第十三話 選択
旅に加わった一人の少年。
彼は異常に強かった。
魔力許容量が少ないとのことだが、全くもってそれを感じさせない立ち回りに、状況判断能力に光るものがあった。
これにより立ちはだかる魔物は全て撃破した。
魔術五大属性をフル活用した横薙ぎの連続掃射。
足刀が到達した段階で魔力を爆発させて放つ光刃。
打撃、斬撃問わず流麗に受け流し、集団による無差別攻撃は真っ向から叩き潰すなど、枚挙に遑がない。
本人はまだまだと自己分析していたが、これ程の魔術師は一国に対してそう居ないだろう。
油断の欠片も無い正確無比な弾道、威力、魔力制御に危機回避。
瞬間的な出力がカグヤを上回る一撃必殺も秘めていた。
五法陣。
彼はそう呼んだ。
その技を見たのは灼熱火山に着いたときである。
灼熱火山では鋼の鎧に身を包んだ厄介な甲虫種が湧いて出ており、歯の立たない堅牢な鎧は上級魔術をもってしても軽く弾かれてしまう。
音を聞きつけた仲間の虫。俺が見上げる高さ数体の巨虫。
甲虫種は気性が荒い。ゆえに逃げるのは得策では無かった。
そこで、コウが前に出た。
コウは五色の魔力球を星繋ぎ状に背面へ展開し、羽衣のようなベールを身に纏い、手を翳した先に色彩光線からなる重砲を打ち込んだ。
規模は凄まじく、この地域の縮図は変わること間違いなしである。
甲虫種を全滅させた技の力に、火口より顕現したレッドドラゴンも餌食となり、レッドドラゴンはおろか、空間が捻れるほどの余波を周囲に与えて基盤ごと破壊した。
誰もが恐れ慄くであろう絶大な力だと言うのに、邪悪は一切感じなかった。
その、どこか神秘的に見えるコウの力に、カグヤは嫌悪感を示した。
それでも自身のお尻を追い掛けるようにして、とことこ付いてくる彼を無碍に扱いたくないようで、魔力切れを起こした彼に膝枕をしていた。
好意的な面との兼ね合いか、複雑な表情だった。
こうして俺たち三人は手と手を取り合い、旅路を進むのである。
「あーちーちーあーちー」
「姐さんは歌が好きなんですか?」
コウとカグヤが話し始めた。
「ママがよく歌ってたんだよね。綺麗な声なのに堅苦しくて渋い感じに歌うんだ」
「それは完全に演歌ですね」
「エンカ? 何それ」
「歌詞に思想を込めた、演説を模する歌の種類です。姐さんが言ったみたく渋い感じで、魂を震わせるようなこぶしが魅力的なんですよ」
「言われてみれば拳握ってた気がする」
「あ、そのこぶしじゃないんですけどね」
絶妙に噛み合ってない二人。
コウの言うエンカは俺にもわからないが、歌の種類であるとは何となく予想がついていた。
彼は物知りだな。
「コウは何か歌えないの?」
「音痴なんで歌いたくないです」
「歌えよこらぁ」
「えぇ…姐さんのを聞いてたいんですけど」
コウの何気ない一言が、カグヤの顔を赤くした。
目がぱちぱちだ。
「…お世辞とかいらないし。背負えし」
「じゃあ、あそこまででいいですか?」
「うん…あんがと」
コウはカグヤを背中に乗せた。
またしても複雑な表情を浮かべるカグヤを知りもせず、陽気な雰囲気でコウは歩いた。
暫くして立ち看板が目に入った。
どうやらコウが指し示していたのは、この看板だったらしい。
立ち入り禁止では無いようだが、はたして。
看板には、こう書かれていた。
『右は天国、左は地獄』
確認のため左右を見渡してみた。
でも溶岩流れる灼熱地帯に変わりはなく、似たような景色だった。
カグヤはどっちでもいいと言うが、何が待ち受けるか分からない以上、慎重に決める必要がある。
それに比べてコウは冷静だ。
齢9つとは思えないほど真剣かつ神妙な面持ちで長考に入ったからだ。
カグヤにゆさゆさと揺らされてもなお、思考を止めない。
任せても良さそうだ。
「お前はどっちに行きたい?」
「オレは左がいいです」
「ほう、して根拠は」
コウは、あくまで勘だと前置きした上で話してくれた。
「天国と言うのは死後の世界を表していて、地獄は現世で起こりうる事象を比喩しているのではないかと推測します。つまり右は死地、左は苦境。どちらにせよ、一筋縄ではいかないと思いますが」
コウは自信ありげに言った。
本当に子供なのだろうか。
理屈としてはまずまずだが、当たらずとも遠からずといった印象だ。
その勘、信じてみよう。
「なるほど、では俺は右に行こう。お前達は左へ行け」
「二手に別れるのですか?」
「逆に聞くが、三人同時に暴れたらここはどうなる?」
「一面溶岩畑ですね」
「そういう事だ。聖級相当が二人に天撃級が一人。起こす被害は計り知れん」
火口がすぐ側にある環境で魔術を使用するときは、原則として聖級以上の高等魔術はご法度。
使用するなら上空に向けて放つか上級下位が望ましい。
カグヤが暴走しなければこの問題はクリアだ。
聡いコウは優秀な抑止力となってくれるだろう。
そもそも高等級に位置する人間が一同に介すなど奇跡に等しいのだ。
不慮の事故は付き物だと割り切るしかない。
「私がコウと!? 嫌!」
カグヤが猛接近してきてぐずり始めた。
それはもうすごい剣幕で。
本当に嫌そうだ。
「なんでだ。あんなに仲良くしてただろう」
「わ・た・し・が! 付き合ってあげてたんだよ!」
「コウはお前のこと好きだってよ」
「……」
カグヤはコウを見た。
首を傾げてとぼけたような顔をしているコウを見た。
「ないないない。お子ちゃまだもん」
「自分に言っているのなら声がデカいぞ」
「はい? 私がお子ちゃまなわけ…おお、逃げるな逃げるな」
俺は自然と距離を取った。そろそろ拳が飛んできそうだったからつい。
コウが絡むと、途端に沸点が下がるのはどうしてだろう。
ここに来るまでは仲良くしてたのに。
「カグヤ、ちょっと来い」
俺はコウに少し待っていろと合図し、カグヤを連れて火山岩の裏へ来た。
「いきなり何?」
カグヤのご機嫌ななめは全身から伝わった。
腕を組み、舌打ちをして足を揺る。
一連の所作がすこぶる悪い。
どうすればいいか、俺は考えた。
「お前は姐さんだ」
「コウはそう呼んでるね」
「あれは敬意からくる愛称だ。敬意とは一朝一夕で相手に向けられるものでは無い。経年が功を奏すんだ。人は幾星霜努力した先に、それで報われる」
「まどろっこしいな…結局何が言いたいの?」
「在りし日の敬意を永遠の物とする為に、お前がコウを守ってやれ。さすれば更に女に磨きがかかる。いつかきっと出逢う意中の相手でも落とせるようになる。俺からも敬意を払われる。どうだ?」
俺が考えた漠然とした提案に、カグヤは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
それでも、少し考える素振りを見せてくれた。
「んー、どうしよっかなぁ…」
「目的が無ければ人生はつまらんぞ」
「ふぅん」
急に冷めたカグヤに、今しがた焦りを覚えた。
嘘だろ、もう飽きたというのか。
そんなに俺の話が退屈か。
退屈なんだろうな、お子ちゃまだもの。
「あっち行ってから考えるね、じゃ」
と言って、カグヤはコウを連れて左側の道へ進んで行った。
何やら笑い声を響かせながら進んで行った。
二人を見送ったあと、俺は右側の道へ進んだ。
ふと思う。カグヤは俺を小馬鹿にしているな、と。
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そもそもカグヤは俺を好いていない。
コウが言っていたように、誰も好きじゃない。
それを事実と仮定して尚、諦めたくない衝動が俺にある。
それが俺を突き動かす。
「コロコロコロ…!」
「ゴルルルル…」
「ヴォオオオオオ――!」
退路を断たれ、数多のレッドドラゴンに囲まれて思う。
死地とは、こんな生ぬるい世界には無い。
延々と火口から這い出でる怪物を目撃した人間が勝手にここを死地と呼称し、心身共に焼き砕かれた者を知る者が語り継ぐようにそう決めつけただけに過ぎないからだ。
喉を焼く気候、湧き出る溶岩。ひとたび足を踏み外せば灰燼となる。
溶けて流れる溶岩と一体になる。
二人は無事か。無事だろうな。
俺と違って優秀だ。
早い段階でここが死地だと理解した。
つまるところ、俺に任せれば問題無いと踏んだのだろう。
蒼穹に昇るにはまだ早いからな。不老不死は当て馬にうってつけだ。
俺を止めなかった理由としては頷ける。
「お前らはついて来れるか」
「ヴォオオオオオ! ヴァー!」
レッドドラゴンもとい赤竜は火弾を吹いた。
足場を崩された。
地面がひび割れ、真下は溶岩道となった。
着地はできない。
俺は空中に透明の床を張り、そこに着地した。
「ふむ…この程度か」
「ヴゥウォオオオオ!」
赤竜は降りて来いと言っているようだ。
「誰が降りるか馬鹿者。第一階梯――開」
俺は魔力からなる鎧を体表に纏った。
魔術を放つのではなく、打撃で穿つために。
地表スレスレに透明な床を張り、耐久度を瞬間強化。
ここ一帯に張り巡らさせた。
「準備完了。貴様が来い」
俺は赤竜達を呼び寄せた。
天に向かい羽ばたく赤竜を片っ端から鎧で穿つ。
背後からの攻撃は反転させて弾く。
左手に大盾を召喚し、切断力を高めて赤竜の首を跳ねた。
これにより赤竜達は追撃を躊躇し始めた。
ゆっくりと俺から離れて飛び、陣形を改めている。
その隙に俺は鞘から剣を抜いた。
剣から斬撃を飛ばして、三頭の首を同時に刎ねた。
断面から青い鮮血が舞った。
「こうしてみると、俺は騎士にもなれそうだ」
半透明の水浅葱色の鎧、同色の大盾、天色の両刃剣。
まさに騎士の装いと言ったところだろう。
「ゴルルル…」
心無しか赤竜の表情に焦りが見えた。
相手を間違えたと後悔してるようにも見える。
見逃してもいいがカグヤとコウに牙を向かれても困るし掃討しておく。
考える時間を与えずに連続で切り刻むのがベストだ。
「傑醒流奥義『無間繚乱』」
ある一流派の魔導剣術最奥。
その流派は魔力を必要としない無属性剣術でありながら、人智を超えた連撃速度が特徴。
一から七まである全ての技が繋がり、動作に無駄が無く、間合いは広く遠い。
魔力を必要としないのに魔導剣術に組み込まれている理由はただ一つ。
恐ろしく強いからだ。
中でも奥義[無間繚乱]は頭一つ抜けていて、傍目から見ると一振だが、その実、瞬間50連撃という狂気的な高速を誇る。
前後左右を斬り刻む無差別攻撃。
耐えられる生物はいない。
俺は剣を止めて、魔術鎧を解いた。
透明な床に降り立ち、景色を見渡した。
赤竜は一匹残らず肉片になっていた。
「久しぶりにいい運動をしたな」
俺は剣を鞘に収めて、杖を使い冷水を精製した。
冷水を保冷の効く水筒に入れ、浴びるように飲みながら、赤竜だったものが散らばる火道を抜けた。
気候は落ち着き、涼しい風が吹いてきた。
丁度この辺りが吹き抜けになっているのだろう。
先程までの騒々しさはなりを潜め、人っ子一人居ない寂しげな土地に着いた。
そこから少し進み、山道を抜けたところで分かれ道を発見した。
この先から2人が来るはずだ。
耐え難い閑暇な時を過ごして数刻。
有り余る元気の化身が姿を現した。
「いっちばんのりー!」
青い返り血を一身に浴びたカグヤが走ってきた。
「随分遅かったな。手こずったのか?」
「コウが何もしないんだもん。だから私が全部片付けたの」
「そうか、まあお疲れ」
そんなわけが無いだろうと思いつつ、山道を見た。
沈んだ顔をしたコウがとぼとぼと歩いていた。
「だ…大丈夫か?」
思わずたじろいでしまった。
「姐さんヤバすぎです…火口が…」
「お前が抑えてくれたんだろ?」
「ええ…まあ」
「お疲れ様。助かったぞ」
俺はそっとコウの頭を撫でた。
すると、コウの表情がみるみる明るくなった。
「ありがとうございます!」
コウが元気を取り戻した。
これからは三人で行動しようと固く誓った。
カグヤの野放しはヤバいらしいから。
俺の選択は間違っていたようだ。




