第八十八話 大公宮殿
大公宮殿。
レグリクス公国きっての神秘を堪能出来る、公国貴族憧れの聖域。
招かれるか、或いは処罰が下されるか。
どちらかの理由が無ければ、おいそれと立ち入ることは出来ない。
見よ、この花瓶。
一ついくらすると思う。
目利きは不得手だが、それでも白金貨を積まなければ入手できない高価な代物であるとは容易に想像できる。
内装もお洒落だ。
天井高くまで彫刻が彫られている。
太陽を包み込んで抱く天使の像。
ベールの裏に女神を写す天使の像だ。
そして、そこの真下にいる人間は、負けず劣らずのおおらかな顔。
甘い顔立ちでありながら、油断も隙も与えないような、威厳のある立ち姿だ。
光射す窓辺に照らされる栗色の髪は、彼のシンボル。
世辞抜きで煌々と輝いていた。
そんな彼の側近は、未だ垢抜けない少女。
ココナッツブラウンのショート髪に、少年ぽさが否めない貧相な身体が付いている。
彼女はきょろきょろと落ち着かない様子で俺と彼を交互に見た。
そしてずれた眼鏡を慌ててかけ直し、杖を落とした。
侍女にしてはローブの丈が長い。
清潔に保っているようだが、使い込まれている。
同業者か?
だとしたら変な奴。
彼女から感じる魔力は、人間とも魔族とも違う。
かといって神族でも無い。
ローブで俺の瞳力を弾いてる可能性もあるが、ちょっと変わってる。
なんでこんな奴がここに居るんだ。
大公の趣味だろうか。
「お待ちしておりました、アビル様」
優しさ溢れる声の中に、詮索を退けるものを感じた。
喝を入れられた気がした。
彼が大公だったか。
これは失敬。
「お初にお目にかかる、フォルワード・レグリクス大公殿」
「おや。私の名をご存知でしたか?」
「さっき聞いた。現大公の顔を拝むついでに、あらかた情報を抜き取っておいた。相手は、あの賢王すら認めた政略の申し子。俺とて丸腰では分が悪い」
俺の知る大公は、もっと横暴だった。
フォルワードとは真逆の、軍略の覇者。
レグリクスを拡大した男と言えば聞こえはいいが、やってることは外道そのもの。
革命軍の存在を認可した時点で、半ば終わってる。
失伝したと思わた善政が、今になって再構築されるとはな。
「流石は神殺しを果たしたお方だ。大魔導師の存在より以前に、警戒を怠らない」
「やはり同業者だったか」
「ええ。彼女は、かつて銀狼の大魔導師として名を馳せたとある男の大ファンでして、此度の謁見を話すやいなや、飛び付くように私に懇願してきたんですよ。ボクも会いたいって」
フォルワードは苦笑しつつも、意地悪なことを言う。
認めるよ。
それ、俺だよ。
俺がリンファに拾われた、300年前の話だよ。
「話の腰を折るようですまんが、あれのどこがいいんだ。傍から泥舟出航みたいなものだろう」
「あの泥臭さがいいんだそうです」
「わからんな、その感性…」
心做しか、少女の顔がぽっと赤くなった気がした。
ふんすと鼻息を吹かして、まじまじと観察される。
「さて、談笑はこれくらいにして、改めましてご挨拶を」
フォルワードのプレッシャー。
扉の奥で物音がした。
廊下に控える近衛兵達が、汗水垂らして整列したんだ。
発汗量からして緊張しているな。
側近の少女も、カグヤも、俺ですらも緊張した。
「私はレグリクス公国大公、フォルワード・レグリクス。この国の全政権を任されております」
若くして大公に就任しただけはある。
言葉の重みが違う。
大の大人が、赤子に怒鳴りつけるぐらいの厚みがある。
カグヤが全身の筋肉をカッチカチに固めた。
「ちびりそうになったよ…」
大体がそうだろう。
側近の大魔導師とやらも、泡を吹いて倒れてしまったし。
「やれやれ……」
大公が少女を起こした。
ハッと目を覚ました少女は、杖を床に置いたま立ち上がる。
「申し訳ありません!」
危なっかしい娘だな。
「私への謝罪はいいから、ご挨拶しなさい」
「は…はい!」
少女がぎこちない足取りで、俺とカグヤの前まで歩く。
カグヤ以上にガッチガチだ。
小さな砂時計なら、既に底に溜まってるだろう。
「マリオル・ケルスターミナと申します! 以後お見……うわぁああ!」
少女は頭から転けた。
咄嗟に俺は、身をずらして躱した。
「アビル酷」
「名前みたいに言うのやめろ」
とりあえず少女を起こして。
「俺はアビル。アビル・スターマインだ」
「ふわぁあああ…!」
マリオルは感情を口に出すタイプらしい。
触れるとビクビク、身体が反応する。
肩を触っただけなのに、恥じらう素振りを見せられた。
「貴方のお名前を、まだお伺いしておりませんでしたね」
フォルワードがカグヤの手を取る。
その場に傅き、手の甲に口付けをして笑みを見せる。
マリオルの表情は暗かった。
「えっと…カグヤです。御挨拶が遅れて申し訳ありません」
こういう時のカグヤの突破力は凄まじい。
臨機応変に淑女の振る舞いを使い分ける。
礼には礼を返す。
至極当たり前のことを、忘れずにやってくれる。
「カグヤ様ですね。その髪と瞳、私は生涯忘れることが無いでしょう」
「そんなに…!?」
いつものカグヤに戻ってしまったが、概ね良好。
この男に敵意が無いと確認できた。
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午後になり、客間に案内された。
折り入って頼みがあると、フォルワードに言われたからだ。
この時間からはルーセントも同席する。
なんでも、ルーセントが泣き寝入りしたそうな。
「先日開催されたアイーダコロシアムでの一戦。優勝賞品は開闢の剣。準決勝、ルーセントは謎の剣士に敗れ、結果、その剣士が優勝しました」
ルーセントを破る剣士がいることに驚いたが、それよりも優勝賞品が気になった。
開闢の剣って…本気か。
あれは、剣神の得物だぞ。
五大英雄神の一人、剣神の形見だぞ。
そんなものが、どうしてレグリクスなんかに。
「お前が負けるとはな」
「いやほんとな。手も足も出なかったぜ…」
俺の知る限り、ルーセントを倒せる生物など数える程しかいない。
多くとも両手で収まってしまう。
「優勝賞品の選定はセルミラド公女が行いました。よって我々は関与しておりません」
フォルワードが肩を落とす。
事の重大さに、今の今まで気が付かなかったようだ。
「表に出てはマズイ代物だろ」
「ええ。だからこそ、厳重に保管しとくべき国宝だったのですが…あの方はまあ……」
「言い訳とか?」
「みたいなものです」
大公なら一発ぐらいぶん殴ってもいいと思うが。
所詮は貴族の娘だろう?
あ、でも…そんなことをすれば反感を買うか。
そこまで考えてなかった。
「景品の交換は出来ないんですか?」
平和的なカグヤの提案に、フォルワードは首を横に振った。
「一度お話させて頂きましたが拒否されました。返して欲しければ、僕より強い者を寄越せ。生物、非生物は問わない、と。一方的に話を打ち切られまして…」
フォルワードは苦悩を滲ませる。
革命軍きっての猛者ですら、手も足も出ない程の強敵を打ち破る人間の選考に。
というか、いないだろう。
だから困ってるんだ。
「お力を貸しましょうか?」
カグヤがニヤリと不敵に笑う。
「ボクも力を貸しますよ。もうこの際、袋叩きにしてやりましょう!」
多分、二人の意見は食い違っている。
でも概ね似通っている。
「気持ちだけ受け取っておきます」
ウォルワードが落ち着き払ったように諭す。
たしかに、この提案を飲んでも、根本的な解決にならないもんな。
「よし! もっかい俺が挑んでやるぜ!」
燃えに燃えるルーセントが部屋を飛び出しそうだったので、俺は扉の鍵を閉めた。
「貴様では、何度挑もうと結果は変わらん」
「じゃ、どうすんだぜ!」
そこなんだよな。
いっそカグヤに頑張ってもらうか。
「アビルいけば良くね?」
「絶対に無理。得物がない今、まず間違いなくボロ雑巾にされる」
「だーかーらー。私の刀貸すってば?」
「手が溶ける」
「じゃあ私行く」
「よし、言質取ったぞ。頑張れよ」
「ふざけんな! 私、絶対に嫌だから!」
「は? お前さっき、力貸すとかほざいてただろ」
「それはアビルを貸すって意味だよ!」
「んな、無茶苦茶な…」
激しく揺さぶられる中、目につく悲しい視線。
マリオルの視線。
妙な背徳感に襲われた。
「正直手詰まりなんですよ。あの方を超える生物なんて、この世界に居るかどうか」
フォルワードと目線が合う。
まあ、そうなるよな。
「ボクも見てみたいです。アビル様が戦うところ」
マリオルからは羨望の眼差しを向けられた。
星型のキラキラがざくりと胸に刺さる感じで痛い。
「また二人で戦うってのもありだぜ!」
ルーセントの情熱は、いつも直進。
悪くない案だ。
「革命軍の連星…ですか」
「外野が勝手にそう呼んでただけだ。俺は許可してない」
「でも否定もしないと」
「……まあ、ブランクはあるな」
俺の勘が正しければ、恐らくその剣士には勝てない。
天地がひっくり返ってもだ。
それなりに時間をかけ、第二魔装を全開放すれば、或いはいけるかもしれない。
でも多分無駄に終わる。
何故なら。
「その剣士は煌剣使いだろう?」
「はい。ですが、それが何か…」
煌剣は、言わば岩塩と同じ。
剣そのものが魔力で出来ているのだ。
乱級魔導剣士以下では持つことさえ叶わない、ほぼ神剣の部類。
或いはそれ以上の力を持つ。
煌剣は魔力を断ち、神力を喰らう龍の剣なのだ。
つまり、その剣士は神を忌み嫌う、古代龍族である可能性が濃厚。
となれば、今まで戦ってきた敵とは格が違う。
雷帝や剣帝すら、同じ土俵にはあげられない。
「そいつは、俺を誘き出しているのかな?」
同じ境界大聖同士。
かつ、順位の変動に無頓智。
負ければ第三位と入れ替わるかもしれんのに。
「名は出しませんでしたが、間も無く来るとは言っておりました。美人の妖魔に角を折られてましたけど…」
過大評価だったか。
何をやってるんだ、刻紫剣。




