第六十四話 彼女の未来の為に話さない
弟が悪事に加担していた事実をどう受け止めるのか気になるところだが、オルテシアに口外はできない。
カグヤの息抜きも兼ねて黄閃堂を訪ねるまでは良いものの、不自然な寡黙を貫く俺にリンファが疑問を呈した。
追い打ちをかけるように、そういえばヌシに頼み事をしておった奴がおったの、とか口走ったお陰で、俺はオルテシアの追求に頭を悩ませた。
大木に向かってとんっと軽く押し飛ばされて、至近距離で問い詰められた。
俺の頭の左横には、オルテシアの右腕がある。
カグヤは不機嫌を撒き散らすように、両腕を組んで立っていた。
「弟の居場所を突き止めたらしいじゃない。さっさと、教えなさいよ」
オルテシアから飛び出した高圧的な言葉に、カグヤの冷たい視線が絶妙なハーモニーを奏でて、俺を攻撃した。
カグヤに至っては抜刀しかけている。
陰系統魔力が、影穂ノ御方に流れ込んでいる。
「私には教えてくれたじゃんね。なんで、オルテシアには隠すの?」
カグヤの言う通り、俺は彼女にのみ話した。
しかし、あくまで、かもしれない話であり、限定的な内容は伏せて相談した。
カグヤは嘘をつかないが、裏切ることがある。
曲がったことが大嫌いなんだ。
だから、俺が秘密にしてくれと頼んだ今回の件を、オルテシアに告げ口した。
「何が欲しいの? お金? それとも身体かしら…?」
オルテシアが俺の肩を掴んで、迫る。
話を拗らせて、長引かせたくない。
本当は言いたいさ。
でも、それは彼女の寿命を縮めることになりかねない。
「どちらも要らん。一旦下がれ」
法輪殺戮師団は入団時、身辺整理を強要する。
父、母、兄弟姉妹に至るまで、皆殺しを命じる。
つまり、オルテシアは弟に命を狙われているのだ。
レイドの話によれば、オルテシアの弟デュオラ・エリス・ミラードは、法輪でもトップクラスの実力を誇るらしい。
法輪全体で見ても、三本の指に入るのだとか。
そんな怪物を相手に、オルテシアが単騎で敵うはずが無い。
無論、俺も多少の力添えはするが、残党一匹逃せば後に引く。
闇ルートで仲間を集めて、魔女の霊峰に進軍することも考えられる。
もしそうなれば、黄閃堂の門下生達に危害が及ぶ。
リンファに迷惑がかかる。
厳密に言うとそれだけでは無いが、多様な結末が予想されてしまう。
「話す気は無いってわけね…」
オルテシアが剣をカチャリと鳴らした。
抜く気だ。
「まさかとは思うが、俺とやり合うつもりか?」
「ええ。貴方を倒して、全部話してもらう」
「無茶を言うな。お前が俺に勝てるわけなかろう」
「勝てるわ。今のわたしなら」
そう言ってオルテシアは剣を抜いた。
波打つ形状をしたフランベルジュが光を乱反射して、神々しいまでの魔力が溢れ出す。
「私も加勢するから」
カグヤが指先で鍔を弾いた。
そして、腰を低く構えて居合の型を取る。
これは傑醒流の構えでは無い。
彼女が元々持っていた流派の物だ。
「好きにするといい。俺は丸腰でいかせてもらう」
俺は杖を投げ捨て、ローブを脱いだ。
「ハンデをくれているの? それとも、舐められてるのかしら?」
「どっちでもいいよ。今私は、ものすごーくアビルにイラついてるから、腕の一本二本貰うつもりで斬りかかってやる」
「そうね。わたしもそうするわ」
二人とも息ピッタリで、なんだか微笑ましい。
状況は、ひっ迫してるがな。
各々が構えたら、俺も構えるとしよう。
多分楽勝だ。
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オルテシアは上段に構え、カグヤは前傾姿勢で特攻の意図を隠さない。
まともに振るえるのは、ただ一刀。
カグヤの居合は隙が多い。
それに比べて、オルテシアは堅実だ。
俺が一合目を凌ぎ切った後のことを考えている。
「…ん? 来ないのか?」
オルテシアが、その場に固定されたように動かない。
カグヤは視界から消失。
俺の正面下に、低い体勢で刀を構えていた。
「はあッ…!」
カグヤの一太刀は、視認困難な速度。
相手が俺でなければ一撃必殺。
俺は、便利な左眼を持っている。
これを活かし、カグヤの刀を指先で挟んだ。
「チィ…!」
カグヤは必死に刀を抜こうとする。
しかし、カグヤの腕力は、俺のピンチ力を大きく下回っている。
魔力量の違いかな。
「よそ見をしたわね…!」
オルテシアが迷わず突貫してきた。
味方を救うありきたりな戦法だが、まあ、悪くない。
カグヤの刀から、手が離れてしまった。
「ふぅ…ありがとう」
「どういたしまして。それより、何なのあいつ…」
二人の会話が聞こえた。
無意味な作戦会議を始めようとしているのだろう。
「雑談にふける時間があるのか? さっさと来い」
そう言うと、二人は剣幕な表情に戻った。
「次で決めるわ」
「無理だな。お前はカグヤの救出を最優先にし、俺を後回しにした。発声を抑えて背後に回り、首を撥ねていれば、まだ勝ち目はあったものを…」
「フンッ、わたしを見くびらないでちょうだい。貴方の目は、初めからわたしを捉えていた。それこそ、隙なんて無かったわ」
「ほう。想像以上に的はずれなことを言う。取って付けた言い訳を自信満々で語る未熟者が、今のお前だ。一度、鏡を見て来い」
「そうやって挑発すれば、わたしの精神が乱せるとでも? 浅はかね」
「……まあな」
オルテシアに挑発は通じない。
通じるのは、カグヤだけか。
でもな、下手に刺激すると今後の日常生活に支障をきたす。
カグヤの逆鱗は怖い。少しだけ。
「アビル、コロス、絶対」
カグヤはもう、ダメかもしれない。
「今度はこっちから行くぞ」
俺は突進し、オルテシアの間合いまで詰めた。
「つぇい…!」
オルテシアの太刀は俺の右肩を狙う。
すかさず捌いて、空拳。
「ぐふっ…!」
オルテシアが体勢を崩した。
すると、頭上に影。
カグヤの居合が飛んできた。
「魑魅虎!」
「それは受けられん。絶海!」
俺は右手を翳して、大地を削り取る渦潮を出現させた。
これは打撃、斬撃、魔術、全てを防ぐことができる魔術。
性質は水であり、技そのものの発動は止められないが、技の威力を殺せる。
渦は相手の身体を吸い込み、直後に弾き飛ばす。
「ぶっはぁー! なんじゃこりゃー!」
カグヤは水浸しになりながらも、オルテシアを抱えて鮮やかに着地。
俺から距離を取って、二人共呼吸を整えている。
「馬鹿め、距離を取ったな。亜聖天火」
俺は、彼女らの視界を覆う豪炎を放った。
水浴びをしたばかりだし、消し炭にはならないだろう。
「ざっけんな…! この○○○魔!」
カグヤの暴言に、思わず手を止めてしまった。
リンファから聞いたのだろうか?
それしか考えられない。
「口が悪いな。仕置するか?」
「黙れ、こんちくしょー!」
可愛い。
と、様子見に徹していた俺の背後に、オルテシアの剣が光る。
「ふむ…」
俺は風圧を頼りに、剣を受け止めた。
「…え!?」
「指摘され、即実践する行動力は評価しよう。だがな、それでは遅い」
俺は、オルテシアを剣ごと振り回して投げ飛ばした。
最後まで離さないのは偉い。
しかし、その覚悟が仇となる。
俺の精神が掻き乱されている今、我慢強いのは良くないぞ。
絶賛、冷や汗が止まらない。
カグヤにペラペラ話した、リンファが許せない。
もしかして、オルテシアも知っているのか?
などと考えるだけで、ゾッと恐怖が押し寄せてきて…。
「天弓・蓬莱弱水」
俺は、自身の背丈を優に超える巨大な弓を召喚した。
彫刻のように美しい、真白なロングボウ。
七色の宝玉が、上、下、真ん中の三点に埋め込まれた超遠距離仕様だ。
「殺すの…?」
またしてもオルテシアが的はずれなことを言い、手を震わせる。
「そんなわけあるか」
「言ってることと、やってる事が別な気がするのだけれど…」
「俺はな。ただ、お前に死んで欲しくないだけだ。だから、この技を耐えれたらお前の勝ちでいい。勝ったら全部話してやる」
「本当…!?」
「ああ。男に二言はない」
オルテシアの瞳に力が宿った。
カグヤも、やる気十分。
あれ……でもなんか、カグヤだけ違う。
カグヤだけ、口が笑ってる。
「私が勝ったらさ。アビルとリンファ師匠の昔話、聞きたいなぁ」
そういうのが好きなお年頃なのかもしれない。
「ダメだ。絶対に話さん」
「何さ、ケチ」
「ケチじゃない。はぁ…もういいか? いくぞ?」
「来なよ。全力で打ち返してやる」
よし、許可は取れた。
ならば、俺も全力で。
弓は槍よりも大きく、細く、九つの超光で肥大化する。
弦を限界まで引き、流し込む魔力の余波が木々を薙ぎ倒す。
「里海、国境を跛行せし純白の精霊。汝、常闇を照らし映さん聖者となれ」
詠唱が終わり。
矢が、高速回転する光を纏い始めた。
「崩星九龍火輪」
俺は、矢を指から離した。
ドォンと、大砲が城塞に直撃したかのような爆音が鳴り響いた。
辺り一面は消し飛ばされ、突風が砂埃を焼いていく。
カグヤとオルテシアは、逃げなかった。
「「無間繚乱!」」
二人は連綿と剣を振り続けた。
太陽を模した光線を、ひたすらかき分け続けた。
より速く、より強く。
光が通り抜けるよりも先に、刃を到達させて。
「うぉおおおりゃああ!」
最後はカグヤが斬り裂いた。
その技は、かつて俺の右腕を落とした技。
魑魅虎。
先程は自ら視界を捨てたのでわからなかったが、この技は、剣技じゃない。
カグヤの背中から伸びる鉤爪が、技の正体。
三つに別れた光は、彼女の爪で消滅した。
「負けたか…マジか…」
「ふ…ハァッ! ハァ…! マジだよ!」
カグヤの息は絶え絶え。
おそらく魔力切れだろう。
あの技は、かなりの魔力を消費するらしい。
「オルテシアはダメだったか」
近場に寄って知る。
オルテシアは床に倒れ込んでいた。
あくまでも満足そうで、どこか悔しそう。
意識は夢の中だろうに、何故か泣いていた。
「ハァ…ハッ……みたいだね。ふひぃ…」
カグヤはオルテシアの背中にもたれかかり、刀から手を離した。
満身創痍で呼吸が荒い。
俺は二人に治癒魔術をかけて、枕代わりに脱ぎ捨ててあったローブを敷いて、仰向けに寝かせた。
「脱がせんの?」
回復してすぐ、カグヤから飛んできた言葉。
「何を言ってる。黙って寝とけ」
「リンファ師匠言ってたよ。アビルは獣だって。名前の通り、とんでもない奴だったって」
「それは、かなり昔の通り名だ。今は違う」
「ふーん…あっそ」
カグヤは、誘われるように眠りについた。
すぅすぅと、微かな鼻息が零れている。
俺は、二人が起きるまで、風景画を描いて待っていた。
ついでに二人もスケッチした。
だって、面白いんだもの。
各々が夢の中で好きな人とイチャコラしている姿が、現実に反映されているのだから。
抱き締め合って、寝苦しそうにしているのだから。




