第七十二話 右へ左へ
---アビル視点---
屋敷に招かれ、一週間が経った頃。
コウの異変に気づく。
毎朝、死んだような顔でメルフィアの自室を後にしていた彼だが、今や、加害者のメルフィアをたじろがせる、悪質なストーカーに成り果てていた。
通路を横切る際、メルフィアを押さえ付けて無理矢理彼女の唇を奪う姿を目撃した。
懐柔されたのか、それとも、コウ自身がそれを望んだのかはわからない。
でも、主導権はコウが握っていた気がする。
メルフィアはコウの、その積極的な姿を忌避していたようで、諸々が終わった後、口汚く彼を罵った。
そしたらコウが癇癪を起こし、「あんたはオレが居ないと駄目なんだ! オレとは遊びだったのか!」だの、なんだの。
鬱屈した愛を叫ぶ偏執狂へと変貌を遂げた。
最早、どちらが主人かわからない。
この事は一応カグヤにも報告しといたが、カグヤは「興味無いや」と言って早々に話を切り上げた。
俺も興味無いし、この話はこれで終わった。
コウの安否確認は、思わぬ形で終わった。
「アビル様。あのお連れ様は、メルフィア様の新しい付き人ですか?」
「みたいなものだな。上手いこと取り入ったようだ」
「ほー、わたしも見習わないと」
テトラがお茶を用意して、俺の横に座った。
「気が利くな」
「滅相もございません。わたしはポンコツですから、このようなことしか出来ません」
謙虚な奴だ。
一通りメイド稼業はこなせるだろうに。
「く…ふぁ!」
テトラは睡眠障害の疑いがある。
相槌を打つようにウトウトと、いつも眠そうに瞼を擦っている。
慢性的なものであれば、丸一日寝込めばある程度回復するはずだが、彼女は休日も眠そうにしている。
「あの…すみません」
「構わん。ほら、来い」
「ありがとうございます…」
甘えるようにテトラは眠そうについた。
どことなく、心地良さそうな吐息を混じえて。
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テトラが寝ている間、俺は神滅因子の能力について調べていた。
神滅因子とは、言わば神装の類い。
代償を恐れず身に纏えば、並み居る戦人達を蹂躙できる程の力を得られる。
発現した能力によって代償は異なり、マイナス面にふり切った場合や、機転によってプラスになる場合もあるなど、個体差がある。
俺のように、ハイスペックかつパーフェクトブロッカーであれば、代償もそれなりに大きい。
耐久力を底上げする代わりに回復力を奪われたり、攻撃力を飛躍させる代わりに、耐久力と回復力を没収される、などなど。
デメリットが際立つ仕組みになっている。
そもそも、楽して得られる力など、たかが知れている。
純粋なパワーアップなど、都合が良すぎる。
簡略化した魔装にだってあるのだから、大元に無いわけが無い。
結論、下手に触るな。
「おはようアビル。テトラに何したの?」
カグヤの頭は真横にある。
メルフィアの真似だ。
即刻やめて欲しい。
「寝かしつけてやっただけだ。どうもこいつは、仕事に身が入らんらしい」
起きる気配がまるで無いからな。
心ゆくまで夢の中だ。
「みたいだね。でも、テトラは悪くないと思う。だって、この身体にしたのメルフィアでしょ」
「散見した限り、恐らくな」
テトラの頭部には、幾つか打撲痕が見られる。
それでいて雑な治癒魔術で傷を塞がれ、痛みが残るように調節された跡がある。
幸い他に傷は無い。
少なくとも、見える位置には。
たが彼女の今後を考えると、もっとくまなく調べる必要があるかもしれない。
俺はテトラを抱き抱え、ソファに横にした。
彼女のエプロンを取り払い、上着を軽く剥いで、下着に手を伸ばした。
瞬間、妙な寒気がした。
「姉さんに何してるんですか…」
大きな鎌を持った少年が、俺の真横にいた。
彼は確かメルフィアの従者。
テトラの弟、ミーロンだ。
「頭部を怪我しているようだったから、ついでに身体も見てやろうと思ったのだ」
あ、この言い方は不味かったか。
カグヤが顔面蒼白だ。
ミーロンも、顔が引き攣っている。
「姉さんなら大丈夫です。さ、返してください」
「そ…そうか。なら連れてくといい」
俺はテトラの身柄をミーロンに引き渡した。
ミーロンは、ゆっくりと姉を歩かせていた。
しかし、突然テトラが目を覚まし、俺の元へ戻ってきた。
「あ、眠い」
テトラは、俺にしがみついて寝始めた。
たぬき寝入りもいいところなのだが、如何せん本気で寝ている。
起床時間がリセットされたようだ。
「ほら姉さん! いっ……くよ…!」
ミーロンが踏ん張りを効かせ、テトラを力強く引っ張る。
だが無意味。
俺が、がっちりと掴んでいる。
「もう少しだけ借りておこう。なに、悪いことはしない」
「……」
疑念の目は拭えないか。
まあ、無理も無い。
「じゃあ私も一緒に寝るよ。それなら問題ないよね?」
「それでしたら…まあ。何かあったら止めてくださいね?」
「任せて! あったら首チョンパ!」
カグヤの機転に、ミーロンはクスリと笑った。
「姉さんは僕と一生一緒なので、絶対に返してくださいね」
ミーロンの瞳は、勇ましいほどにクールだった。
立ち去る後ろ姿は、黒い羽が舞っているようで。
「ところでさ……アビル」
カグヤのドスの効いた声に、ビクッと身体が驚いた。
「なんだ? なにか怒らせるようなことしたか? ああ、そうだ。先に謝っておくか、すまん」
「別に怒ってはないんだけどさ、つーか先手で謝んな。で、話戻すけどさ、何? テトラお気に入り?」
「いや違う。ただ単純に、こいつが近くにいると落ち着くんだよ。多分、彼女が持つ特性なのだろう」
「私といる時は落ち着かないの?」
カグヤの悲しげな表情に、胸が締め付けられて。
ダメだ、負ける。
「お前がいると…ドキドキして寝れなくなるんだ」
少しだけ、本音をぽろり。
心臓が五月蝿い。
「そ、ならいいよ」
カグヤは今、どんな気持ちなのか。
無表情でわからない。
「補足しとくが、俺は今日暴走する予定だった。破壊衝動が限界になっていたから、朝から心拍数がおかしかったんだ。でも何故か、テトラが傍にいると、自然と治まるんだ。なんでだろうな…」
髪色はホメロス族だが、何かを奏でている様子は無かった。
だから候補から外していた。
でも、そう考えると不思議だ。
不思議な少女だ。
「さあ。生まれ持ったテトラの特性じゃない?」
「かもしれないな」
そう考えた方が、ちょっぴり素敵だ。




