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『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


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第15話 岩猿が来た

 山腹の木から、灰色の魔物がこちらを見ていた。


 人間より少し小さい身体。


 太い肩から伸びる、異様に長い腕。その両手には、人間の頭ほどもある石が抱えられている。


 魔物が腕を振り上げた。


 狙っている先には、鍬を持ったダリオがいる。


「ヴァル?」


 リナの声が、少し離れた平場から聞こえた。


 俺は返事の代わりに翼を広げた。


 地面を蹴り、胸の奥から両翼へ魔力を流す。身体が浮いた直後、石が木の上から放たれた。


「伏せろ!」


 ダリオが近くの男を地面へ押し倒す。


 石は二人の頭上を抜け、作業場の中央へ落ちた。固い土が弾け、掘り出したばかりの小石が周囲へ飛び散る。


 直撃すれば、怪我では済まない。


 木の上から、甲高い鳴き声が響いた。


「ギャアッ! ギャッ!」


 灰色の魔物は一頭ではなかった。


 隣の枝が大きく沈む。


 さらに奥の木でも、長い腕が幹を掴んだ。


 三頭。


 それ以上いるかは、枝葉に隠れて分からない。


「岩猿だ……」


 山向こうの集落から逃げてきた男が、絞り出すように言った。


 昨日、館の役人であるエルマーが山を下ったばかりだった。


 俺が村を襲っていないこと。人間の言葉を理解すること。盗賊から村人を守り、その中で一人を殺したこと。


 エルマーは、見たものをすべて館へ報告すると言った。


 どんな返事が来るのかは分からない。


 だが、返事を待つ間も村の暮らしは続く。


 今朝も畑へ出る者がいて、家畜へ餌をやる者がいた。山腹の平場では、水を引いた土地から石と根を取り除く作業を再開していた。


 俺はその上を見回っていた。


 若竜になってから飛べる距離は少しずつ伸びている。右後ろ脚も、普通に歩く分にはほとんど気にならない。


 それでも遠くまで飛び続けられるほどではない。


 村と山腹の間を一度回り、安全を確かめたら休む。そのつもりだった。


 平場では、昨日までに掘った浅い水路へ細い流れが通っていた。


 まだ畑とは呼べない。土を起こしても石が出る。根を一本抜けば、その下から別の根が見つかる。今日中に終わる仕事ではなかった。


 それでも村人たちは朝から山へ上がった。


 山向こうから八人増え、村で必要になる食べ物も増えている。ハインツが運ぶ穀物だけへ頼るのではなく、村で育てられる作物を少しでも増やしたい。


 避難してきた男も、自分たちが食べる分を作るために鍬を振るっていた。


 ここを畑にできれば、来年からの暮らしが少し変わる。


 だからこそ、誰も簡単には手放したくなかった。


 森の枝が風とは違う方向へ揺れなければ、岩猿を見つけるのはもう少し遅れていた。


「全員、道具を持て!」


 ダリオが立ち上がる。


 平場にいたのは、ダリオと村人が二人。それに、山向こうから逃げてきた男だった。リナは昼の水を運んできたところで、作業場の下側にいる。


「村へ戻るぞ。走るな。足元を見て下がれ!」


「でも、水路が――」


「水ならあとで引き直せる!」


 迷いのない返事だった。


 水を流し始めたばかりの土地も、掘り起こした土も惜しい。それでも、人間の命より先に守るものではない。


 俺は木の上を見ながら、低く唸った。


 岩猿の一頭が、こちらへ顔を向ける。


 長い腕を使い、枝から枝へ身体を移した。普通の猿より動きは重いが、太い枝が大きくしなるほど力がある。


 もう一頭が地面へ手を伸ばした。


 木の根元には大小の石が転がっている。


 拾うつもりだ。


 俺は高度を上げ、岩猿と人間たちの間へ入った。


「ヴァル、無理に近づくな!」


 ダリオの声が下から飛んでくる。


 分かっている。


 倒すために飛んだわけではない。


 人間たちが下がるまで、岩猿の注意を俺へ向ければいい。


 俺が枝の高さを横切ると、石を拾った岩猿がすぐ腕を振った。


 今度の狙いは俺だった。


 翼を傾ける。


 身体が横へ流れ、石が腹の下を通り過ぎた。


 続けて二投目が来る。


 一頭目より小さな石だが、投げるまでが速い。


 俺は翼を一度強く打ち、斜め上へ逃れた。


 石が左の翼の端へ触れた。


 端を掠めただけなのに、翼全体へ鈍い痛みが走る。姿勢が傾き、身体が木の梢へ近づいた。


 その下へ、さらに一つ石が落ちた。


 今度は誰もいない場所だったが、石は作りかけの水路を直撃した。土で固めた縁が崩れ、細い流れが平場へ溢れ出す。


 朝から均した土が、見る間に泥へ変わっていった。


 一人の村人が足を止める。


「水が――」


「見るな、下がれ!」


 ダリオが怒鳴った。


 壊れた水路へ戻れば、次の石を避けられない。男は歯を食いしばり、置いていた手斧だけを掴んで道へ向かった。


 俺はすぐに尾を振って向きを戻す。


 落ちてはいない。


 翼も動く。


 だが、同じ場所へもう一度受ければ飛び続けられるかは分からなかった。


「ヴァル!」


 リナが叫ぶ。


 俺は一度だけ翼を大きく動かした。


 まだ飛べる。


 それを見せてから、岩猿たちの正面を横切る。


「ギャッ!」


 三頭の視線が俺を追った。


 石を探すため、一頭が枝から地面へ下りる。


 その間に人間たちは平場の端まで下がっていた。


 ダリオが最後尾に残り、弓へ矢をつがえている。


 まだ射ってはいない。


 距離があり、枝も多い。岩猿へ当たる保証はないし、外せば余計に興奮させるだけだ。


 それでも、誰かへ石が飛べば撃つつもりなのだろう。


 俺は人間たちの位置を確かめた。


 全員いる。


 リナも、避難してきた男に手を引かれて下がっている。


 なら、ここへ残る理由はない。


 俺は岩猿へ背中を向けず、弧を描くように高度を下げた。


 追いかけてくる気配はない。


 岩猿たちは木の上に残り、鳴き声を上げている。そのうち一頭がまた石を投げたが、今度は俺たちの手前へ落ちた。


 縄張りから追い払おうとしているのか。


 それとも、近づくものへ何でも石を投げているだけなのか。


 判断する材料が足りない。


 俺は作業場から離れた道へ降りた。


 着地した瞬間、左の翼へまた痛みが走った。骨が折れた感じはしない。畳むこともできる。


「見せろ」


 ダリオが近づいてくる。


 俺は翼を少し開いた。


 石が掠めた場所には土が付いていたが、翼の膜は裂けていない。血も出ていなかった。


「飛べるか?」


 翼を一度動かしてみせる。


「飛べるのと、飛び続けていいのは別だからな」


 それくらい分かっている。


 俺が鼻を鳴らすと、ダリオは傷へ触れずに翼から離れた。


「怪我人は?」


「いない」


「こっちも大丈夫だ」


 村人たちが答える。


 避難してきた男も頷いた。


「最初に見えたのは三頭だ」


 ダリオが男へ確認する。


「お前たちの集落を襲った岩猿と同じか?」


「同じだ。腕の長さも、石の投げ方も」


「三頭だけなら追い払えると思うか」


 男はすぐには答えなかった。


 森の方を見てから、首を横へ振る。


「見えたのが三頭なだけだ。あいつらは木の上を移る。葉が濃いところに何頭いるかなんて、下からじゃ分からない」


 その通りだった。


 俺にも確認できたのは三頭だけだ。


「俺たちのところも、最初は畑へ数頭出てくるだけだった」


 男が続ける。


「追い払えば森へ戻った。次の日にはまた来て、その次は数が増えた。家の近くまで石が飛ぶようになって、最後には畑へ出られなくなった」


「ここでも同じになると?」


「分からない」


 男は正直に答えた。


「でも、向こうにいた奴らがここまで来たなら、何もせず消えると思わない方がいい」


 誰も反論しなかった。


 平場には鍬が一本残っている。


 拾いに戻るだけなら短い距離だ。それでも、道具一本のために石の届く場所へ人間を出す理由はなかった。


「戻ろう」


 ダリオが言った。


 俺たちは山腹を下り始めた。


 俺は飛ばず、最後尾を歩く。


 左の翼を休ませるためでもあるが、森から何か下りてきた時、人間たちとの間へ入れる位置にいたかった。


 しばらく進んだところで、後ろから乾いた音が響いた。


 振り返る。


 平場に残した鍬の近くへ、新しい石が落ちていた。


 岩猿はまだ木の上にいる。


 だが、平場を離れた俺たちを追ってはこなかった。


「あそこが欲しいのか?」


 村人の一人が歩きながら尋ねた。


 避難してきた男は振り返らずに答える。


「分からない。俺たちの集落では畑の作物を持っていった。でも、あの平場には食えるものなんてない」


「水を飲みに来たんじゃないのか」


「それなら、わざわざ木の上から石を投げる必要はないだろ」


 ダリオが会話を止めた。


「今決めるな。見たことだけ村長へ話す」


 岩猿が平場を奪いに来たのか。俺たちを追い払いたいだけなのか。それとも、別の理由で山腹を通っているのか。


 答えのないまま決めつければ、次に人を出す場所まで間違える。


 少なくとも、追ってこないことは確認できた。


     ◇


 予定より早く戻った俺たちを見て、村の入口にいた者がすぐ村長を呼んだ。


「岩猿だと?」


「見えたのは三頭です」


 避難してきた男が答える。


「作業場の上にある森から石を投げられました。ヴァルが注意を引いてくれたので、怪我人はいません」


 村長の視線が俺の左翼へ向く。


「ヴァルは?」


「掠っただけだ。翼も動いている」


 ダリオが答えた。


 飛んではいない。


 俺が鼻先でダリオの背中を軽く押すと、リナが横から口を挟んだ。


「歩いて戻ったよ」


「……そうか」


 村長はわずかに口元を緩めたが、すぐ山へ顔を向けた。


「山腹の作業は止める」


「水路もですか?」


「ああ。畑になってもいない土地のために、人を怪我させる必要はない」


 判断は早かった。


 ただし、村中の仕事を止めるわけではない。


 薪を取る場所は山腹だけではない。家畜も森から離れた側へ出せる。危険な範囲を避けながら、必要な仕事は続ける。


「山側へ行く者は一人で動くな。見張りにも知らせろ。岩猿を見つけても追わず、場所と数だけ覚えるんだ」


 村人たちが頷く。


 ダリオはすぐ二人を連れ、山腹へ続く道の入口へ向かった。


 道を塞ぐのではない。知らずに作業へ向かう者が出ないよう、枝を組んだ目印を置くためだ。


「薪は南側の林から取る。しばらく量が減っても仕方ない」


「家畜は?」


「山側の囲いへ出すな。草が足りなければ、刈ったものを運ぶ」


 不便は増える。


 平場の水路も、このままでは崩れた部分が広がるだろう。それでも危険な場所へ人を戻すよりはいい。


 村長は作業を止めるだけで終わらせず、止めた分をどこへ移すかまで決めていった。


 物置の近くでは、山向こうから来た者たちが話を聞いていた。


 大人の表情は暗い。


 子どもの一人が母親らしい女の服を掴んでいる。


「ここまで来たのか……」


 誰かが呟いた。


 あの八人は、岩猿から逃げてルーエへ来た。


 ようやく雨風を避ける場所を得たのに、その魔物が後を追うように現れた。


 リナが俺の翼を見ながら尋ねる。


「明日も飛ぶの?」


 俺はすぐに頷かなかった。


 左翼は動く。朝まで休めば、村の近くを一周するくらいならできるだろう。


 問題は、飛べるかどうかではない。


 次に岩猿を見つけた時、近づきすぎずに数と場所を確かめられるかだ。


「ヴァル」


 村長が俺を見る。


「明日の朝、村人が山へ入る前に、上から平場を見てもらえるか。岩猿が残っているか確かめるだけでいい」


 それならできる。


 俺は頷いた。


「見つけても戦うなよ」


 ダリオが念を押す。


「今日みたいに人がいるならともかく、明日はお前一頭だ。数も分からない相手へ突っ込むな」


 分かっている。


 俺は竜だが、飛んでくる石まで平気になるわけではない。


「翼が痛くなくなってからね」


 リナが言った。


 俺が頷くと、ようやく少しだけ表情を緩めた。


 リナは家へ走り、しばらくして水の入った小さな桶と布を持って戻ってきた。


「土がついてるから、じっとして」


 傷そのものへ触れないよう、翼の縁へついた泥を拭っていく。


 冷たい布が鱗と膜の境目へ当たった。少し痛んだが、動かずに待つ。


「痛い?」


 少しだけ頷く。


「やっぱり痛いんじゃない」


 リナは怒ったように言ったが、布を動かす手はさらにゆっくりになった。


「明日、危なかったらすぐ戻ってきてね。見つけるだけだからね」


 俺はもう一度頷いた。


 今日のように誰かを逃がす必要はない。明日は、岩猿へ気づかれる前に数と場所を確認して戻ればいい。


 その日の山仕事は、すべて別の作業へ回された。


 夕方までに山腹へ続く道へ目印が置かれ、知らずに入る者がいないよう見張りにも話が伝わった。


 平場へ残した鍬は取りに行かない。


 岩猿を退治するかどうかも、まだ決めなかった。


 今分かっているのは、三頭を見たことと、石を投げられたことだけだ。


 日が傾くころ、俺は村の外の寝床へ戻った。


 左翼をゆっくり開く。


 痛みはほとんど引いている。翼を開いても、動きにおかしなところはなかった。


 明日は、人間より先に俺が山腹を見る。


 翼を畳もうとした時、遠くの森から岩猿の鳴き声が聞こえた。


「ギャアッ!」


 一頭分。


 少し間を置いて、別の方角から返事があった。


 さらに奥からも、もう一つ。


 暗くなり始めた森では、姿までは見えない。


 俺は山腹へ顔を向けたまま動かなかった。


 今日見えたのは三頭。


 それが全部だとは、最初から決まっていなかった。




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YouTubeショート動画作ってみました。


https://youtube.com/shorts/p0RE2njsFbs?si=luaigXMNwFodefPD


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