自分と同じ亜人であることに気づいておとなしくなった。
そして屋敷に戻るとルシエンは応接間でカトリスに身なりを整えられていた。あとからそこをやってきて、きちんとした格好をさせられたルシエンを見たアルメリアは、ひとつ頷くと口を開いた。
「さて、それじゃあ大事な話をしようか。今日から君にはここで働いてもらう」
「はぁ?」
「仕事内容だけど、まずは簡単な掃除から始めてもらって、いずれは家事のすべてをやってもらう」
「簡単な、って……そんなことやったことねぇんだけど」
「それはカトリス、同じ亜人の彼女に教わって。あとは言葉使いだけど、それもカトリスに教わって」
「期待しないで下さないと言ったはずですが」
じとっとした目で見てくるカトリスを無視してアルメリアは続けた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はアルメリア・ヌル・シャノルマーニ。この国の大錬金術師だよ」
「は、はぁっ?! こんなのが大錬金術師様?! ぜってぇ嘘だろ!」
アルメリアを指差しながら助けを求めるかのようにカトリスを見るルシエンに、カトリスは呆れの混じった表情で首を振って答える。
「残念ながら本当です。そんなんでも、一応国に認められた立派な御人ですよ」
「信じらんねぇ……」
「これでも結構顔は割れてると思ってたんだけど、それも知らなかったなら尚更都合がいいね。それじゃあ、あとは頼んだよカトリス。僕は薬草の整理をしたら、作業のために籠るから」
「はぁ……かしこまりました」
そう言い残して去るアルメリアの背中に軽く礼をしながら渋々といった様子で返事をしてから、改めてルシエンに向き直った。そして先ほどまでの表情はどこへやら、引き締まった顔でルシエンの目をしっかりと見つめていた。
「私はカトリス・キルシュ、気軽にカトリスと呼んでちょうだい」
「姓ありの亜人…………」
「珍しいでしょうけど、そんなことは気にしなくていいわ。ここではただの同僚だもの。私も、あなたが孤児だからと甘やかすことはしないわ。むしろ厳しくしていくつもりだから、覚悟していてちょうだい」
どこか圧を感じるカトリスの雰囲気に、ルシエンの背中も自然と伸びてしまう。姓があるのは貴族のみであるこの国において、カトリスにも姓があるという事はルシエンにとっては同族だけど同類ではないと、この時は思っていた。
そうしてルシエンはカトリスによって家事の仕方や言葉使いに立ち振る舞い、その他様々なことを厳しくも、ある種の愛情を以って教わった結果、今のようなルシエンに成長したのである。




