第七十一話 コウが味わった四日間
メルフィアの自室は、全面白塗りの高貴な作り。
元は黒かったが、アビルが家庭教師に来てから真っ白に染め上げた。
叩きつけるようにペンキで塗りつぶした。
しかし、家財一式は黒いまま。
こればかりは趣味もあるだろう。
彼女は暗い色が好きなのだ。
化粧台の真横に設置されたエレガントでふかふかなベッドも、深い黒。
境目がわからない。
天井から鎖が垂れている。
鎖はベッドの上に繋がっていた。
「かれこれ3日間、片時も書斎から離れず貴重書を眺め続け、魔力を必要としない古典的な捕縛用具を仕込むとは。やはり、貴方のお弟子さんですわ」
メルフィアはベッドの中心へと移動し、衣類を脱ぎ捨てて、コウの耳たぶを爪で圧す。
四肢を鎖で繋がれ、自由を奪われたコウの身体を、飽き果てるまで愛でる。
一方的な性暴力を与え続けた。
「興味なき人間から向けられる好意ほど鬱陶しい物はありません。ある日を境に逆転することもありましょうが、結局は逆転、すれ違い。あの無乳娘は、成長する己の肉体と未熟なまま時を渡る精神の乖離に悩まされている。至極真っ当な生理事情ですわね。しかし、貴方にはそれがまるで無い。憎しみ篭もる凄惨な近景を目の当たりにしても尚、男のサガを抑えられない。ある一定の基準を満たして我慢する彼女とは、本質的に相容れない獣。いい……すごくいい。貴方は、不気味なぐらい魅力的なオス。もう少し付き合いなさいな。さすれば貴方も、わたくしのコレクションに成り下がる」
メルフィアが振り上げた拳は、コウの顔面を撃ち抜いた。
遠のく意識は、闇の中で藻掻いたが。
彼女がそれを許さなかった。
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目が覚めると夕方になっていた。
鎖は解けていた。
焼けるような痛みだけが残る。
「う…痛ッ」
コウは、首と腰を抑えた。
砕けるような激痛だった。
(師匠が余計なこと言うからだぞ、まったく…)
地獄耳のメルフィアに聞かれないよう、心の中で愚痴った。
「えっと…あった! これこれ」
湿布もどき。
彼はそう呼んでいる。
アビルが寝違えた時用に持っておいたのだ。
自家製の為効果は期待出来ないが、気休め程度にはなる。
コウは着替えとタオルを持ち、それをポケットに入れて脱衣所に向かった。
脱衣所にはメルフィアが居た。
「あら。貴方も一緒に入りますか?」
彼女は待ち伏せていた。
だからまだ、脱いでいなかった。
その後二人で入浴したが、コウの疲れは癒えなかった。
玩具にされた。
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四日目。
コウは朝から薪割りをさせられた。
一応敷地内ということで、屋外に出してもらった。
首輪の効果は継続中だが、外に出られることがわかった。
(待てよ…これなら魔術も使えるんじゃ…)
その考えが頭をよぎった瞬間、
「使用するのは構いませんが、少しでも傷が付くと即爆発しますので、考えて使用するように」
と、地獄のような補足説明が入った。
この時の絶望といったらない。
「お役目を頂けるだけマシですが、どうせなら魔術も使いたいですよ。鈍りますから」
コウがそう言うと、メルフィアが「ほう」と口ずさむ。
「なら、わたくしと一戦交えますか? それぐらいなら許可しますよ」
「いいんですか…!?」
「ええ。わたくしも最近肩こりが酷くて、何か振ってないと苦しいんですの」
それは、その馬鹿でかい胸のせいでは。
と、コウは思った。
「では、お願いします」
コウが深々と頭を下げた。
下げないと、殴られるからだ。
初日に叩き込まれた“約束”が蘇ってくる。
顔を撫でられたら頬擦り、腰を触られたら声を出し、口を重ねてきたら軽く抵抗。
押し倒されたら、演技でも喘ぐこと。
全部“教育”された。
「よろしい。では付いてきなさい」
メルフィアの後に続き、コウは足を震わせながら歩いた。
ちらりと垣間見えた、不吉な笑みが怖かった。
屋敷の裏を進み、広めの場所に案内された。
訓練場みたいなところだ。
傷だらけの木剣や、折れた杖が散乱している。
案山子や、鉄製の的も設置されていた。
そして、コウと同い歳くらいの少年の姿もあった。
少年は、自身の背丈を軽く超える、大きな鎌を持っていた。
少年はその大鎌を得物とし、次々と案山子を両断していく。
案山子は直ぐに再生した。
しかし、少年が大鎌を平行にピタリと構え、その場に留まり、矢継ぎ早に奮う。
斬撃の余波で散乱した武器が舞い上がり、粉微塵に消し飛ばされた。
辺りには何も残らなかった。
風圧に靡く鶸色の長い髪は、微かな余韻を鎮めるように、太陽を明るく反射。
神秘的にすら思える、妖精の音色。
少年が口ずさむ歌は鼓膜を通じて、傷んだ身体に染み込んでいく。
「お見事。上達しましたわね」
「メ…メルフィア様!? どうしてこんなところに」
「彼の魔術鍛錬に付き合おうかと思いまして、少しだけ場所をお借り出来ますか?」
「それは勿論…彼?」
少年は、メルフィアの背中からひょっこりと顔を出した。
「コウだ。よろしく」
「僕はミーロン。こちらこそよろしくね」
二人は軽い握手を交わし、ミーロンは荷物をまとめて屋敷の中へ戻っていった。
朝練の終わりだ。
「さて、始めますか」
メルフィアがそう言うと、コウは問いかけた。
「今のは弟さんですか?」
違うと思うが一応聞いた。
もしかしたら、事情があるのかもしれない、と。
しかし、帰ってきた言葉は予想通りの醜悪さ。
「先日買いましたの。姉弟共々、わたくしの奴隷として」
だろうな、とコウは思った。
向かい合う二人の構えは、似て非なるもの。
陰と陽のそれである。
コウは両手を下に広げて、魔力球を作る。
五法陣の展開。
対するメルフィアは、黒くて短い杖を右人差し指に装着。
専用のリングに指を通して、後付けで杖を嵌めている。
構えは自然体。
油断と隙を見せている。
「いつでもどうぞ」
メルフィアが始まりの合図を告げた。
コウが地を蹴り、前進する。
最速最短の直線、からの転移魔術。
背後を取った。
「なっ…!?」
背後を取ったのに、メルフィアと目が合う。
コウは、お腹をポンッと優しく叩かれた。
それが決定打となった。
螺旋状に、捻り打ち込まれた超打撃。
痛いとか、苦しいとか、それら全てを超越した悲劇的な掌底。
コウの身体は、一撃で沈められた。
「ごふぁ…!」
滝のような吐血。
呼吸困難に陥った。
「こ……こひッ…!」
下部肋骨の剥離、脳震盪。
腸閉塞に、筋断裂。
痛みで、治癒魔術の効き目がわからない。
「あらあら、脆い脆い」
メルフィアは、コウが苦しむ姿を楽しそうに眺めていた。
コウの腹部に、杖をグリグリと押し当てて刺す。
激痛に悶える彼を笑い、傷口から杖を差し込む。
出し入れして内臓をかき混ぜた。
「はあ…面白かった。そろそろ危ないですね」
コウの意識が途切れる直前で、メルフィアは治癒魔術をかけた。
しかし、彼女の扱う治癒魔術は、他と少し違っていた。
黒い霧の棺。
その中にコウを入れた。
時間にして数十秒。
棺は勝手に開き、コウが返ってきた。
掠り傷一つ残さず、元気な姿で戻ってきた。
「準虹蜺級魔術師の力、ご理解頂けたようで」
正直なところ、コウは何も出来なかった。
終始、謎だらけで負けた。
わかったのは、彼女の得意属性。
闇属性が異常に優れているということ。
不意打ちは、絶対に不可能ということだけだ。
「はい、もう二度と喧嘩売りません。ごめんなさい。薪割りの続きをさせてください」
「それを決めるのは貴方ではありませんよ。次は、わたくしの衣装を洗濯なさい」
「あの…それはメイドがやる仕事では…」
「あら、口答えするんですの?」
「いいえ、やります。やらせてください」
「よろしい。いい子ですわね」
なんだかんだ、面倒見がいい。
乱暴に扱われることが、心地よくて堪らない。
コウは、彼女の術中に嵌りつつあった。
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五日目。
コウは自由行動を許可された。
屋敷中を見て回ってもいいと言われた。
なので早速、カグヤの元へ。
「姐さん! 生きてますか!?」
「生きてたの!? コウ!」
再会の喜びは、片方だけ感じていた。
とはいえ、カグヤもコウの安否は気になっていた。
自然と視線は五体に向き、外傷をチェック。
確認できたのは、数箇所の打撲痕のみ。
切創とかは無い。
「大丈夫…?」
カグヤが、コウの身体をぺたぺたと触る。
やはり、痣は押すと痛いらしい。
「このくらい大したことありませんよ。それより、師匠は今何処に?」
「書斎にいるよ。なんでも調べ物があるらしくてさ、朝からずっと真面目な話ばかりでつまんないの。だから抜けてきちゃった」
「なるほど…ありがとうございます」
カグヤの証言を頼りに、コウも書斎へ向かった。
等間隔に蝋燭の火が灯る薄暗い廊下を進んで、屋敷の角に着いた。
重厚な扉、何重もの鍵が取り付けられてある。
この先が書斎。
コウは扉を開けた。
「お邪魔します…」
コウは、息を殺して静かに入った。
モダンな音楽が流れている。
誰かいる。
「すぅー…すぅー」
いびきのような吐息が聞こえた。
コウは、本棚の前で足を止めた。
先客に気づかれないよう、恐る恐る、棚から顔を出した。
書斎には三人居た。
まずは彼の師匠、アビル。
アビルは一際大きな椅子に座り、足を組んで偉そうに本を読んでいた。
アビルの持つ本は、古い歴史書の一冊。
神滅因子について事細かに記された、数日前に、コウが手に取った本である。
しかし、今まで読んできた本と言語が違うため、解読できず棚に戻した。
一方、アビルにとってはただの参考書。
さすが我が師匠と言ったところである。
「照明は足りますかな?」
「ああ。問題無い」
「左様でございますか。では何かありましたら、お声がけ下さい」
スリンフォード家の執事、ゼルマ。
アビルを監視している男だ。
彼は、元は歴戦の勇士だったそう。
あまたの戦場を駆け抜け、落とした国は数知れず。
雷神に敗北するまでは、全戦全勝を誇ったという。
その価値をメルフィアに見出され、現在は用心棒代わりとして雇われているらしく、有事の際は一騎当千の活躍をする。
かれこれスリンフォード家の危機を、三回は救った。
損得勘定を無視してお家に尽くす彼は、主人であるメルフィアから絶大な信頼を寄せられており、それ相応の権限も与えられている。
まさに、筆頭執事だ。
「すぴーっ…」
ウトウトしながら立ち寝する少女。
彼女は、スリンフォード家メイドのテトラ。
鶸色の無造作なヘアスタイルが特徴の彼女は、寸胴体型をメイド服で誤魔化している。
ともあれ、くびれは作れる模様。
紐をキツく縛れば、キュートに見える。
背格好は幼くても、立派な大人だ。
カグヤと同い歳で気も合う、ちょっぴりお寝坊さんの女の子である。
「すぴぴー…すーぴー…」
テトラは、立ち寝がすごい。
いつも眠そうにしている。
「おいテトラ。ちょっと、こっちに来い」
アビルがテトラに声をかけた。
すると、テトラは背筋を伸ばして、飛び起きた。
「ふへっ…!? ご、ごめんなさい! お…怒られますか!?」
「怒んないから、こっち来い」
アビルの言われるがまま、テトラはゆっくりと椅子に近づく。
そして、アビルの膝に座った。
アビルはテトラの脇腹をぽんぽんと優しく撫でて、母親のように寝かしつけた。
「眠いのだろう。なら、ここで寝ろ」
「でも……メルフィア様に…怒られちゃいます」
「あの馬鹿には、俺が後でなんとでも言っておく。それよりも、お前のいびきが五月蝿くて集中出来んのだ」
「すみません…なら……離れたほうが…」
「いい。このまま傍にいろ。その方が集中できる」
「あ…ありがとう…ございます」
底の見えない深海へと誘われるように、テトラは深い眠りについた。
刹那、微かにアビルを捉えたテトラの瞳は、心做しか潤んでいて、擦り寄せる頬は赤らんでいた。
(お邪魔しちゃ悪いかな)
コウが後ろに下がった、その時。
「え…んんっ…!?」
コウの口が塞がれた。
塞いだのはメルフィア。
いつもいつも、背後から、音もなく現れる。
「死・笛の保・・が…」
呟きは不明瞭で、重要な部分だけが聞き取れなかった。
メルフィアは、どす黒い霧を纏いながら爪を齧る。
その、流血すら厭わない異常さは、コウの心理を激しく揺さぶった。
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六日目。
コウはメルフィアに愛玩動物認定された。
朝から晩まで、身体がおかしくなるまで犯された。
殴られた、蹴られた。
その度に、治癒魔術をかけられた。
悲鳴も喘ぎも、何もかも隔絶された密室で泣いた。
魔術を使用できないはずの屋敷で何故、治癒魔術が使えたのか。
そんなこと、考える余裕が無かった。
「お願いします…もう許して下さい」
コウは泣きながら懇願した。
もう限界だった。
日に日に精神がすり減って、次に来る恐怖だけが頭を支配して。
刃向かう気力は圧壊され、僅かに残るプライドはズタズタに引き裂かれた。
もう、ダメかも。
そう頭をよぎったのは、これで何度目だろうか。
「そろそろ…ですね。いいでしょう。なら、わたくしと、本当の契りを交わしましょう」
メルフィアがコウの髪を乱暴に掴み、固定。
重ねた唇は柔らかく、甘くて蕩けるような、いつもと違う生暖かい果実酒。
「…んぐっ!」
コウの心臓は脈拍を上げ、脳は知覚情報を更新していく。
幸せ…。
幸せ…。
もっと、もっと…。
強く、痛く、乱暴に、ぞんざいに、抱き締めるように…。
壊して欲しい。
「たまりませんわ…その顔」
メルフィアが歓喜する顔。
それは、コウの乱れ落ちた顔。
彼女は手にした。
唾液という名の麻薬を操り、彼の魂を支配した。




