第九十五話 対立
流星王国、王宮。第一応接室。
他国からの要人はまず、ここに通される。
護衛役は二人、多くて三人。
それ以上は認められない。
---
応接室中央、下座に、一人の麗しい女性が座っていた。
彼女は輝く金色の二つ結びで、童顔な面に小動物を彷彿とさせる小柄な体躯を縮こませていた。
しかし、縮こまるのはあくまで体で、態度は太かった。
心做しか、怒っているようにも見える。
傍に立つ護衛二名の他、流星騎士の面々が固唾を飲んだ。
一方、彼女と向かい合うひょろひょろで軟弱そうな若い男は、「ふぅ」と、偉そうに肘をついた。
筆一本ほどの細い瞳を、足元から上半身に移動させ固定。
彼女の風体、面構えを拝みつつ、嘲笑うかのように人差し指をクイッと上げた。
視線は、あからさまに下卑ていた。
「うちのリコルドを再起不能にまで負いやった挙句、早くもわたくしの羽衣を覗こうとする、その空頭。流石は略奪の小判鮫。勉強になりますわ」
セレスティア神聖国第一王女、カルネラが火蓋を切った。
先刻の挑発に、一切の反省は無い。
彼女は、純粋に感じたことを述べただけである。
「いやはや、なんとも酷い言い草だ。一国の将来を担う、王子たる僕が一体何をしたというのか」
王子は白を切り通すつもりである。
だから敢えて苦笑う。
可能なかぎり彼女を刺激せず、時の流れで引き込みたい。
眷属として、或いは奴隷して。
「法輪と手を組み、わたくしどもに牙を向いた。無抵抗の相手を他所に、焼夷弾を放った。撤退を許さず、和平の言葉に耳を貸さず、一方的に談論に終止符を打った。事は、我が国のみならず、多国に及んでおります」
「んー…さっきから決め付けばかりで、ちっとも中身が無いじゃないか。証拠は?まさか無いのに、ここまで来たってのか?」
「……ああ、そうですの」
カルネラの怒りは頂点に達していた。
思わず、舌打ちを隠せなかった。
されど、ここで荒立てれば敵の術中。
彼の後ろで指を齧る、迷惑者の魔術師が舌を出す。
そのイヤらしさは、彼女の肢体を舐め回すかのような、ふてぶてしい笑い顔。
「ふぉっふぉっふぉっ。噂に違わぬ、勇猛果敢なお姫様でありますな。向こう見ずで壮大な推論を恥ずかしげも無く語るとは、心持、外見に削ぐう女児に噛み付かれているようですよ」
魔術師ベルメットが、カルネラの勇姿を鮮明に焼き付けようと立ち上がる。
透かして覗き、暴いて操るために。
しかし、目にも映らぬ速度で護衛の剣が喉元に突き刺さる。
「それ以上近付けば、消すぞ…」
ラングステンから放たれた明確な殺意。
流星の毒牙からカルネラを守る為に剣を握った。
「あのさぁ……僕の前で何してんの?」
王子がラングステンに蹴りをいれた。
しかし、ビクともしない。
効いてる感じもしない。
「…? 何かしたか? 小蠅」
ラングステンが右腰に手をかけた。
「ひぃっ…!」
王子は椅子から転げ落ち、ハッと周囲を見回した。
周囲の顔は、依然として緊張の面持ち。
だが、心中では絶対に笑われている。
そんな気がした。
「あらあら。無罪を主張する癖して、わたくしに頭を垂れるのですね。お可愛い」
己よりも遥か高い位置から見下された王子は、カルネラに対してよからぬ事を考えた。
姑息で、小心者らしい貶め方を模索した。
自然と口角が吊り上がる。
「よく良く考えれば、こちらにも非があったかもしれないな…詫びよう」
王子は、カルネラの前にずいっと偉そうに立った。
待ちきれない日々を思い描いて、瞳孔を開く。
狂気と餓鬼がかき混ぜられたような、意地汚い笑みだ。
「そのお言葉が聞けて良かったです」
カルネラがそう言うと、王子の手が前方に振り抜かれた。
狙いは首。
今ここで、絞め殺さんと差し出された手だ。
しかし、その手はある衝撃をもって止まった。
王宮の窓が全壊する程の強大な魔力重撃波により、パラパラと零れ落ちる砂を乗せて静止した。
「カルネラに触るな、嗅ぐな、近寄るな。次は干からびるまで絞りきる」
レイドが発する、神々しくも禍々しい異端な魔力。
流星騎士は武装を傾けつつも、前に出れない。
利き手に力が入らない。
さながら大地に根を張る御神木が、風に吹かれ飛び散る並木を吸収していくかのよう。
「なるほど…これが六晶剣と八代目、ですか」
ベルメットが喉を治癒し、薄汚いローブを巻いた。
正体はわかれど、警戒は強まるばかり。
「ええ。この両名が、我が国が誇る最高戦力。[六晶剣]ラングステン・ブレーメ。[八代目赤誠の大勇者]レイド・アーバン・ストリーマ。非力なわたくしは兎も角、この二人の面前で、安易に、セレスティアを討ち取れるとは思わないでくださいまし」
釘は刺した。
カルネラに続き、護衛二人も応接室を退室。
流星騎士、魔術師、流星王子。誰も彼もが、抵抗を断念した。
---
出口へ続く長い廊下。
カルネラは、どっと深いため息をついた。
覚束無い足取りをレイドに支えられて正す。
ふと、レイドがパチリと両眼を見開く。
息が上がっている。
カルネラと密着し、ぽっと赤くなっている。
「はわわっ…」
レイドは呼吸を抑えて、緊張を悟られないように努めた。
しかし、ラングステンに看破された。
「変わる。退け」
結局、ラングステンがカルネラの腰を支えた。
「わたくしとした事が、つい熱くなってしまいました…」
先の問答に、反省点は多い。
王子が指摘した一方的な決め付けは、確かにその通りであった。
でも、裏付けなんて出来なかった。
法輪が尻尾を出さないからだ。
彼らは、一から十まで全てに関与していたとしても、決して足取りを掴ませない。
卑劣なまでに、隠密に長けている。
「あ…」
長い廊下を約半分程進んだ辺りで、カルネラが足を止めた。
レイドとラングステンは、これを有事と判断して身構えた。
二人の判断は正しい。
だが、意図を汲むべきだった。
カルネラは静かに瞼を落として、暗い瞳で“彼”を見た。
「…よう」
話しにくそうに、シャルルカントが口を開いた。
手に汗握りながら、息を切らしていた。
彼は走っていたのだ。
王都でカルネラの存在を知り、彼女に会うために、独りでに王宮内を駆け回っていたのだ。
「お久しぶりですね。元気でしたか?」
「まあ…ぼちぼち」
「そうですか。それは良かった」
カルネラの口調は、いつにも増して冷淡だった。
それは常日頃より共にいるレイドとラングステンも感じた。
すれ違いざま、彼女は「はっ」とため息混じりに冷笑する。
「だったら、あの子を返して下さいな…」
そう呟くカルネラに、シャルルカントは視線を落とした。
今の自分、俺を見て。彼女がどういう反応を見せるか、わかっていた筈なのに。
彼は奥歯を噛み締めて、現実逃避するしか出来なかった。




