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4.公演前

 落ち着かない。


 まだ日は沈まない。

 それなのに、本を読んでいても気が散って物語を楽しめない。


「エレーナ様、お召し替えいたしましょうか」


 そんなわたしの様子を見かねたのか、ステラが申し出る。


「そう……ね。そうしようかしら」


 読書をあきらめて、わたしは本を置いた。


 自邸での観劇とはいえ、ある程度招待客がいるはずで、普段着のまま観劇をするわけにもいかない。

 ステラが、てきぱきと着替えの支度を整え、必要なものをそろえて戻ってきた。


「いったい、何があったんですか?」


 わたしの部屋着を脱がせながら、ステラが訊いてくる。 


「え?」

「あの日……観劇に行かれた日に、何かあったのではないですか?」


 あの時のことは、誰にも話してはいない。


 わたしを探していた従者はあの場を目撃しているだろうけれど、わたしがどこかのメイドと少しばかり言葉を交わしていた、という以上のことは知らないはずだ。


 そして、それがほぼ事実。


「何か……というほどのことではないのよ」


 通りすがりのメイドとぶつかっただけのこと。

 ただ、そのメイドが実はメイドではなく、役者見習いの少年だっただけ。


「サマンサ様から、エレーナ様はほとんど劇を見ることなく席を立たれたとお聞きしましたけれど……。わたしには、ハーレイ一座に対して何か特別な感情がおありの様に感じられますが」


 ステラは勘が鋭い。


 確かに、わたしはジョンと名乗った役者見習のことが気になっている。

 男性なのに、あのかわいさは反則だ。


 ……でも、一瞬だった。

 改めて見たら、実はそんなことなかった……という可能性もなくはない。

 と、疑う気持ちもあった。


 それを確かめる為にも、もう一度会いたい。

 誰かに話すのは、確認してからの方がいい。


「……今夜、確認できたら、話すわ」

「承知しました」


 ステラはそれ以上訊かず、わたしの着替えの支度を始めた。


  ※※※


「エレーナ」


 少し余裕を持って公演が行われる広間へ向かっていると、名前を呼ばれた。

 振り向くと、どうやら到着したばかりと思われる叔母がこちらへ向かってくるところだった。


「サマンサ叔母さま」

「体調はどう? また、観劇する気持ちになってくれて、嬉しいわ」


「この間は、せっかく連れて行って下さったのに、ごめんなさい。体調はもう大丈夫よ。お便りもありがとうございます」

「謝らないで。体調がよくなってよかったわ。あ、本はね、今日は持ってきていないのよ。今後ゆっくり時間の取れる時にと思って」


「ええ。また、いつでも、いらしてください。本、楽しみにしてます」

「ふふふ、絶対にエレーナも気に入ると思うの」


 叔母の表情から、これは期待できるということが伝わってくる。


「ありがとうございます」


 こうして、気にかけてもらえるのは、嬉しい。


 屋敷に引きこもってばかりいたせいで、わたしには友人がいない。

 叔母はわたしにとってとても大切な存在だ。


「気にしないで。わたしがエレーナに読んでもらいたいのよ。でも、まずは今夜の公演を楽しみましょうね」

「ええ」


 わたしと叔母が並んで広間に入ると、既に母や、既に到着していた他の招待客の方々が座って談笑している。


 わたしたちに気づいた母が、自分の隣の席へいらっしゃい、と目配せをするのを見て、そちらへと進む。


 劇場とは違い、舞台はすぐ目の前にある。


 いよいよだ。


 ジョンは、いるだろうか。

 どんな役を演じるのだろう。


 わたしは高揚する気持ちを落ち着かせるように、ひとつ深呼吸をした。


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