↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/48

第12話 塩と炭の勘定

「炭を増やせば、その分だけ穀物を持ってきてもらえる――って話にはならないぞ」


 行商人は炭の塊を指先で割りながら、村長へそう言った。


 さっきまで塩や針、糸を売っていた男だ。


 名前はハインツ。


 年は四十前後だろう。日に焼けた顔に無精髭を生やし、山道を歩き慣れているのか、荷を下ろした今でも足取りに疲れを見せていない。


 村長が炭袋へ視線を落とした。


「炭が売れんという意味か?」


「いや、これは売れると思う。割れ方も悪くないし、粉ばかりでもない。ただし、村が欲しいのは炭の値段じゃなくて穀物だろ?」


「ああ。食べる人数が八人増えた」


「だから問題なんだよ」


 ハインツは自分の背負子を叩いた。


「穀物は重い。塩や針みたいに少量でも商売になる品とは違う。俺一人の背中で運べる量には限界がある」


 分かりやすい。


 俺は柵の外から話を聞きながら、ハインツが背負ってきた荷を見る。


 大きな背負子だ。


 人間一人が背負うには十分重そうだが、若竜になった今の俺なら、それより重い荷でも運べるだろう。


 だからといって、毎回俺が山を下りて商人の代わりに荷運びをする、という話にはならない。


 俺には村の見回りがある。


 何より、俺一頭がいなければ止まる仕組みにするのは良くない。


「荷馬を使えばいいんじゃない?」


 リナが近くから口を挟んだ。


 ハインツが少女を見る。


「山の下までは使ってる」


「じゃあ、ここまで連れてきたら?」


「そこが簡単なら、最初からそうしてるよ」


 ハインツは苦笑した。


「この村までの道には、荷を積んだ馬を通したくない場所が三つある。俺なら身体を横にすれば通れる場所でも、荷袋を左右へ積んだ馬じゃ無理があるんだ」


 村長が眉を寄せる。


「三つだけか?」


「少なくとも、俺が気になるのは三つだ。直せば絶対に馬が通れるとは言わない。実際に見た方が早い」


 そこでダリオへ視線を向けた。


「帰る時、一緒に来るか?」


「行く」


 ダリオは即答した。


「村側でも見ないと直しようがないからな」


 俺も身体を起こした。


 ハインツがこちらを見る。


 さっきよりは慣れたらしいが、三、四メートルある青灰色の若竜が立ち上がれば、やはり身体が少し強張る。


「……ヴァルも来るのか?」


 頷く。


「道を見るならいた方がいいだろ」


 ダリオが言った。


「こいつが通る道を作るつもりはないぞ」


 ハインツの返しは早かった。


「ヴァルまで普通に歩ける幅へ広げたら、荷馬どころか荷車が二台並べる道になりかねん」


 そこまで太くはない。


 ……たぶん。


 ただ、翼を畳んでも今の俺は人間よりかなり幅がある。長い尾まで含めれば、狭い山道で向きを変えるだけでも場所を取る。


 俺は翼を一度開いてから空を指した。


 ハインツが目を瞬く。


「飛んで行く?」


 頷く。


「ああ。そういうことか」


 少し間を置いて、ハインツがため息をつく。


「便利だな、竜」


 俺もそう思う。


     ◇


 村を出たのはハインツ、ダリオ、村の男が一人。


 俺は最初だけ道を歩き、木々が密になったところで空へ上がった。


 まだ長距離を飛び続けられるほど慣れてはいない。


 だから高く上がらず、木の梢より少し上をゆっくり進む。


 下では三人が山道を歩いている。


 上から見ると、道の細さがよく分かった。


 獣道よりは広い。


 だが、街道と呼べるほど整ってはいない。


 ところどころ木の根が浮き、雨に削られた窪みもある。


 ルーエが外と商いする道としては、確かに心細い。


「まずここだ!」


 ハインツの声が聞こえた。


 俺は少し先の開けた場所へ降りる。


 以前より着地は上手くなった。


 速度を落とし、前脚をつけて数歩進む。


 腹から突っ込まない。


 これだけでも進歩だ。


 少し戻ると、三人が大岩の前で止まっていた。


 山側からせり出した岩が、道を狭くしている。


 反対側は斜面だ。


 人間なら普通に通れる。


 しかし馬の身体へ荷袋が張り出せば、岩へ擦るか、斜面側へ寄りすぎる。


「この岩を動かす?」


 村の男が俺を見る。


 いや、無理だろう。


 俺も岩を見る。


 山そのものから突き出しているような大きさだ。


 進化して力が増したからといって、何でも動かせるわけではない。


 試すまでもなさそうだ。


「岩を動かす必要はない」


 ハインツが山側の地面を指した。


「手前を少し削れば、馬が岩から離れて通れる。欲しいのは、荷袋が当たらない半歩か一歩ぶんだけだ」


「もっと広げた方が後で楽じゃないか?」


 村の男が尋ねる。


「何を通すんだ?」


「荷車とか」


「そんな話はしてない」


 ハインツは即答した。


「荷車まで通すなら、ここだけじゃ済まない。道全部を作り直すことになる。橋も要るし、曲がりも直す。金も人手も別物だ」


 村人が黙る。


 ダリオが岩と斜面を見比べた。


「今必要なのは荷馬一頭だ」


「そういうこと」


 俺は上から見た道を思い出す。


 確かに、いきなり立派な道へする必要はない。


 村はまだ小さい。


 運ぶ量も限られている。


 必要な分だけ直す。


 それで足りなくなった時に、次を考えればいい。


「次はこっちだ」


 再び進む。


 二つ目は低い枝だった。


 太い枝が道へ張り出している。


 人間なら屈めば通れる。


 俺はそもそも下を通らず、木の向こう側へ回った。


「荷馬は嫌がる」


 ハインツが枝を叩く。


「頭の上に何かある場所を、荷を積んだまま無理に通すと止まる奴もいる。これは切れば済む」


「枝一本か」


「ここは簡単だ」


 その言い方で、三つ目は簡単ではないと分かった。


 さらに下る。


 やがて地面の色が変わった。


 道の一部が黒っぽく湿っている。


 斜面から染み出した水が、道へそのまま流れ込んでいた。


 ダリオが足を置く。


「沈むな」


「雨の後はもっと酷い」


 ハインツが答える。


「俺なら端を歩けばいい。でも荷を積んだ馬がここで足を取られたら、荷を下ろして引っ張る羽目になる」


「石を敷くか?」


「それでもいいかもしれん。ただ、先に水を道の外へ逃がした方がいい」


 村の男が斜面を見る。


「浅い溝を掘って、下へ流す?」


「やるならそうだな。ただし適当に切るなよ。水の行き先を考えずに掘ったら、今度は下側の道を削る」


 俺は山腹で作った水路を思い出した。


 水は低い方へ流れる。


 単純だ。


 だが、流した先で何が起きるかまで見なければならない。


 力だけではどうにもならないことが、妙に多い。


 ダリオはぬかるみより、周囲の森を見ていた。


「どうした?」


 ハインツが尋ねる。


「道を直したら、ここを通りやすくなる」


「そのために直すんだろ」


「商人だけが通るわけじゃない」


 ハインツの顔から笑いが消えた。


「……何かあったのか?」


「盗賊が来た」


「いつ?」


「少し前だ。十人以上」


「それを先に言え!」


 ハインツが声を上げた。


「お前が村に着いてから言ったら逃げるかと思って」


「余計悪いわ!」


 ダリオは肩をすくめる。


「でも今、生きてるだろ」


「結果論で商売するな!」


 俺は思わず鼻を鳴らした。


 ハインツがこちらを見る。


「ヴァルまで笑ってるのか?」


 少しだけ。


 だが、ダリオが警戒している理由は正しい。


 道を良くすれば、物資が入りやすくなる。


 同時に、敵も歩きやすくなる。


「荷馬一頭が通れればいいんだよな?」


 ダリオが確認する。


「ああ。それ以上は要らん」


「なら道幅は必要以上に広げない。曲がりも残す。木も、荷に当たる分だけ払う」


「馬が通れるならそれでいい」


「ぬかるみも、道全体を固めるんじゃなくて水だけ逃がす」


 ハインツが頷く。


「俺ならそうする」


 村の男も納得したようだった。


「荷を通す道にはする。でも、誰でも走りやすい道にはしないってことか」


「そうだ」


 なるほど。


 俺は空から見た道をもう一度思い返す。


 今のルーエに必要なのは、大きな街道ではない。


 塩や穀物を運べる道。


 それで十分だ。


     ◇


 村へ戻ると、ハインツは改めて炭袋の前へ座った。


「道が使えそうなら、次は荷馬を借りられるか聞いてみる」


 村長が尋ねる。


「馬一頭で、穀物はどれほど増やせる?」


「馬が運べる量と、お前たちが買える量は別だぞ」


「金か」


「金だけじゃない。交換する物が売れなきゃ仕入れられない」


 ハインツは炭を一つ持ち上げる。


「この炭なら持って帰ってみる。ただし、次からいきなり三倍焼くな」


 山向こうから来た八人の中で、炭焼きを手伝っていた男が顔を上げた。


「売れないのか?」


「売れるとは言った。でも、俺が一度に売れる量にも限界がある。下に炭が存在しないわけじゃないんだ」


「じゃあ、どれくらいなら?」


「まず少し増やす」


 ハインツは指を一本立てた。


「それを持って帰って、実際に売る。売れ方を見る。値も見る。それから次を決める。最初から山ほど焼いて、値が下がりました、残りました、じゃ誰も得しない」


 炭焼きの男が考え込む。


「木を使う量も増えるしな」


「そういうことだ。山の木は勝手に戻らんだろ?」


 ここでも同じだった。


 山腹の畑も、まず小さく試す。


 道も、荷馬一頭が通る程度。


 炭も、売れる量を確かめながら増やす。


 一気に何かを変えようとしない。


 遅く見える。


 でも、失敗して全部失うよりはいい。


「ほかに売れそうな物は?」


 村人が聞く。


「持って来い。見てから言う。ただし、『たぶん売れる』で山ほど集めるなよ。俺がいらないと言った物は、そのまま村に残るんだからな」


「厳しいな」


「商売だぞ」


 ハインツは当たり前のように返した。


「俺だって慈善で山を登ってるわけじゃない。儲けが出るから来る。だから儲けが出るなら、また来る」


 俺はその言葉に少し引っかかった。


 でも、悪い意味ではない。


 善意だけなら、疲れた日には来なくなるかもしれない。


 商売になるなら、続ける理由がある。


 村に必要なのは、一度だけ穀物をもらうことではない。


 必要な時に、また買えることだ。


 村長も同じことを考えたらしい。


「それでいい。こちらもただで持って来いとは言わん」


「話が早い」


 ハインツは炭袋の口を縛った。


「今日はこの分だけ持って帰る。向こうでいくらになるか見てくる」


「ここで値を決めないのか?」


「俺が欲しい値と、向こうが買う値は違う」


「なるほどな」


「あと、俺の取り分もある」


 村長が少し笑う。


「そこは隠さんのだな」


「隠して後で揉める方が面倒だ」


 俺はハインツを見る。


 こいつは信用できるかもしれない。


 善人だから、ではない。


 自分が儲けたいと最初から言うからだ。


 少なくとも、何を目的に動いているのか分かりやすい。


 荷をまとめ終えると、ハインツは背負子を担いだ。


「じゃあ、下りる」


「もう行くの?」


 リナが聞く。


「日が落ちる前に山を下りたい。竜のいる村で夜までのんびりして、初日に帰れませんでしたじゃ笑えん」


 俺のせいか。


 村の出口まで来たところで、ハインツが振り返った。


「ヴァル」


 名前を呼ばれたので顔を向ける。


 ハインツは俺を見上げる。


 若竜になった俺と正面から向き合うと、人間一人との大きさの差はかなりある。


 それでも、初めて会った時ほど怯えた顔ではなかった。


「次、本当に荷馬を連れて来られたら――」


 少し間を置く。


「食うなよ」


 俺は大きく鼻から息を吐いた。


「今の絶対呆れただろ」


「たぶんな」


 ダリオが言う。


「馬の方が俺より高いんだぞ。ヴァルから見りゃ肉だろ」


 肉ではある。


 だからといって食うとは言っていない。


 俺はゆっくり首を横に振る。


「ほら、食べないって」


 リナが嬉しそうに言う。


「竜本人から否定されると、俺が馬鹿みたいじゃねえか」


 実際ちょっと馬鹿みたいだ。


 俺が目を細めると、ハインツが笑った。


「……まあいい。次まで覚えてたら大したもんだ」


 覚えてる。


 たぶんお前よりな。


 ハインツが山道を下っていく。


 背負子には、ルーエの炭が入っている。


 あの炭が売れれば、次は穀物になるかもしれない。


 そのためには、荷馬が登って来られる道が要る。


 だから明日、道へ手を入れる。


 ただし広げすぎない。


 村へ物を運びやすくしながら、盗賊まで入りやすくしない。


 欲しいものを一つ手に入れようとすると、その先に別の問題が出てくる。


 人間の暮らしは面倒だ。


 けれど、一つずつ片づければ確実に前へ進む。


 ダリオが道端へ細い枝を立てた。


「ここからだな」


「何の印?」


 リナが尋ねる。


「明日、道を直す場所を忘れないための印だ」


 村長が後ろから声をかける。


「必要なところだけにしろよ」


「分かってる」


「荷馬が通れば十分だ。盗賊のために立派な道を作ってやる必要はない」


「そこまで親切じゃない」


 俺は二人の向こうに続く山道を見る。


 これまでは、あの道から何か来れば敵かもしれないと考えていた。


 今日、そこを下っていったのは炭を背負った商人だ。


 次に同じ道を登ってくる時には、穀物を載せた馬を連れているかもしれない。


 ルーエは少しずつ、外とつながり始めていた。




────────────────── YouTubeショート動画作ってみました。


https://youtube.com/shorts/p0RE2njsFbs?si=luaigXMNwFodefPD ──────────────────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。