第九十六話 魔女の家?
レグリクス公国より西方約10キロの地点に存在する大高原、マルネッタ領。
この地域は他領地と較べて殆ど開拓が進んでおらず手付かずで、無法地帯さながらに魔物が湧く立ち入り禁止区域に指定されている。
早速、峠の向こうで声がした。
数多の衝撃音も耳に入る。
恐らく、複数の冒険者パーチィーが徒党を組んで、魔物相手に大砲をぶちかましたのだろう。
火を見るより明らかな交戦状態と言える。
「ありゃあ、レヴェストリカぶちギレ案件だぞ。困るぜまったく…」
「フッ…第一本部長様も形無しだな」
「ま、所詮は肩書きだからな」
思えば、こうして誰かと並んで歩いて、あれやこれやと話す機会も減った気がする。
今隣にいるのはルーセントだが、ちょっとだけカグヤが恋しい。
あいつといると、まともそうでまともじゃない探検が出来るんだ。
例を挙げるとすれば、レイテルカルテからレグリクスに到着するまでの期間。
この時は、別の意味で死を予感した。
見たことも無い六本足の魔物に追いかけられたり、屈強な魔獣が家族連れで寝床に侵入してきたり、見知らぬ魔族の子供が俺の布団に入っていたり、一目惚れしましたと変な求愛行動を取りながら迫り来る混血龍族の男に出会ったりと、とにかく退屈しない。
多少のハプニングが、いい娯楽だったのに。
「着いたぜ」
密林の行き止まりで、ルーセントが足を止めた。
案内されたのは、断崖の真下に建つぽつんとした一軒家。
枯れかけの蔦がぬかるんだ地面から煙突まで伸びる、古風な煉瓦造りの家だ。
玄関口には木製扉を採用しており、比較的新しい素材で出来ている。
開け閉めもスムーズだ。
しかし思ったより蔦が頑丈で、側面にある小窓は開きそうにない。
家屋周辺は、日を遮るほど緑が生い茂っている。
照らされるのは、ここだけ。
まさしく魔女の家。
そして、そこを知るルーセントは臆することなく、扉を二回ノックした。
「休暇中のところ悪ぃな! ルーセントだ!」
そう言い、十秒、二十秒経過。
返事は無いようだが、扉は空いている。
うん、だってさっき開けたから。
俺が。
「はぁ…相棒が解錠魔術なんか使うからだぞ!」
唐突に怒られた。
こいつも胃痛に悩まされてそうだな。
「いちいち許可など取らなくていい。勝手に邪魔する」
「ちょっ…! 待つんだぜ!」
ルーセントを押し退け、強引に住居侵入を果たした。
---
片っ端から魔女の家を物色。
『寝室』と書かれた扉を発見。
すぐさま解錠。
扉を開けた。
入室してすぐ、ふわっと香る優しい香水の匂いがした。
恐らくは…ここは寝室か?
見渡す限り、愛くるしいぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
ベッドにはハートの模様がびっしりと。
タンスの上には、高価な化粧品が乱雑に散らばっていた。
化け物屋敷かここは。
「んにゃ…むにゅにゅ…」
掛け布団から零れる、あざとい声。
毛布に包まる女の存在。
俺は毛布を引っペがして、主人の安否を確認した。
「もう食べられにゃいよぉ……お?」
翡翠の瞳と目が合った。
「おい貴様。何者だ」
圧巻の貫禄で口を隠した女主人。
魔族らしい凶悪な目付きに、涙ぼくろが特徴的な残念美人だ。
セットする前だと、朱色の髪が伸びっぱなしで更に残念に見える。
革命軍総帥レヴェストリカ・マルネッタ。
彼女こそ、現革命軍の全指揮権を有する英傑である。
「アビル・スターマイン。名前くらいは知っているだろう」
「知らんな。出て行け」
「まあそう釣れない事を言うな、革命軍の長よ」
丁度いい位置に腹があるもんで、軽く馴らして枕にしてみた。
ベッド脇に立て掛けられたロングブレードで滅多刺しにされる覚悟でやってみた。
案の定、首筋に冷たい刃が当たる。
「思い出した。それ、賞金首の名だな」
両腕の自由がきかない。
それに彼女の体勢も変わっている。
器用なことをするな。
両足で挟んで、左手で首を掴んでいるのか。
キレのある動きに加え、剣を持つ瞬間を悟らせない並々ならぬ技量。
大したものだ。
「ご名答。俺が天撃の魔術王だ」
「へー…じゃあアルストロメリア旅行決定だな」
恐ろしいことに、この女には手加減ってものがない。
ドクドクと血が出てきた。
首の静脈を斬られた。
極めつけは、粘性のあるヨダレと狂気の笑み。
「泣いてもいいぞ。その方が興奮する」
清々しいくらいに感情が透け透け。
「その辺にしとくんだぜ、レヴェストリカ」
ルーセントが制止を促すと、レヴェストリカの顔色が豹変する。
なんかこう…魔族って感じ。
「あぁん…!? お前、何時から私に指図できるようになった!」
「んな無茶苦茶な。かるーく注意しただけだろ」
「戯け! それを指図と言うんだ!」
面倒くさ。
と思うのは俺だけだろうか。
「なあ、もう少し背筋を伸ばしてくれるか? 膝枕に移行したい」
「殺すぞ貴様…」
「死なんから、お好きにどうぞ」
流星王国の内部調査報告書を言い値で買おうと思ったのに、この調子じゃ無理そうだ。
あー、徒労に終わった。
「……お前。なんか気持ち悪いな」
「と言うと?」
「なんかこう…血がぐっちゃぐちゃだ」
「不老不死の仙薬を飲んだからだろう」
「それもあると思うが…まあいい」
彼女は、瞳術を超える千里魔術で俺の身体を透析した。
過程で血中濃度を弄られ、脳から情報を抜き取られた。
「カグヤ…か。ふふふふふふふふっ…」
メキメキと骨が軋む。
筋力はもとより、それを支える頭脳が比類ない。
やはり侮れんな、魔王レヴェストリカ・マルネッタ。




