第八十九話 気持ち次第
直接の面識は無い。
だが、奴の功績は俺も耳にしている。
今から300年前、テティスの故郷シルヴァンエルフの森を襲撃し、大量虐殺を行なった五大英雄神の一人[巨神]を抹殺した男として、天上から追われている世界最強の剣士。
沈めた神は数知れず。
彼は、追っ手を真っ向から斬り伏せ、帝国軍にすら牙を向いた。
幹部の神族三名、全員海の底。
神殺しの逸話は、この男から始まった。
また、彼の恐ろしい点はもう一つある。
飛び抜けた愛妻家であること。
彼は、婚約者を抱えている。
龍の都にひっそりと、一人だけを愛している。
何処から漏れた情報だろう。
いつ聞いたかも忘れた。
正直自分のことしか頭にないので、不要な情報だった。
カグヤの未来を案ずる者として、狭い視野でしか物事を捉えていなかった。
愚かな。
もっと良く調べておけばよかった。
それに、彼は何故、妖魔の娘を連れているのか。
その妖魔は、どんな人物なのか。
もしかしたらカグヤの母親かもしれない。
「十中八九、私のママかも」
「その線で話を進めてみよう」
「乗ってくれるかな?」
「乗らないなら乗らせる。もう逃がさない」
あと少しで目的が果たせるんだ。
これを逃せば、次は無い。
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刻紫剣。
奴との対話は叶わない。
同族の俺に対して、強い警戒心を露わにしてるからだ。
フォルワード曰く、決闘なら喜んで乗るらしい。
でも、それ以外は受け付けない。
頑固な奴。
「ほら! 持って来てやったぜ!」
ルーセントが扉を破壊して参上。
事前に頼んでいた品が届いた。
革命軍在籍時、俺が使用していた魔導拳銃、二丁。
全面に白銀の翼があしらわれた二丁拳銃だ。
名を天后白夜という。
革命軍脱退時に取り上げられて以降、一度も手にしていない。
なのに馴染む。
今すぐにでも試したい。
「前に話してたのってコレ?」
「そう。一時はこれを獲物にしてたんだ」
「とんでもない魔力を感じる…」
「それは俺の魔力が、こいつに吸い取られてるからだ。何せ、俺は魔力がほぼ無尽蔵だから、持ってかれる量も必然的に膨大になる」
「なるほどね。どうりで自信満々なわけだ」
どうやら顔に出てたみたい。
「相棒の力を信用してないわけじゃねーけど、あいつは強いぜ」
ルーセントの顔色が変わった。
えらく真面目に話す。
「知れたこと。常なら格下と一笑に付すところだが、今回ばかりはそうもいかん。第二魔装を解放する」
「だ…! 本気か…!?」
「本気だ。根回しは頼んだぞ」
「おう! 任せろ!」
聞き分けが良くて大変助かる。
ルーセントが退室したのを見計らい、俺とカグヤは大公宮殿へ移動した。
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大公宮殿には、既にフォルワードとマリオルがいた。
仲睦まじく、マリオルが「あーん」して、フォルワードがパクリ。
近衛兵が目を光らせる謁見の間を、二人だけの空間に作り替えていた。
用意されたケーキは平らげられている。
不快な気持ちは伏せて、黙って立ち尽くておこう。
「フォルワード様の目は、どうしてこんなに輝いておられるのです…?」
私見だが、マリオルがフォルワードにゾッコンな印象を受ける。
息遣いや仕草に変化は無いが、視線が釘付けされている。
「それはね、血筋だよ」
ボケも何も無しに、ド正論をぶちかます大公。
滑稽なくらい鈍感だ。
「そろそろいいか?」
「ええ。こちらへどうぞ」
席に着き、打ち合わせが始まった。
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まず初めに、刻紫剣との決闘について。
「先程、正式に承諾を得ました」
「俺の名は出したか?」
「出しました。あの方も昂っておられる様子で」
次に日程。
できれば準備期間を設けて欲しいが。
「予定では明日、アイーダコロシアムにて決闘をして頂きます」
予想以上に早い。
だが、あっちの都合に合わせなければ、顔を拝むことさえ叶わない。
いつ気が変わるかわからないし、文句は言えないか。
「第一魔装に、またあれを掛け合わせちゃダメなの?」
「あの程度の速度では、恐らく瞬で勝敗が決する」
「じゃあそれでいいじゃん」
「馬鹿言え。俺が首を撥ね落とされるんだよ」
「…マジ?」
「マジだ」
そう言うと、マリオルがひょこっと顔を出してきた。
「第一魔装ってなんですか!?」
興味津々なご様子。
一から説明すると長くなるので、手短に。
「先人の術理を肉体に投影する魔術だ。言わば物真似だな」
「えぇ…!? そんなこと可能なんですか!?」
「可能だとも。その者の歴史を知っていれば、な」
マリオルの瞳は、光を増す。
この話はこの辺で、次に移る。
「刻紫剣は、会場に妖魔を連れてくるだろうか」
「さあ…どうでしょう。その手の話は伺っておりませんゆえ」
「そうか。野暮なことを聞いたな」
「お力になれず申し訳ありません」
フォルワードは気落ちするように、項垂れた。
「あの方は、アビル様に強い関心を抱いておられます。古今東西、唯一格上とされる魔術王。あの方にとって、これ程のブランドは無い」
境界大聖同士が己の地位をかけて斬り結ぶ。
それ即ち天災。
奴は、それをわかっているのだろうか。
「負けないで」
カグヤが厳かに呟く。
「もしアビルが負けたら、私は一生ママに会えない」
言い聞かせるように、強い口調でそう言われた。
そうだったな…。
これは、カグヤと俺の戦いだ。
絶対に負けられない。
負けちゃいけない。
「境界大聖第一位『天撃の魔術王』が負けるとでも?」
これが強がりだと、カグヤは見抜いたはずだ。
でも、嘘はついてない。
俺は無敵だから。




