表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/285

第八十七話 夢と現

 カグヤが眠りにつく頃、アビルは夢の中にいた。

 そこは動植物生い茂る平原でも無ければ、血にまみれた混濁の世でも無かった。

 完全なる無の世界。

 かと思えば、ジグゾーパズルのように硝子ピースが嵌め込まれてく。

 ここは、二百年前のレグリクス公国。

 アビルは自分の姿を確認した。


『この紋章は…』


 派手な軍服にあしらわれた小粋な模様。

 八角の図形を支える宝玉の渦。

 その紋章はアビルの魔力を吸っていた。

 光は呼吸するように、無尽蔵に湧き出ては消える。


『また…暴走しかけたの…?』


 きゅっと力無く掴む手が、年端もいかぬ少女のものであるとすぐに分かった。

 でも誰かは分からない。

 顔がぼんやりとしてて、歯痒い。

 でも、少しづつ視力が戻っていく。

 少女は、褐色肌で健康的な体付きをしている。

 吸い付くようなスベスベ肌だ。

 髪は銀か白。

 ちょっと跳ねてるけど、キュート。

 瞳は真紅のカーマインで、口は小さい。

 全体的に小柄な少女だ。


『お前は誰だ?』


 アビルが少女に語りかける。

 追憶に眠る彼女を知ろうとする。


『覚えて…ないの…?』


 少女は悲しむように眉を落とした。

 

『すまない…』


 罪悪感が拭えない。

 でも仕方が無い。

 覚えてないんだから。


『私の名前は…アビルがくれた』


『…俺が?』


『うん。でもそっか…覚えて…ないんだ…』


 少女は平常を装い、ぽつぽつと話した。

 アビルと手を繋いで、真っ直ぐ歩いている。

 暫くの間沈黙が続いた。


 アビルは不安だった。

 彼女と何を話せばいいか。

 話したとして、会話が繋がるかどうか。

 これは知っているか、あれは知っているか。


 ――知ってるだろうな、俺を知っているのだから。


 多分。

 本音を言えば自信が無い。

 いっそ教えて欲しい。

 彼女にとって、自分が何なのか。


 でも。

 その願いは届かない。

 この世界は間も無く、儚く終わりを迎える。


『ありがとう…』


 最後に聞こえた少女の言葉。

 侘しさに揺らぐ、か細い声。

 いつまでも耳に残る、優しい声。


『……』


 アビルは悔しさを滲ませ、下唇を噛んだ。

 いっぱいいっぱいの感情を、血が滲むまで堪えた。

 少女の姿が朧気になるまで、それは続いた。


『またね…』


 結局アビルは、何も掴めず伝えられなかった。

 別れの挨拶も、言えなかった。



---アビル視点---



 朝起きたら瞼が赤く腫れていた。

 胸が痛かった。

 カグヤが俺を枕に眠っていたからだ。


 おかげさまで夢の痕跡が脳裏に刻まれ、寝覚めは最悪。

 もう一眠りしたい。


「アビル。もう起きる時間だよ」


「お前のせいで寝れなかったのだが…?」


 寝起き早々、カグヤが抱擁を強請る。

 ぎゅっとすると、満たされるらしい。

 よくわからない習慣だ。


 とまあ、それはいいとして。

 まずは服を着て欲しい。

 裸族とはいえ、年頃の女性が裸で寝床に潜るのは看過できない。

 あと、俺の左手からパラパラと散る粉。

 無断使用を禁じるべきか。


「ところでさ、あのルーセントって人、本当にアビルの友達? どう見てもヒモだったよ」


 カグヤがタオルを持って脱衣所から顔を出す。

 はよ行け。


「あれはあれで役に立ってたんだ。奴は名のある戦闘民族の直系で、生来痛覚が鈍いことから傭兵に重宝されていた。こと掃討作戦においては抜きん出た戦果を残していたな。ああ見えて、給金は俺を上回ってたんだぞ」

 

「ふーん。随分あの人買うじゃん」


「頭は弱いが直感力が凄まじい。野生の勘と言うべきか」


「たまに居るよね、そういう人」


「ああ。殊更厄介な変則的感情を持つ人間に多い」


「案外、激情家だったりして」


「さあな……俺は今の奴を知らん」


 ルーセントは、あまり過去の話をしたがらない。

 いつだって猪突猛進で、後退を知らない。

 だから危ない。

 当時も、いつ死ぬかと冷や冷やした。


「あがったよー」


 カグヤが、ほっかほかの湯気を撒きながらベッドに座った。

 いくらなんでも早過ぎる。

 話し中に洗い終えたのか。


「そこのパンツ取って」


「おう」


 恥じらいの欠けらも無いな。

 目の前で履くなよ、まったく。


「アビルの所在がバレないといいけど」


「本当な。でもあいつ口軽いんだよな」


「口止め料は渡したんでしょ?」


「ああ。たしかレグリクス銀貨50枚…ぐらい?」


「不安な額だね」


「あいつなら半日で使い切るかもしれんな」


 大層喜んでたし、あの金遣いじゃあ一日持たん。


「さてと。行きましょっか」

 

 カグヤの準備が終わり、俺も手を洗って着替えた。

 そしたらカグヤに睨まれた。

 その感性、ちょっとよくわからない。


 カグヤが一番乗りで外に出て、俺も続いた。

 目の前の絶景に唖然とした。

 仰々しい重装歩兵が10、20人。

 地に頭を擦り付ける赤髪の男と、身なりのいい知的な男が入口付近に立っていた。


「すまねぇアビル! バレた!」


「だろうな」


 敵意は感じない。

 でも、連行する気満々だ。


「アビル様。誠に勝手では御座いますが、我が主が内々にお話したいとのこと。ご同行願えますね?」


 男が身につける装飾品には、レグリクスの国章が彫られていた。

 間違いなく大公からの遣いだ。

 となると、残りは直属兵。

 革命軍から派遣された者たちではない。


 その事実に思わず安堵。

 喜んで連行された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ