第六十三話 騎士道の今と新たなる脅威
セレスティアに滞在し始めて一年と三ヶ月。
旧メイルイ王国の住人に笑顔が戻りつつある。
水の街に併設された新たな町、エルーラの住人として生きる事を余儀なくされた彼らは、今日も今日とて、仕事に明け暮れていた。
街角に目を向けると、荷台を引く馬車が列を作っていて、石材物や建築資材、果物や野菜など多種多様な積載物あった。
職にあぶれた人はおらず、生活水準も平均並に改善された。
エルーラの町長はコレクト。
彼の復興再建が、功を奏したのだ。
「よく働くな、騎士団長様」
俺は、コレクトにちょっとした差し入れを持ってきた。
今朝焼いたばかりの、バタークッキーの詰め合わせだ。
味の保証はできない。
「その呼び方はやめろ。まあ、これはありがたく頂戴するが…」
コレクトは、やや緊張の面持ちで袋を開けた。
さては、カグヤの手作りだと思っているな?
馬鹿め、これは俺が作ったやつだ。
でも、言わぬが吉だな。
「昨今の情勢を見るに、復興は済んだ。俺はもう、必要ないな」
「まだ敗戦処理が残っているけどな。オレたちを受け入れたことで、流星王国は今後一切、セレスティア神聖国と貿易協定を結ぶつもりは無いらしい。なんなら攻め落としに来るかもしれん」
「その辺に関しては問題ないだろう。なにせ、この国には一騎当千の守護神がいる。というか、お前の方がよく知ってるだろ。軍属なんだから」
「ラングステン様か……あの人、癖強いんだよな」
「散見した限りでは、俺もそう思う」
コレクトが束ねる騎士団は、王女付きラングステン直属の近衛騎士。
つまり、ラングステンは上司だ。
「エルドラド様は初めから、この結末を知っていたのもしれない。だから匙を投げたんだ。それでも、最後の最後まで抗ったあの方に、オレは頭を下げ続けたい。一生…な」
コレクトがそう言い、下を向いて、一枚のクッキーを取り出した。
懐かしそうで、悲壮な目をしている。
「時代は移り変わるもの。人は脆く、強者に噛み砕かれるが世の摂理。しかし、あの男はその道理に外れる、真の天秤を知っている。何があろうと起ころうと、決して後ろを振り返らず、永久を捨てて今を築いた。学ぶべき背中だ。だからお前も、あいつに倣い、最後まで足掻き続けろ。明るい未来だけを考えて、生きてゆけ」
きっとエルドラドなら、許し励ましの言葉を述べただろう。
俺にはできない。
極論、敗者の強がりしか口にできない。
「これ以上、無様を晒してもいいのだろうか…」
「なんて口ずさみ、蹲ってる方が余程無様」
「自分のことは棚に上げるんだな。改めて聞くと、おっかしい」
「何がおかしいのだ?」
「お前が泣きついてきたって、王女が言いふらして回ってたぞ」
「あ…? おい、ふざけるなよあいつ。言っとくが、それ全部嘘だ。あの小娘…」
カルネラの悪癖が日増しに強化されているな。
今度会ったら、塩を撒いてやる。
「ハハッ、仲良いんだな」
コレクトがニヤケ面で言う。
「良くもなければ悪くもない。下手に刺激しなけれなければ、変な気も起きん」
「ほぉー」
「絶対に無いからな」
「こうもハッキリ断言されると、カルネラ様が不憫でならない」
「知るか」
大人をおちょくるのも大概にしておけよ。
俺からしたら、貴様らみんな赤子だ。
「と、そろそろ時間だ。ではな、魔術王。クッキー美味かったぞ」
「おう。また作ってやる」
「え、お前が作ったのか?」
「そうだ。文句あるか?」
「いや無いけど……あー」
悲壮感を背負いつつコレクトは仕事に戻っていた。
---
午後に差し掛かり、来客があった。
汚れ一つない、赤色の隊服を身に付けた少年剣士、レイド。
彼が訪ねてきた。
彼は、くせっ毛の強い金色の髪とは対象的な黒剣を、左腰に二本携えている。
しかし警戒する素振りは全く無く、あたかも、初めから自分の家であるかのように、カグヤの椅子に座った。
定期報告に来てくれただけだからな。
「毎度すまないな」
「いえいえ、構いませんよ。密偵は僕の本分ですから」
レイドに頼んでいた法輪殺戮師団の調査。
僅か半月で終わらせてしまうとは。
彼だけが扱える特殊な転移魔法陣が王宮の何処かにあるらしいが、それを踏まえても尚、早すぎる。
本拠地に目星をつけるまでも、早かった。
潜在的に備わった能力、即ち、固有魔術なのかもしれない。
「さてと。まず初めに、法輪殺戮師団は今、荒れに荒れております。理由としては、とある妖魔の暴走、及び敵対。元は協力関係にあった両陣営ですが、妖魔の方が裏切りました。そこで法輪は、妖魔の里に秘密裏に侵攻。しかし、ある男が止めたことで不発に終わりました」
法輪の力は、内側から削がれているということか。
勝手に自滅してくれるなら、これ程ありがたい話はない。
しかし、ある男とは一体。
「誰なんだ? その男とは」
「天界より舞い降りてきた最強神が一人。雷神です」
雷神。奴が。
「目的は、なんなのだ」
「さあ……流石にそこまでは。でも、あれは安息を求めるような神ではありません。体表を割き進む紫電の魔力が…いや、もっと高次元の何かが、僕に向けられましたから」
レイドも肝が据わってるな。
よく生きて帰ってこれたなと、労ってやりたい。
「成程。では、妖魔についても聞いておこう」
「はい。妖魔の方は依然として、狂気的な殺戮に精を出しています。ただ、目的は想い人の救出にあるようで、無意味な戦闘は避けている様子。僕の尾行にも無頓着でした」
「密偵できてないだろ」
「ですね。悪運が強いのかもしれません」
優秀なのか拙劣なのか、わからなくなってきた。
真面目で正義感が強い人間に、こんな人種もいるのか。
いやはや、世の中は広い。
でも、彼以上に魔力を包み隠して行動できる人間はいないだろう。
彼の密偵に落ち度はない。
相手にする連中が、おかしいだけだ。
「法輪の中に、ミラードの名はあったか?」
「ありました」
「なに!? 本当か…!」
驚いた。
オルテシアの弟の生存が確認できた。
予断は許さないが、一安心だ。
――そう思っていた。
「法輪殺戮師団筆頭。“残聖旅団”旅団長、デュオラ・エリス・ミラード。彼は、正真正銘の怪物です」
告げられた真実は、あまりにも残酷で。
助けを乞う姉の痛みを知らぬ犯罪組織の一翼が、彼女の弟だった。




