必要不可欠な相手
9月の中旬、アメリカの高校生が国際交流としてうちの学校に50人ほど来ることになった。新学期始まってすぐに、そのイベント用に、生徒の世話役を募集することになった。「英語があまり話せなくてもいいので、単語でもなんでも使ってコミュニケーションをとろうという子」を募集するという。面白そうだな、と思った私は、その役に応募することにした。
その話を、英語のレッスンの帰りに祐也にしてみた。
「祐也もやらない?」
「え? 俺? こんなに愛想ないのに?」
「うん。ブラウン先生が、英語が使える機会があったら、迷わず使うこと、って言ってたじゃない。いい機会だと思うんだけど」
「う、確かに……(やらないと言ったら、母さんに怒られそうだし)、仕方ない、やるか」
というわけで、二人が参加すると仲間に表明すると、他のみんなはびっくりして(特に、祐也がやると言ったことに対して)、でも誰も「オレも、私も」とはならなかった。
それでも、学校全体では結構な人数があつまったので、ALTの先生が面接をして、10人ぐらいにしぼることになった。えーっ、話せるかどうかは関係ないって言ってたのに……とちょっと思ったのだが、まぁ、トイレの場所を聞かれて案内できない英語力では困ると思ったのかもしれない。
その面接で、私は自分のスピーキングの力に唖然としてしまったのだ。もう、ほんとにびっくりした。先生の言ってることもわかるし、自分でも不思議なほど言いたいことが口をついて出てくるのだ。
ALTの先生は、途中から、これはかなり話せるな、と思ったのか、話す速度も上げてきたし、話す内容もレベルアップしてきた。
もちろん、聞き取れないこともあったし、うまく話せないこともあったけれど、ドンマイである。自分としては全然オッケーだった。だって、夏休み前に比べたら別人レベルなのだ。
びっくりしたのは私だけではない。その場に同席していた英語担当の佐藤先生もかなり驚いたようで、手元の用紙に何かしきりに書いていた。
面接が終わったあとで、先生は
「君は英語の点数がいいとは思っていたけれど、話す力もこれほどあるとは思わなかった。幼少期にどこか外国にいたのか?」
と言われた。
そして、祐也に至っては、帰国子女疑惑確定らしかった。英語の点数はたいしたことないが、日常会話はまぁぼちぼちできる、これは小さい頃に外国にいたに違いない、というわけだ。
家に帰る時、「不思議なほど英語がするすると頭にうかんだ」という共通の体験を祐也と話しながら、ブラウン先生ってすごいね~という結論に達した。ただの鬼ではなかったのだ。
そして、国際交流の日。
私と祐也は、案内係というよりは通訳に駆り出されていた。英語の先生方とともに、アメリカからのお客さんたちの質問に答える役だ。
日本に興味のある高校生たちが選ばれてきただけのことはあって、彼らは山のような質問を抱えていた。主に、日本のアニメ、ゲーム、サブカルチャーなどなど。先生方ではお手上げの質問が多かったので、私と祐也は大忙しだった。中にはかなり突っ込んだ質問までされて、私たちでさえお手上げだったので、そのテの話に詳しい子たちを呼んできて、文字通り通訳に徹したりして。
それがきっかけで、同じ趣味のある子たちを引き合わせてあげたりしたら、もともと好きなことが同じなので、みんな片言でも話そうという雰囲気になってきた。自由時間には一緒にバスケをする生徒たちが現れたり、連絡先を交換したり、日米の生徒たちはけっこう仲良くなった。
イベントのあとで、先生方にとても感謝されてしまった。こういうイベントであそこまで盛り上がるのは珍しいそうだ。
「表面的にちょっと触れ合っておしまいということになることが多いのだけれど、君たちのおかげで、向こうの生徒たちも喜んでくれたし、本当に良かった」
と言われた。そして、私たちが帰国子女ではないこと、夏休みの間に英語を特訓して能力が伸びたことを話すと、英語の先生方は驚愕して、そしてこう言った。
「この学校は県下一の進学校だ。だから受験のことばかり考えて、生徒たちにスピーキングの訓練をしていなかったことを悔やんでいる。県下一なのに、みんな英語をほとんど話せない。カリキュラムを考えなおしたい」
だとしたら嬉しい。文法力、単語力がある生徒がそろっているんだから、話す訓練をすればきっと鬼に金棒!
そうそう、クラスの友だちにも、もちろんびっくりされたよ。
ブラウン先生のレッスンの話をした仲間も、これほどとは思ってなかったらしく、本当に驚いていた。(だからといって、一緒にレッスンしたいとは言わなかったけどね)
英語だけではない。
祐也と私は、夏休みの間、暇を見つけては一緒に勉強したのだ。祐也の古文はそのおかげで授業についていけるギリギリレベルまで上がったし、私の物理と数学も苦手なところを補完できたと言っていい。
夏休みが終わるころには、私と祐也は、一緒に勉強するのが普通になっていた。もう、必要不可欠というか。
「祐也、私、祐也がいないとダメだよ」
私の正面で勉強していた祐也はガバッと顔をあげた。
「こんなに合う勉強相手なんていないと思う。このまま受験勉強も一緒にやっていけるといいな」
「あ、……ああ、勉強、ね。オレモソウオモウ」
「?」
なんだか棒読みみたいな変な話し方の祐也だった。
勉強と部活の合間には、みんなで花火に行ったり、プールに行ったり、宿題会をしてみたり、仲間が増えた分、楽しみも増えて、かつてないほど充実した夏休みだった。




