第七十八話 吉凶
半年が経った。
またしても自室は、無数の死体で汚された。
人ならざるメルフィアの所業は週に一回、多い時は二回。
どこで仕入れたのか、必ず若いエルフが遺体として転がる。
夜分から朝方にかけての清掃作業は、中枢精神に異常をきたした。
地獄のような日々が綿々と続く。
「顔色がすぐれませんね」
「まあな。てか、鋭いな…」
対練中にも関わらず、よそ見をしてしまった。
危うく一本。
辛うじて死守したが、左肩に痺れが残る。
「神滅因子を使えば、今よりもずっと強くなれますかね?」
「間違いなくなれるだろう。がしかし、お前は楽して強くなりたいのか?」
「いいえ。オレは、苦労の果てに至る最強を目指します」
「それでいい。お前はまだ若い、焦ることは無いぞ」
俺なんかと違い、コウには才能がある。
幾百年を経ずして、数十年で至る素質を秘めている。
開花すれば早いだろう。
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神滅因子の受け入れ先は、とある宗教団体だという。
なんでも、慈しみの女神を崇拝する宗教団体だそうだ。
女皇の側近が神滅因子の管理者となり、引渡しの際ゼルマが戒禁を解く。
世界の均衡を保つために必要な手順らしい。
だが、真の平和に破壊兵器が必要とは思えない。
武力で根源を押さえつける?いやいや、そんなことをすれば逆効果だろう。
ゼルマの話では、神滅因子は使い方次第で善にも悪にも傾くと言うが――そんな単純な話だろうか?
「既に風化した歴史を掘り起こすとは、なんとも度し難い」
わざわざ火種を撒く理由がわからない。
表に出してはならぬ代物だろうに。
「何に使用するかは、我々の窺い知る所ではございません」
用途に関して、ゼルマは無頓着らしい。
こいつの腹の底が、出会った当初から読めない。
何となく好かないな。
「貴様は何故、メルフィアに従う」
予感がある。
こいつは、理性を保っている。
あれだけの惨状を目にして、眉の一つも動かさないのは異常だ。
「我が野望の為、でしょうか」
包み隠さず明かすとは思わなんだ。
「その野望に、俺を害すものはあるか?」
「あれば阻止すれば宜しい。貴方には、それが出来るでしょう」
「なら、今この場で阻止させてもらおうか」
俺は、ゼルマに直線的な魔術弾をお見舞いした。
なんということはない、ほんの小手調べだ。
とはいえ、凡人が喰らえば骨すら残らん程度には火力を強めてある。
「これが…アビル様の全力ですかな?」
ゼルマが片手で魔術を相殺。
ネクタイ一本、焼くこと叶わず。
やはり、ゼルマの纏う魔力は俺たち魔術師とは違うようだ。
「全力が望みなら、こちらとしても考えがある」
「興味はありますが……今はやめておきましょう」
雷鳴と共に、ゼルマの姿が霞んで消えた。
逃げたか。
臆病な奴。
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テトラと一緒に街へ出た。
護衛名目で、俺が同伴する事になったのだ。
決定者はメルフィア。
楽しんでいらっしゃいと、毎度おなじみの薄気味悪い顔で手を振っていた。
ムカつく顔だった。
ぶん殴ってやりたい程に。
ま、あんな女を何時までも脳の片隅に置いていては、折角の羽も捥げるというもの。
今は忘れよう。
そして、ここを経つ頃にはすっかり忘れていよう。
そう固く誓った。
「えっとー……あっ! あそこです!」
テトラが雑貨屋に一直線。
目的の品はなんだ。
「これです、これこれ!」
テトラが購入した物は金属製の輪っか。
これはたしか、ミンチ肉を形成する為の物だ。
ハンバーグでも作るのだろうか。
「これが欲しかったのか?」
「はい! というのも、ゼルマさんに頼まれまして」
「……」
「でもでも、わたし用も一つ購入しました。料理人とか、憧れちゃいますよね」
何となく、テトラの趣向が見えてきたな。
「今度俺が教えてやろう。本職には及ばんが、多少は出来る」
「ほんとですか…!?」
「ああ。これでも一応、カグヤにお墨付きを貰った」
「カグヤちゃんて、美意識高いですよね」
「それは俺のせいだな…」
贅沢な暮らしをさせて、甘やかしてました。
すみません。
「お前の夢は料理人か?」
「うーん…そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
テトラはそう言い、俺の顔を覗き込んできた。
年相応な感じがする、悪戯な笑みだ。
眠気覚ましは飲んだらしい。
「飲み過ぎは身体に毒だ。程々にな」
「はい!」
テトラにグイィと強く手を引かれた。
この強引な感じ、俺は嫌いじゃない。
コウもだろうけど…。
男はみんなそうだろう。
「ミーロンとは仲良くやっているのか?」
「あー……ミーロンとは少し距離を置いてます。あの子、本気でわたしのこと好きみたいで」
「姉弟間での恋愛はあまり好ましいものでは無い。世間体もそうだが、産まれてくる子供に影響が出る。最も、可能性が高くなる程度の話だがな。一般常識として覚えておくといい」
近親婚は、ままある話。
名家だと通例になっている。
血の繋がりを濃くし、魔力を濃くする。
裏付けの無い迷信だ。
「子供かぁ…欲しいですね」
「ほう。因みに、何人ぐらい?」
「十人ぐらい」
「多過ぎるだろ」
「そのぐらい養える人を見つけたいです。たとえば…」
テトラの足が止まった、
視線を合わせたらダメな気がした。
熱を感じる。
近い。
「それを真実の愛と呼べるかどうかは別問題だ。一時の感情かもしれん」
「でもその感情は強いですよ。間違える人は、皆どこか強いです」
「常識外れにな。友人知人の助言を無視する、愚か者共よ」
「そしてみんな離れていく。愛に裏切られ、手元には何も残らない」
「奇しくも欺瞞で塗り固められた過去が次なる出会いを呼び、また繰り返す。未来永劫…」
「最後、詩になりましたね」
「ひっどい出来だけどな」
テトラの手が熱くなった。
羞恥の自覚があるんだ。
大丈夫、俺もだから。
言わせてくれ。
何言ってんだ、こいつと俺は。




