第十二話 謎の少年
少年が昨日まで身を潜めていた場所へ来た。
結構時間が掛かった。
道中は魔物もいたし、入り組んだ道もあった。
長い道のりを阻む立ち入り禁止区域まで様々。
集落から歩いて小半日。
そのぐらい距離が離れていた。
少年は山の麓に居る。
麓とは平野から高地への移行地帯のことである。
緩やかな傾斜から続く山は雲に届きそうなほど高く、木々生い茂る団地が広く続いている。
奥に見えるのは緑豊かな山脈で、人気の多い村を幾つか発見した。
崖から見下ろせば密林地帯がある。
あそこを歩いてきたのだ。
ここに着いた時点で既に明昼。
地面に布を敷き、休憩を取ることにした。
我先にとカグヤが飛び込んできて、大の字で寝転び始めた。
場所を取られたので、立ち飲み方式で瓶酒を開栓。
全体的に自然が息をしている空気が美味しい絶景スポットだ。座れなくたっていい。
「何飲んでんの?」
興味深そうにカグヤが覗き込んできた。
「フレーバードワイン。蒸留酒にスパイスと果実を加えたお酒だ。しかし失敗した…この味はリキュールに近い。苦手だ」
「なにそれ美味しそう! 飲ませて!」
「構わんが死ぬなよ」
カグヤに一口飲ませた。
すると一気に顔が赤くなった。
倒れた。
べろんべろんに酔って、うつ伏せで大の字になった。
「ほら言わんこっちゃない」
「ちょうちょさんいっぱい見える…」
「発言が危ない」
カグヤに水を飲ませた。
気持ち良さそうに寝始めたので、ローブをかけてあげた。
鞄を枕代わりにして、そっと頭を置いた。
万が一の為、呼び鈴を付けておこう。
古代龍族の耳を持ってすれば遠くに居ても音色は聞こえる。
今から俺一人での探索となるのだから、これぐらいはしておかないと。
警戒を怠らずに先へと進んだ。
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麓と言えど範囲は広い。
行き止まりは無く、裏側に続き一周するからだ。
一周して見つからなければ探査し直して移動する他ない。
そう思った矢先、一つの手掛かりを見つけた。
不自然な地形の埋没と焼け野原である。
ところどころに魔石が落ちていて、大小問わず、ごろごろ散らばっていた。
一際大きく開いた穴には巨大な魔石があった。
大魔術を行使してボスクラスを倒したとみられる。
更に進むと、今度は有り余る水源地。
付近に滝は無く、通じる川も見当たらないので、これも魔術によるものだ。
彫刻にも似た石像は破壊され、削り取られた遺跡の崩落が、術者の人格を雄弁に物語っていた。
それは獣の如く荒々しい賦質の否定者であると。
己の内に秘められたモノを生涯秘め続ける曲解せし求道者。
それが少年の本質と読み取った。
もうこの場に留まる必要は無い。
そうして、歩を進めようとした時。
――天から一筋の雷霆が落ちた。
土の焼けた匂いがする。
喉焼く黒煙が、ここ一帯に充満した。
その黒煙に紛れし影がある。
咳き込みながら此方へ向かってくる。
灰を被った深紅の髪。
痩身が痣だらけでありながら、その金色の両眼は強い光を宿していた。
「予定よりも早く見つかったな。元気してたか?」
俺の言葉は少年に届かない。
言葉は通じないと知っている。
でも一応声をかけておいた。
「……?」
首を傾げた少年。
いまいち状況を理解出来ていないようだ。
手招きしてみると、なんの警戒もせず寄ってきた。
子供の習性だろうか。
俺の腰ほどしかない背丈で見上げている。
「――・・・・・?」
少年が訪ねてきた。
たしかに、これは俺の知らない言語だ。
だがそれも今日まで。
予め用意していた魔道具がある。
懐に手を入れた瞬間、少年が逃亡を図ったので取り押さえた。
「!!・―!―――!」
少年が、じたばたした。
「安心しろ、取って食おうとはせん」
俺は少年を落ち着かせ、首飾りを付けた。
翻訳石と揶揄される青い宝石が嵌め込まれたダイアローグと呼ばれる代物。
民族間で独自に発展させてきた言語や、亜種族の相互伝達に対応し、自身が使用する言語に翻訳してくれる。
この技術、技法は、かの魔術王が編み出したもの。
全くもって原理がわからんし、同じものを作れと言われて作れる自信が無い。
その言語を知らなければどうする事も出来ないからな。
世界中を回る過程で多少の言語は学んだが、どれも一定水準を満たすのみ。
流暢に話せているかと問われれば微妙な感じだ。
「どうだ? 俺の言葉が分かるか」
「!?」
少年は驚いた顔をした。
自身の顔をぺたぺた触り、何かを確認している。
もしくは現実逃避か。
「師匠!」
「は?」
「ありがとうございます!」
「感謝を述べれるのは良い事だ」
少年は涙ぐんでいた。
恩師を師匠と呼ぶ不思議な少年。
奇妙な出会いだった。
---
その後、少年を連れてカグヤの元へ。
着いてすぐ目に入ったカグヤのつまみ食い。
菓子箱を展開し、水筒を開けていた。
あまつさえ干し肉も食べていた。
すっかりピクニック気分だ。
「うまうま」
美味しそうにおやつを頬張るカグヤを、少年はじっと見つめていた。
耳を澄ませば心臓の鼓動が聞こえた。
トクトクと、早い心拍数。
彼は今どんな気持ちなのだろうか。
「その子がその子?」
「ああ。お前がくたばってる間に見つけた」
「ふーん…で、名前は?」
カグヤの反応は冷ややかだった。
理由はわからない。
すかさず少年が前に出た。
「コウって言います! 不束者ですがよろしくお願いします! 姐さん!」
「あねさん? いつから私がおねポジになったの?」
若者言葉なのかよく分からない。
コウという少年は理解してるようだ。
歳が近いもんな。
「何食べてるんですか!?」
コウはカグヤに詰め寄り、鼻も触れそうな距離で言った。
「え…いきなりなんなの。距離ちっか」
お前がいつもしてる事だよ。
と、喉の奥から出かかったが引っ込めた。
「干し肉だよ。食べる?」
「是非とも頂きたいです!」
「じゃああげない。しっしっ」
カグヤは、干し肉を全て口の中へ放り込んだ。
お前の分ねぇからと、目で訴えかけている。
意地悪なカグヤを初めて見たかもしれない。
めげずに突撃する彼を足蹴にして、近寄るなとド突く。
いくらなんでもやり過ぎだ。
「それ以上はやめろ」
そう言ったら、カグヤに睨まれた。
荷物をさっさと片付けて、舌打ちをして、集落の方へ歩いていく。
後を追う形で帰路に着いた。
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開けた道を歩いているのに狭く感じた。
二人の心中が交差して重苦しい空気になり、巻き添いを食う地獄を初体験。
一体全体なんなんだ。
コウを嫌う理由が全くもって見当たらない。
それに今日出会ったばかりだ。
ある訳が無い。
だが、その手の理屈はカグヤに通じない。
嫌なものは嫌と、訳をすっ飛ばして怒鳴られるからだ。
胸ぐら掴むわ、叩きつけるわ、馬乗りビンタ。
俺じゃなくて、コウが受けた仕打ちだ。
感情的になる姿は素敵でも限度がある。
制止させる度、カグヤに吠えられた。
「うるさい」「黙ってて」「アビルには関係無い」と、この短時間で良くもまあ暴言が沢山でた。
いっそ恐怖すら覚えた。
そんなカグヤをコウは慕う。
突き放されてるのにぴったりくっ付いて歩こうとする。
鬱陶しがられても話し掛ける。
健気で可哀想になってきた。
救いの手を差し伸べるべきか否か。
そう考えてる内に集落へ帰還した。
入口付近に一人の女が立っていた。
金色の髪を壮麗になびかせて、鼻歌を歌いながら立っていた。
その正体は、気長に待ち構えていたソアラだった。
彼女はコウをチラりと見て静かに手招きし、ある小屋の裏口にレイブンを呼んだ。
彼女は少年が帰ってきた旨をレイブンに伝えて、皆にも至急、でも、くれぐれも穏便に伝えて欲しいと伝言を頼んだ。
本人に行かせれば良いのではと思ったが、コウは何を言われるか分からない、もしかしたら怒られるのではないかと懸念していて、自分から顔出しはしたくないと消極的だった。
少し青ざめていた気もする。
レイブンが急ぎ足で伝達してくれたお陰で、コウが無事帰還した報せは瞬く間に広まった。
長であるサルバンは「よかったよかった」と安堵した様子で喜んでいた。
此度の勝手は咎め無しに決まり、コウは感謝を述べた。
するとサルバンは「ええ!?」と声を大にして驚いて尻もちを着いた。
それもそのはず。
先日まで言語を介せずにいた少年が、我々と同じ標準語を使用したのだから。
魔道具の説明をしたら納得してくれて、知ってはいたけどどこに売っているのか分からなかったと悔恨めいた雰囲気で語った。
現物は初めて見たらしい。
その後、コウは住人達に怒られつつも暖かく迎え入れられた。
住人はみんな、そっと胸をなで下ろしたような表情を浮かべてコウを取り巻いた。
当初こそ標準語を話すコウに驚いていたが、次第にそれは無くなり、溶け込むようにして弾んだ話へと発展。
終始笑顔で話していた。
やはり言語の壁は取り払うが吉。
一件落着と言えよう。
「結局アビルが全部解決したんだ」
にししと笑うソアラに顔を覗き込まれた。
「まあな。でもお前が穏便を図らなければ彼は軟禁されてたかもしれん。こと、その一点に関しては大いに助けられた。礼を言う」
「どういたしまして。お返しが出来て何よりですぅ」
ソアラはそう言って、俺の背中に顔を埋めた。
義理堅く、可愛げのある娘だ。
「……」
するとカグヤが、ゾッとするほどの無表情でこちらを見てきた。
何も言わない。
表情から感情が読み取れない。
ままある困り事のひとつ。
「コウと話してきたらどうだ? 悪い奴には見えんぞ」
「…気が向いたらね」
カグヤはどうも気乗りしないらしい。
彼女にも得手不得手の性格があるのかもしれない。
頭ごなしに拒否しているようにも見えるが、とやかく言ったところで聞き入れてはくれないだろう。
遠目から見守るとする。
住人達と話し終えたコウはカグヤの元へ一直線に向かい、声を掛けた。
毛嫌いする素振りをカグヤは見せたが、それでもちゃんと話を聞いていた。
睨みかけた目付きでも視線は合わせていた。
時折見えるコウの笑顔からは視線を逸らした。
「二人って仲悪いの?」
ソアラが心配そうに言う。
「正確に言うとカグヤが一方的な苦手意識を持っている。かくいうお前もコウとあまり親しく無いそうだが真偽はどうなんだ?」
「あれは…わたしが悪かった。うん、深くは聞かないで…」
「わかった。まあ、聞いたところでどうにもならんしな」
ソアラは空笑いをして、仲間が待つキャンプへと帰った。
気づけば月の光が眩い。
そろそろ就寝の時間だ。
カグヤを連れてサルバンの元へ向かった。
彼に聞けば宿さがしの手間が省ける。
そう考えて聞いてみた。
すると予想以上にいい所を紹介してくれた。
贅沢にも小綺麗な借家を提供してくれたのだ。
使うのは今日1日限りなのだが、安眠は約束されたも同然。
感動すら覚えてしまう。
就寝準備に取り掛かろうと借りた布団を敷いていたら、何者かの気配を感じた。
玄関に、きょとんと佇むコウがいた。
「夜分遅くにどうした?」
「あの…姐さんと一緒に寝たいです」
コウは膝を擦り合わせるように、もじもじしている。
仕草は完全に女の子だ。
「今呼んでくる」
奥の部屋に戻ると、カグヤが布団をぐるぐる巻きにして抱きついていた。
すごい剣幕で唸り声を上げている。
「近寄らないで! 噛むよ!」
「一晩だけでいい、頼む」
頭を下げてみたが効果無し。
「絶対やだから!」
「お前がそれでいいなら。じゃあまた明日な」
「…え?」
とりあえず荷物をまとめて玄関に。
カグヤは俺が何をする気か察したらしく、喚き散らす声が聞こえた。
そうだよ。
寝るところ変えんだよ。
「という訳で、二人で使っていいぞ」
「ありがとうございます師匠!」
「教えを説いた覚えは無いのだかな…」
コウはカグヤの居る寝室へゆっくりと歩いて行った。
子供同士だし間違いは起こらないだろう。
さて、俺は何処で寝ればいい。
うーむ…よし決めた。
ソアラのいるキャンプにしよう。
早速行ってみた。
ソアラ達のキャンプは、集落を出てすぐ左にある森の入口付近。
小さいテントが三つと、中くらいのテントが一つあった。
辺境冒険者の寝泊まりはテントが主流で、テントが損傷し、使用できない場合のみ宿屋を利用する。
骨組みが折れたり、布が破れたりしたときとかだ。
俺がカランド領で寝屋を提供した時も似たような理由があった。
だから手助けしたのだ。
カランド領に宿屋は無いからな。
微力でも役に立てたのならよかったと今でも思う。
そう思い出に耽っていたら、中テントの中から荒い息遣いが聞こえた。
これはソアラだ。
「邪魔するぞ」
タイミングは最悪だと自負。
でも問題は無かった。
レイブンがソアラの肩をグッと押して、柔軟体操をしていただけだ。
「誰かと思えばあんたか。何しに来たんだ?」
「一晩泊めてくれ」
「いや狭ぇわ」
レイブンは即答した。
まるで、二人だけの時間を取られたくないような雰囲気を醸し出していた。
交渉すべきか。
「酒があるぞ」
男と言ったら酒だろう。
荷物の上に置かれている長剣を見て、レイブンは剣士と断定した。
なら尚更飲むはずだ。
剣士に下戸は、まず居ない。
「安酒なら要らない。生憎、舌は肥えてる」
「気落ちはさせん」
俺は布袋から赤いボトルを出した。
「これは、かの世界最強の剣士【刻紫剣】が愛飲していたとされる名酒。龍の都リンドブルム製の超高級品だ」
俺がそう言うと、レイブンの目の色が変わった。
「はぁ!? 何処でそんなもん手に入れたんだよ!」
レイブンは飛び付くようにボトルを取った。
有名どころだからな。
「丸々一本やる」
「…なら仕方ない。今晩だけな」
許可が降りたので、俺は荷物を置いて横になった。
まもなく蝋燭を消して就寝だ。
ソアラを挟むようにして寝る男二人。
「ふふっ…どっちにしようかなぁ…」
舐めるような蠱惑的な声が聞こえるが、気にせず眠る。
そう考えてる時点で寝れてない。
片目を開けてみたら、下着姿で指を銜えるソアラがいた。
これは非常にまずい。
年頃の娘と同じ空間を選んだのがそもそもの間違いだが、誰も予想しないだろこんなの。
ところでレイブンは寝てるのか…?
気になったので確認してみると、あられもないソアラをガン見していた。
首がしっかりと向いていた。
黙ってサルバンに泊めてもらえばよかった。
翌朝目を覚ますと、ソアラが上に乗っていた。
シャツの中に左手が侵入しており、好き放題されたであろう痕跡が多々見受けられた。
選ばれたのは俺だった。
とまあ現状分析はこれくらいにして、ソアラに上服を着せて二度寝させた。
一晩中怪しい行動を取っていて、まともに寝てないだろうから。
レイブンはテントの隅に縮こまり、ぶつぶつと何かを詠唱していた。
殺意に満ちた顔でソアラの横に移動するさまは、初々しい乙女を連想させた。
思うことは色々あるが、休息としては申し分無い時間を過ごしたと思う。
そろそろこの地を発たないといけない。
俺はテントを出た。
すると、楽しそうな声が聞こえた。
子供。それも男女の声だ。
声がした広場に着いた。
そこでは、カグヤとコウが何かをしていた。
「ほっ! はっ! とうっ! ていやっ!」
カグヤが飛行する五色の玉を避けていた。
赤色、青色、緑色、土色、エメラルド。
大まかに表現するならこの五色だ。
ボンと大きな音が立ち、ドンと砲台に似た音も聞こえた。
かなりの速さで対象を追尾する弾丸を放つ技。
俺が知る技では魔力球だけだ。
目の前で繰り広げられる連続射撃と、陥没痕がその推理を決定づけた。
術者はコウ。上手く加減しながら操っている。
「流石です姐さん。次いきますね」
「ドンと来いやー!」
よく観察してみると、二人は仲良くなっていた。
明るさを取り戻したカグヤは、いつも通り子供達に接する声色で喋り、走り回っていた。
コウは肩の力が抜けたように爽やかな笑みを浮かべていた。
昨日の今日で何があったのだろうか。
こちらとしては嬉しいのだが、急に距離が縮まり過ぎな気がする。
まいっか。
「あっ師匠! おはようございます!」
コウが俺に気づいた。
「おはよう。すっかり元気になったな」
「それはもう勿論。こんなオレを同行させてくれるなんて師匠には感謝しかないです」
何を言ってんだ。
朝から問題提起をしてくるな。
「同行…? 聞いてないぞ」
「え? いや昨日、姐さんが言ってましたよ。師匠がオレを婿にしたいって」
と、言っている間に。
そろりと立ち去ろうとするカグヤ。
「カグヤー?」
「ひぐッ!」
これでもかというくらいカグヤの背筋が伸びた。
ビビりまくりだ。
「一体彼に何を吹き込んだのか、洗いざらい吐いてくれないか?」
「やなこった!」
「いつからそんなに性格がひん曲がったのだ」
「生まれた時からかなぁ」
「コラ、話を逸らそうとするな」
カグヤの首根っこを掴んで定位置に戻した。
「理不尽! 今のはアビルが悪い! アビルが悪い!」
往生際の悪い小娘だ。
この期に及んで激しい抵抗を見せてくる。
「可愛いやつめ。俺から逃げられると思うか」
「悪い人のセリフだよそれ!」
「案外間違ってないかもしれないぞ」
「だろうね。私をコウと二人きりにしたもんね」
「まだ根に持ってるのか」
「一生忘れないよ。気分悪くなったから何かちょうだい」
俺は頬を膨らませるカグヤに団子を渡した。
それはもう大喜びで食べ始めた。
コウと二人きりか…何してたんだ。
「姐さん可愛いですね」
コウがくすくすと笑った。
「愛想はいいかもしれんな」
「そうですね…でも心の中は違いそうです」
「どういう意味だ?」
何食わぬ顔でコウが不安になることを口走った。
「姐さんは誰も好きじゃない。なのに笑顔を振りまいている。あべこべで面白いです」
「そこに俺は含まれているか?」
「誰も…ですからね。含まれてますよ」
その言葉を聞いた時、胸にぽっかりと穴が空いた気がした。
おかしいな。何も考えられない。
「ショックですか?」
コウに顔を覗き込まれた。
「多少…」
時折見せる笑顔は全部嘘だったのか。
人を嘘つき呼ばわりしといて酷い奴だ。
「オレも初めは驚きました。でもそういう人って、たまにいますよね。一定の距離を保つ世渡り上手」
「なるほど。若くして処世術を知る…か。一体誰から教授されたのだろうな」
「誰からでは無く、姐さん自身の人生観から来るものかもしれません」
明るく振る舞うコウに、やんわりと諭された。
清澄な金色の瞳と視線が合い、強がりを暴かれた。
どうやら俺は、他の誰かとカグヤが一緒に居たという事実を否定したいらしい。
親兄妹を除く誰か。
本音を言えば嫌悪してる存在。
いかんな。これじゃあカグヤと同じじゃないか。
それに――、
「能弁な論説をするお前も同じだ」
決めつけにも取れる俺の言葉に、コウは同意するように頷いた。
「やっぱりわかるんですね。魔術王ともなれば」
「カグヤから聞いたのか?」
「いいえ、古い夢に出てきたのを思い出しただけです」
釈然としない言葉を残し。
コウは話に区切りをつけて、ごろんと寝転がってしまった。
日の光を全身に浴びて瞳を閉じ、まるで開放されたかのようなほっとした表情を浮かべている。
夢に出てきたのは俺なのか、はたまた真の魔術王なのかは彼にしかわからない。
口振りからして年齢を詐称してるのは確かで、カグヤに恋慕を抱いている変わり者。
そんな少年の心中など、わかるわけがない。
半ば投げやりな考えに至ったところで、コウのお腹を枕として扱い始めたカグヤがサルバン宅傍にある新しめの小屋を指を差した。
「来る…」
カグヤは小屋を見ないで言った。
視線は空。
好きだな、空。
「何が来るのだ?」
「美味しいものいっぱい」
カグヤはスンスンと鼻を鳴らした。
嗅覚を冴え渡らせ、小屋に潜む食糧を遠くから嗅ぎ分けている。
大したものだ。
「どぎつい香水を振り撒いていた割に、鼻が利くんだな」
「鼻いいよー、昨日食べた物も分かっちゃうよー」
「へー」
彼女が開示した新たな能力に感心していると、小屋の中から大きい背負い鞄を持ったサルバンが出てきた。
サルバンは見つけたと言わんばかりに、静かに眠るコウの横に屈み、とんとんと肩を叩いて彼を起こした。
「準備が出来ましたよ。ほら起きなさい」
「…んん?」
眠そうに目をこするコウに、サルバンが背負い鞄を渡した。
「旅路に必要な物はここに入っています。少し寂しいですがお前が元気でいてくれる事を切に願います」
「ありがとうございます! 絶対無事に帰って来ます!」
「強くなって帰って来なさい」
「はい!」
二人は別れの挨拶を交わした。
一応最後なだけあって、輝いて見えた。
本格的に俺が連れて行く流れになった。
拍手喝采を一人で執り行うカグヤに、今しがた虫唾が走る。
「貴様ら…」
「いいじゃん別に。食糧は自前って言ってたし」
「そういう問題では無い。山岳を跨ぐ大陸横断は危険が伴う。一人ならまだしも、二人を守りながらは…」
「できるっしょ。アビルは天才なんだから」
鋭くも暖かみのある眼光をカグヤに向けられた。
そんな顔で言われたら、拒否出来ない。
やるしかないじゃないか。
「コウをよろしくお願いしますね」
サルバンが柔らかい物腰で言った。
「ああ。急な申し出だが、こちらも世話になったからな。このくらい瑣末なことだ」
「嬉しい応えです。またいらしてください」
「近いうちにな。ソアラにもよろしく伝えといてくれ」
「会っていかないのですか?」
「壮健な姿を一目見ることができた、それで十分だ」
「おやまあ、お優しいことで」
印象的に感じるサルバンの困り顔。
薄々は気付いてるのだろう。
これ以上俺が留まれば、ソアラがしでかす可能性があると。
暴走させたら手に負えんからな。
十年前、既に力負けしてるし。
「これからよろしくお願いします師匠」
「だから、まだ何も教えてないと言ってる」
「これから教えてもらうんです。だから師匠と呼ぶんですよ」
あ…。
なんかこのやり取り懐かしいぞ。
たしか俺も、弟子入り初日に師匠呼びしてたような気がする。
まあでも、途方も無く昔の話だ。
懐かしくはあれど、戻りたいとは思わない。
どう足掻いても出会いと別れは必然で、結末を引き伸ばした分だけ悔恨が募る。
だから俺は、呼べる内に師匠を師匠と呼んだんだ。
コウも、きっとそうだ。
「次は何処に行くの? 楽しみなんだけど」
カグヤは気持ちの昂りを抑えきれてない。
何故わかるのか。
俺が開いた地図を食い入るように見ているからだ。
コウのように心を覗くことは出来ないが、視線、行動から察することは出来る。
500年という年月は、決して無駄じゃない。
「ちと、火山を通るかもしれん。油断は禁物だ」
「ドラゴンがいるかもですね」
「いるだろうな。骨のあるやつがごまんといるぞ」
「ホントですか!? 楽しみです」
コウは拳を連続で突き出していた。
シュッシュッと素早く空を切る音がした。
彼が強さを求める理由は、俺に近いかもしれない。
ただ闇雲に突っ走ることで、到達できる強さがあることを彼は知っている。
それは正統派魔術師とは似て非なるもので、彩られた聖道を歩けず、足場の悪い泥道を擦り歩く苦行の最果て、即ち魔王。
道を踏み外したら誰でもそうなる。
だから俺は途中で引き返した。
丹念に、未来を信じて今を生きていきたいから。




