第四十三話 個別指導
霊峰に来て、もうすぐ半年が経過する。
俺はカグヤの鍛錬相手を務めていた。
黄閃堂での剣術修行は未熟な心身を成長させると共に、窮地に追い込まれた時の状況判断力を養える。
カグヤは視線から次の行動を悟らせず、予測不可能な奇襲を考えられるまでになった。
「これもダメか…」
カグヤは腰を深く落として、前傾姿勢で刀を握る。
不完全な無間繚乱を居合の形で繰り出すつもりだ。
「来い。隙だらけの今なら通じるかもしれん」
対する俺は、後方に剣を抜いて背筋を伸ばしきった構え。
広域をカバーするために俺が編み出した構えだ。
「嘘だね。アビルは油断も隙もないよ」
「ほう、観察眼に目を見張るものがあるな」
「ふふっ…ありがと」
「コラ。試合中に笑うんじゃない」
「はーい」
油断も隙もないはどっちだ。
靴の中に隠れた足の動きに反応しておきながら。
「よっ…!」
カグヤが一瞬で距離を縮めてきた。
抜刀する刀は影穂ノ御方ではなく、俺が贈った無名の刀。
大小の小の刀だ。
近距離戦で大いに役立つ靱やかな刀身が俺の間合いを侵食する。
では、長剣は不利か。
そんなことは無い。
長剣の強みは後退させてから発揮される。
「万花…!」
俺は周囲一帯を消し飛ばすつもりで超高密度な剣戟をカグヤに浴びせた。
「うひゃ!?」
反応が間に合わず、カグヤは風圧に圧された。
裂傷こそないものの、道着が少しだけ破れた。
「ちょっとだけ、えっちぃね」
「……」
「顔、怖っ!」
怒ってるからな。
適度なリラックスは必要かもしれないが、大半は緊張感を持って欲しい。
「万花ってさ、至近距離で撃てるものだっけ?」
「いや、普通は無理だ。万花は間合いの外が間合いだからな」
「ややこしいね」
そう言ってカグヤは二合目の一太刀を繰り出してきた。
今度は歩法を変えて二体の分身を作り出している。
どれが本体かわからなくしているようだ。
「見事」
だが、もう一度万花を放てば問題無い。
そう思っていたが、予想以上にカグヤの動きが早い。
素の状態では補足しきれないな。
「だーれだ?」
背後から聞こえた。
分身は三体だったか。
「斬ればお前の勝ちだが?」
「おちょくんないでよ。どうせこの距離からでも反撃できるんでしょ?」
「ククッ……そのぐらいできなければ、お前の鍛錬相手は務まらんさ」
そういうと、カグヤが躊躇いもなく刀を袈裟懸けに振った。
俺は間一髪身を捩って躱し、剣を投げ捨てて飛び退いた。
さすがカグヤ。
卓越した切り替え速度だ。
「丸腰になったね。いくよ」
「そう。その容赦のなさこそ、お前の賦質だ」
カグヤが刀を鞘に戻して一気に魔力を吸い上げた。
「無間繚乱!」
その瞬間、ぶわっと熱風が吹き荒れた。
剣を取りに行く間もなく辺り一面焼け野原。
幸い20連撃程度だったので何とか躱せたが、これが30、40となれば話は変わっていただろう。
「惜しいな…」
「ムキーッ! その余裕面嫌い!」
カグヤが地団駄を踏んだ。
そして刀をポイっと捨てて、俺の胸元に飛び込んできた。
背、高くなったな。
今抱きつかれると、両手が肩甲骨に触れるくらいだ。
「休憩するか?」
「うん…ちょっと疲れた」
「俺もだ。ちょっと待っていろ」
ひとまず、俺は山火事を消化した。
カグヤが披露した無間繚乱はなかなかのお手前で、世辞ぬきに門下生随一だと思う。
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消火活動は終わった。
しばしの休息だ。
リンファお手製の弁当を広げて昼食といこう。
午前の修行を振り返りながら、他愛ない話でもしようじゃないか。
「さて、どれにするか…」
弁当箱の中には、色とりどりのおにぎりが入っていた。
肉、魚、山菜、海苔、塩おむすび、いなり、五穀米など。
とにかく沢山入っていた。
数種類にも上るおかずが二段目に詰められていて、全体的に栄養バランスが良いものばかり。
カグヤが選択するのを待たずに、俺は山菜おむすびを頂くことにした。
「…美味いな」
俺が作るのより美味い。
生まれて初めて、料理で負けた気がした。
「ねぇアビル」
「…ん? なんだ?」
「アビルは好きな人とかいるの…?」
「ブォフッ…!」
思わず米粒を噴き出してしまった。
何だ急に。
なんでそんなことを聞くんだ。
「ゴホッ! ゴホッ…!」
「大丈夫!? ちょっと待ってね! 今、水用意するから!」
カグヤが心配そうに水を飲ませてくれた。
肋骨に響く咳が止まらなかったが、暫くして落ち着いた。
「ふう…ありがとう」
「なんかごめんねー。変な事聞いて」
「ああいや、まさかお前の口から恋話が出るとは思わなくてな」
「だよね、私ってあまりこういう話しないよね」
思春期真っ只中だもんな。
子供から大人への移行期間だ。
色恋に目覚めてなんぼの年齢だ。
「先刻の問いに答えるが、今はいない。昔はいた」
「へー、アビルも恋するんだ」
「お前は俺をなんだと思っているんだ…」
聖人君子とでも思っているのか?
悪いが対極だ。
「カグヤ。お前は好きな人いないのか?」
「…昔いた」
いたのか。
なんか興味が湧いてきた。
赤面顔に潜む、男の正体に。
「どんな人だ?」
「私を助けてくれた人…? かな」
「ほう。して、外見的な特徴は?」
「白くて長い髪をしてた気がする」
「……」
それ、俺ではないだろうか?
いやいやいや、違うよな。
多分違う。
何故ならカグヤは昔と言った。
間違っても有り得ないだろう。
「…そうか」
なんかモヤモヤするな。
気まずいし、呼吸がしづらい。
心拍数が跳ね上がってる気さえする。
隣を見れない。
「あれ? アビル泣いてる?」
「泣いてない」
今はこっち見ないでくれ。
頼むから。
「ほら、おにぎりなら沢山あるぞ」
「私お肉食べたい」
「わかった。では、俺は海苔にしよう」
「…男の人って、どういう女性が好みなの?」
不意打ち過ぎる。
ま、相談に乗ってあげるのも父親の務めだ。
いや別に父親じゃないけど。
「あくまで俺個人の見解だが、清潔感のある女性は早年で結婚している」
「清潔感…か」
「心配せんでも、お前は清潔感の塊みたいなものだから想い人はすぐに見つかるだろう」
「じゃあさじゃあさ! 積極的な女性は!?」
「より魅力的だろうな。判断基準は人それぞれだが、その気があるのと無いのとでは、男の反応はまるで違ってくる。稀にカスみたいな思考を持っている輩もいるが…」
「じゃあさ…こっそり悪いことするとかは?」
「悪いこと? 具体的には?」
「いや…なんでもない」
カグヤに、ぷいとそっぽを向かれた。
悪いこととはなんだろうか。
気になって夜も眠れなくなりそう。
「コウとは上手くやっているのか?」
「うん。たまに、休日に鍛錬相手をしてもらってるよ」
「あいつは強いか?」
「初めは強く感じたけど、今は私の方が強いから余裕。ただ…なんでもありだと危ないかも」
「魔術戦か」
「そうそう。あいつさ、最近やたらと転移魔術を多用してくるんだよ。そんでもって笑うじゃん。頭にくるよ」
「一皮むけたようでなにより」
「…まあ、コウはコウなりに頑張ってるんだよね」
カグヤは、憂鬱な感情を抑え込んでいる素振りを見せた。
「お前も頑張ってるよ」
そう言って頭を撫でると、カグヤは嬉しそうに身を預けてきた。
午後の修行が残っているというのに、寝落ちしそうだ。
「ドキドキ…する?」
カグヤが囁くように言った。
「多少はな」
俺だって一人の人間だ。
男だ。
顔、声、仕草、性格。どれをとっても超一流のカグヤにしがみつかれているんだ。
ドキドキしないわけが無い。
「そっか…なんか嬉しい…」
カグヤがゆっくりと瞳を閉じて眠りにつく。
おい待て、寝るな。
午後はどうするんだ。
…まあいいか。
焦る必要は無いよな。
着々と時間を積み重ねれば、手に届く範囲が広がる。
剣も男も思いのままだ。
きっと、カグヤは両方手にできる。
そう信じている。




