第七十九話 最後の一ヶ月
残すところ、あと一ヶ月。
あと一ヶ月で俺の役目は終わる。
我ながらよくこの地獄に耐えたと思う。
コウの適応力を妬んだ十一ヶ月だったな。
荷物をまとめて軽くして、旅立ちの準備を済ませておく。
一刻も早く、この屋敷から発ちたい。
あの女から離れたい。
そう思いながらも、少しだけ名残惜しさがある。
テトラ。
彼女が俺の心の中に住んでいる。
寝食を共にして、一緒にお風呂にも入った。
カグヤの監視付きとはいえ、一緒に。
彼女が望むことは全て叶えてあげた。
俺自身も乗り気だったがゆえ、カグヤからの評価はダダ下がり。
しかし、カグヤは暖かい目で見守っていた。
もしかしたら、俺は肝心な何かを見落としているのかもしれない。
彼女しか知りえない情報を、まだ、俺は。
知る時間は有限だが、膨大にあった。
だから傍らにいる時間を増やした。
でもそれは、俺には難し過ぎる時間だった。
テトラもカグヤも、似ているようで違っていた。
いや、勿論。女の子同士、気が通じあっていたのはわかる。
テトラの気持ちを汲んで、カグヤが気遣っていたのもわかる。
いずれ離れ離れになる関係だ。
話せる時に話しておきたい気持ちもあるだろう。
好きな人なら尚更、余計その人を知りたくなる。
親密な関係を求めてしまう。
叶わないと知りつつも、玉のような身体を委ねてくる。
他者に向けられる好意に、俺は逃げ腰なんだ。
怖いんだ。
いつか、手から零れ落ちてしまいそうで。
逃げても逃げても、追っては来る。
生き長らえても、恋人は死ぬ。
俺は死ねず、魂を焼き尽くしながら、また旅を再開する。
次なる出会いを求めて、変わらぬ景色を放浪して生き続ける。
しかし、それは本当に生きているのだろうか…?
恋は娯楽では無い。
未来を見据え、愛を証明するものだ。
テトラは、何らかの形で間違った教育を受けている。
浅はかな悪知恵で、俺を引き留めようとしている。
酷い言い草だが、曲げる気は無い。
なにも否定してるわけじゃないんだ。
その術は、大抵の人間を落とせるもの。
使い方を誤れば、偏屈な愛を招いてしまう。
メルフィアに絆された、コウがそうであるように。
テトラを引き取るべきか否か。
できれば引き取りたい。
しかし、足枷が増えると考えてしまう。
本当に、酷い奴だな、俺は。
カグヤの理解は得られても、俺の誓いが拒絶してしまう。
宿敵、ネメシスを殺せなくなってしまう。
あの女は、天から俺を見ている。
俺の愚行、足掻きを嘲笑い、神兵を差し向けて無茶苦茶にしている。
そのせいで、昔から俺の隣は空いたまま。
孤独に生きろと言わんばかりに、空席を作られるんだ。
悔しい。
力だけが有り余る、この身体が憎い。
いっそ、その時に俺も殺して欲しい。
なんて考えてしまう。
「チッ…」
奥歯を噛み締めたら、歯ぎしりにも似た音が出た。
まったく。
いつから俺は、こんな気弱になったのだ。
リンファに愛を注いでからか?
いや、もっと後だ。
とすると……二百年前か。
確か、アリスが殺されたあたり。
……アリス?
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「アビル。ちょっと話いいかな?」
カグヤが不思議そうな顔で覗き込んできた。
刀の手入れが終わったようだ。
「お、なんだ?」
稽古のお誘いだろうか。
だとしたら、もう遅い。
間もなく深夜だ。
「お使いに出たっきり、テトラが帰って来ないんだ」
「…なに?」
この時間になってもか。
危険な時間帯だぞ。
街にゴロツキがたむろする時間だ。
「昼間を最後に目撃証言が無いの。ミーロンと一緒に街中を捜索したけど居なかった。念の為、友達に夜間の捜索をお願いしてるけど…」
情報過多。
「友っ……とりあえず、感知魔術をレイテルカルテ全域にかけてみよう。話はそれからだ」
俺は屋敷を飛び出し、結界の外へと走った。
そして、啾啾龍鳴残響を使用。
咆哮は雑音混じりで反響して、レイテルカルテを覆う外壁に亀裂を入れた。
突破した先に、テトラがいるはずだと、信じて疑わなった。
しかし、テトラは居なかった。
欠片も気配を掠めなかった。
「どう? テトラは居た?」
「居ない。でも、ありえない。こんな短時間で人一人を都市から連れ出すなど、転移魔術でも使わない限り…」
「アビルは使ったと思う?」
「否。このような城塞都市に、転移魔術を扱える程の魔術師が居るはずもない」
仮に居ても、置かない。
鎖国政策を打ち出しているのが、このレイテルカルテだからな。
招かず出さずが基本だ。
そのあたりは、メルフィアと市長で食い違いがある。
「連絡も無いし、今日は無理かな」
カグヤが伝令石を取り出す。
「友達と言っていたが、誰だ?」
「うおっ」
距離を取られた。
近付き過ぎたらしい。
「んー…秘密」
カグヤが舌をべっと出して濁す。
やめろ、余計に気になるだろ。
まあ、そいつが見つけてくれれば結果オーライなのだが。
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結局、一週間経ってもテトラは見つからなかった。
西へ東へ、北、南。
全域を捜して、この体たらく。
ミーロンの顔に焦りが見える。
彼は、この一週間休まずに捜索活動を行っていた。
メルフィアに笑われながらも、必死にもがいていた。
彼女を機嫌を損ねないよう、苦笑いで応えて。
「姉さん…どこ行っちゃったんだよ」
ミーロンの目は死んでいない。
未だ諦めていない。
だからこそ、ゼルマの態度が気に食わない。
こいつは終始、落ち着いている。
端から捜す気なんてないぞ。
「彼女は些か、そそっかしい面がありますからな。何処ぞ、野蛮な男に誘われたやも知れません」
「あ…? 貴様、いい加減にしろよ」
「……冗談ですよ。まあ、ホメロス族ともなれば多少の値打ちが付きますから、有り得ぬ話では無いでしょう」
ゼルマが酷く冷淡な口調で、メルフィアにも似た嘲笑でミーロンの焦りを侮辱する。
この男には、人の感性が無い。
態度も大きく、出会った当初よりも図々しくなった。
「あんた…姉さんの在処を知ってるだろ」
耐えかねたミーロンがゼルマに掴みかかった。
今すぐ殺してやろうかと言わんばかりに、大鎌の先端を彼に向ける。
「はて? 私が知るのは、あの娘がポンコツであることくらいで…」
「姉さんはポンコツじゃない! お前らが無理難題を押し付けて、袋叩きにして、玩具にして、姉さんを壊したんだ!」
「言いがかりも、度が過ぎれば腹立たしいですね」
ゼルマが隠している情報を突き詰めれば、テトラに行き着くかもしれない。
だが、ゼルマは絶対に口を割らないだろう。
もし割ったら、メルフィアの指が鳴る。
コウの死が、すぐ側に。
「洗いざらい全部話せ。さもなくば、貴様の首を跳ね飛ばす」
だからと言って、引き下がるわけが無いだろう。
俺は、ゼルマ心臓部を蹴り飛ばした。
強固な壁に叩きつけられたゼルマは、一瞬だけ気を失い、直ぐに回復した。
「嫌な再生能力も、あったものですな…」
ゼルマは、砂礫をバッパッと払う。
ため息を混じりに余裕を見せている。
実際、こいつには俺の蹴りが効いてない。
インパクトの瞬間に、僅かに、打点をずらされた。
威力は半減だ。
「アビル様の覚悟に敬意を表し、先刻の問いにお答えしましょう。私はテトラへの懲罰を担当しているのみで、処遇に関しては存じ上げません。雇い主であるメルフィア様からのご指示が先週を最後に途絶えておりますから、恐らく、メルフィア様もご存知無いのでしょう。テトラの行方を」
含みのある言い方に苛立ちを覚えつつ、杖の鞘にヒビを入れた。
この男、メルフィアと何ら変わらん。
虚偽が無いにしろ、聞き手を騙す言い方だ。
揚げ足が取れそうなのに、取れない。
予測不可能な毒を飲めない。
「もういい…あんたには頼らない」
ミーロンが単独で捜索に向かった。
正直、見つけられる気が全くしない。
最上位の探索魔術が意味を成さないんだ。
こんなこと、今まで無かったのに。
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二週間が経ち。
テトラの姿を目撃したという者が現れた。
早速、俺とカグヤはその男に会いに行った。
しかし、奴は金目的で嘘をついた。
俺は奴のアジトを焼き払い、その仲間を皆殺しにした。
手がかり一つ掴めない。
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二週間と一日が経った。
朝起きたら、ミーロンが泣いていた。
カグヤにあやされ泣いていた。
やり場の無い怒りをカグヤに吐露して、泣きじゃくっていた。
カグヤは優しく相槌を打って、何も言わずに涙を流していた。
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二週間と二日が経った。
コウが探索魔術を拡張してくれた。
細かな原理は不明だが、同様の魔術量でアルストロメリア全域まで広がるように調整してくれた。
魔術では無く、刻印を用いての術式だ。
これでようやく、手がかり掴めるかもしれない。
アルストロメリア政府に俺の存在が勘づかれようが、もう知ったことじゃない。
そう思い、俺は再度、術式を展開。
爆発的に広がる咆哮に、都市部は大騒ぎ。
やはり、探索にテトラは引っかからなかった。
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二週間と三日が経った。
所持していたグラスが割れた。
俺も焦り始めている。
なんとか、無事でいてくれ。
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二週間と四日目。
カグヤがボロボロの姿で帰って来た。
頭から血を流し、片足を引き摺るようにして帰って来た。
カグヤは、手が付けられないほど怒っていた。
コスタの街でテトラを見つけたらしいが、直前で何者かに邪魔をされたそうだ。
フードを被った女と少年が邪魔をしたらしい。
あれは街ぐるみだ、誰かの陰謀だ。など。
支離滅裂ながらも筋が通る見解を示していた。
その際、メルフィアが高笑いでカグヤの言葉を笑った。
激情に駆られて、カグヤはメルフィアを殴ろうとした。
しかし、ゼルマがカグヤの拳を掴み、正気を保つように促した。
ゼルマは、この状況下でも冷静。
否、冷静過ぎる。
テトラ捜索の要となりつつある彼は、下手な挑発を自重するようになった。
一致団結と、聞こえのいい言葉でミーロンをも懐柔した。
メイドも、従者も右にならえ。
役者だな。
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気づけば、三週間。
俺が神滅因子を見張っているすぐ横の部屋で、揉め事が起きた。
メルフィアとゼルマが口論になっていた。
珍しいこともあるもんだと思い、俺は耳を傾けた。
「なっ…そんなの聞いておりませんわ!」
「ええ。ですから、今こうしてお話させていただいたのです」
「い…嫌ですわ。そんな…わたくしが…そんな」
聞き始めが途中で、まったく要領を得なかった。
しかし、なにやらメルフィアは怖気付いていた。
ような気がする。
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三週間と三日目。
対練に身が入らなくなった。
コウは俺の気持ちを汲んで、早めに切り上げてくれた。
どうも、顔色が最悪だったらしい。
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三週間と六日目。
メルフィアが忽然と姿を消した。
しかし、ゼルマが連れ戻した。
戻ってきたメルフィアの顔はいつも以上にギラついていて、俺を見るなり異様な笑みを浮かべていた。
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四週目、始まりの日。
コウが引き篭ってしまった。
誰も入るなと、張り紙がしてあった。
ミーロンも自室から出てこず、ぶつぶつと独り言を言っていた。
まともな精神状態じゃなかった。
目は死に、口元は笑っていた。
「彼が気になりますか?」
メルフィアが上機嫌に、身体を触ってきた。
蛇のようにきめ細やかな肌を、白粉で滑らせて。
「気になる。お前は何を知っている?」
「ご返答次第でお答えしますわ…」
メルフィアの息がより近く、痛いぐらいにくい込んだ。
無言で押し付けてくる何かは、俺の服一枚に隔たれていた。
「お断りだ。夢半ばで死んでしまえ」
何時までも、俺が従順だと思うなよ。
テトラが戻ってきたら、お前ら全員皆殺しにしてやる。
贖罪は許さん。




