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 どうせ渡すなら日頃の感謝を込めてたくさんの花を渡したい気もする。しかしエイシェンは花をもらって本当に喜ぶのかは疑問だ。

 ここでこの花を渡す意味はよく分からないが、いつもありがとうと伝えるのはいいかもしれない。

 

 なんだかみんなに温かく見守られながら、花を片手にエイシェンを探した。

 彼は少し離れたところで他の若い男の人達と談笑していた。

 

「エイシェン」


 近くに行って声をかけると「なに?」と立ち上がった。

 

「えっと、これ……いつもありがとう」


 周囲にいた人達が興味津々で見てくるのが恥ずかしくて、思わず東国の言葉でお礼を言ってしまった。

 気付いて言い直しをしようと思ったが、それより早くエイシェンが差し出していた花を取る。

 

「ありがとう、嬉しい」


 ゆっくりナズナにも聞き取れるように言った。

 その表情が、目が、声が。これまでにないくらい甘ったるくて煌めいて見えて頭が真っ白になった。

 そんなに大きくもないたった一輪の花をあげただけで、大げさじゃないだろうか。

 

 次いですぐに顔どころか耳や首まで真っ赤にしたナズナの頬に、とろけそうな顔のまま手で触れる。

 十分ナズナだって熱を持っているのに、それ以上にエイシェンの手は熱く感じた。

 

 ここまで息を潜めるように見守っていた村人達が、突然大声援に沸く。

 見られていた事に今更羞恥心が湧いてきて、慌ててエイシェンから離れようとしたが、それよりも彼の手がナズナを掴む方が早かった。

 

 お世話になっているお礼に花をあげて、受け取ってもらって。たったそれだけなのだけれど、どうしてこんなにみんなが盛り上がるのか。

 

 恥ずかしくって逃げたいのにエイシェンが離してくれなくて、ぐるぐるとそんな事を考えていて後の事はよく覚えていない。

 

 

 宴はまだ続いていたが、ナズナとエイシェンは先に家に帰る事にした。

 もう残っているのは酒が恋しい大人達ばかりだからだ。

 

「あ、ナズナさん!」


 呼び止められて振り返ると、行商人の男性が駆け寄ってきた。先程通訳をしてくれた人だ。

 

「おめでとうございます」

「……何が、ですか?」

「またまたぁ、あんな告白しておいて」

「こっ!?」


 あんなってどんな!? 身に覚えがなさ過ぎてピシリと固まった。

 そんなナズナの様子に、男性もあれ? と不思議そうにする。

 

「だってアロンさん言ってたし、花も……」

「アロン!?」


 怪しい人物名が出てきてナズナは眉尻を上げた。

 そういえばアロンが何か大声でみんなに聞こえるように言った後から、やたらと周囲が歓迎ムードというか祝福モードというか、ナズナに向かって声を掛けてきたのだった。

 

「花って、これですよね? みんなすごい騒いでましたけど、これ何なんですか?」

「えっ、知らないでやったんですか!?」


 問うたつもりが問い返されてしまった。

 自分の金茶の髪に刺さっている青い花に手で触れながら相手の反応にぽかんとする。

 

「そっか……誰も説明なんてしてませんよねぇ。あー……この集落には告白の際に花を渡すのが伝統なんだそうです。まず自分が相手の特徴となる色の花を身に付けるのは「私はあなたに染まるくらい好きです」という意味で、真っ白な花を渡すのは「誰にも染まっていないあなたの心を私に染めて下さい」みたいな意味だったかなぁ」


 聞きかじった知識を必死に呼び起しているらしく、うーんと空を見上げながら喋っている。


「それで、受け取ってもらえたら交際の了承。今度は白い花を受け取った方から同じように相手の色の花を贈ると、それは結婚の申し込みらしいです。愛を告げる方と結婚を申し込む方がきっちり区別されてるってすごいですよねぇ」


 などとのんびりした事をのたまう行商人だったがナズナはとてもじゃないが冷静ではいられなかった。

 愛を告げる? 瑠璃色に近い色の花をつけて、真っ白の花を渡した。

 紛うことなく「好きです付き合って下さい」と言っている。この村においては言っていると同義だ。

 

 そしてエイシェンは受け取った。ありがとうと言っていなかっただろうか。嬉しいと。

 エイシェンを振り返ると、胸元にナズナが渡した白い花が刺さっていた。

 

 穴があったら入りたい。掘ってでも入りたい。

 何処にも持って行き場のない恥ずかしさが襲ってきてせめてと両手で顔を隠した。

 言葉さえちゃんと通じていればこんな事にはならなかったのに。

 

 エイシェンはどういうつもりで花を受け取ったのか。

 ナズナが意味を知らないのはきっと分かっていただろうし、あんな衆人環視の中でバッサリと拒否するなんてことも出来なかったに違いない。

 だから、多分そんなに深い意味は無いはずだ。

 

 そう思うと気持ちが軽くなる半面、なんだか腑に落ちない気もする。

 

「えっと、ナズナさん?」

「……はい」


 蚊の鳴く様な声で返事をした。

 

「これを渡そうと思って呼び止めたんです」


 差し出されたのは一冊のノートだった。使い古されていて手垢がついている。

 

「僕お手製の単語帳です。東国・西国に山岳の言葉までマスターした優れものですよ」


 中を捲ると見やすいながらもびっしりと紙面を埋め尽くすように単語が載っていた。

 にっこりと笑って自画自賛した青年にナズナも笑みを返した。

 

「もらっていいんですか?」

「僕はもう無くてもなんとかなるので。使ってもらえるなら嬉しいです」

「ありがとうございます!」


 言葉を覚えなければと、今回の件でより強く心に誓ったばかりだ。このノートをもらえるならとてもありがたい。

 

「他部族に嫁ぐのは何かと大変みたいですが、頑張ってくださいね」


 喜んでもらえたのに満足したのか、青年は言いたい事を言うと手を振って走ってまだ酒をあおっているだろうアロン達の元へと帰って行った。

 

 あの人も激しく勘違いしてる……。

 訂正の機会を、多分一生逃したナズナはもう苦笑するしかない。

 

 

 家に帰るとエイシェンはナズナの髪から花を抜き取ると、自分が持っていた白の花と一緒に寝室に飾った。

 見る度に思い出すじゃないかと抗議したかったけれど、花に八つ当たりしても仕方がない。

 

 気を紛らわそうと貰ったノートを開いて見た。

 そこには日常的によく使われる単語や簡単な文章が、三言語並べて書いてある。

 音の取り方は東国の文字で書かれてあるから、彼の出身はナズナと同じ東なのだろう。

 

 薄暗い部屋の中で、少し癖のある字を眺めていた。

 

 

「ナズナ」


 肩を揺すられてゆっくりと瞼を開けた。

 ぼんやりとした視界に自分を覗き込んでくるエイシェンが見える。

 

「あれ……」


 ベッドに手をついて起き上がって、そこでやっと自分が寝ていたのだと気付いた。

 文字を目で追っているうちに眠ってしまっていたらしい。

 ベッドのど真ん中で、掛布団の上で丸まっていたようだ。

 

「――――」


 何かを呟いてクスクスと笑いながらエイシェンがくしゃくしゃになった髪を撫でてくれる。

 お風呂から上がって半乾きのまま寝ていたから、変な癖がついてしまっていた。

 エイシェンも風呂上りのようだから、そんなに長い時間は経っていないようだが。

 

 今度こそ布団の中に潜り込む。

 

「オヤスミ、エイシェン」


 今しがたうたた寝する前に覚えたばかりの挨拶をした。

 目を丸くしたエイシェンはすぐに柔らかく表情を崩して、髪を梳いていた手を頬にずらし、ナズナの唇に口づけを落とした。

 

 そっと触れるだけのそれは一瞬で、ナズナが反応し損ねている間にエイシェンは離れて灯りを消す。

 肩を軽く押されて寝る様に促されて、その上に布団を掛けられてしまえばもう質問をする機会は奪われてしまった。

 

 大きめのベッドでいつもと同じように、二人の間に少しだけ隙間を作って寝ているのに、いつもと違ってエイシェンの温かさが伝わってくるような気がするのはどうしてだろう。

 


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