第十一話 集落
気温の急激な上昇。
拭いても拭いても汗が止まらない。
密林は日陰の役割を持つが湿度は籠るので、直射日光を浴び続けるよりしんどい。
カグヤも具合が悪そうだ。
さっきからフラフラと千鳥足で歩いている。
話し掛けても呂律が回らないようで、支離滅裂な事を口にしたりと、かなり深刻な状態。
回復するまで休ませよう。
丸太の上に座り、水分補給をした。
よろめくカグヤを膝に乗せ、おでこを微冷却して水を飲ませた。
薄ら瞳を閉じて俺にもたれ掛かり、仮眠のお時間へと突入。
幸い心地よい風が吹き始めたので、寝るには丁度いい体感温度だろう。
でもどうせなら魘されずに寝たいよな。
一つ考えてみたのだが、問題が発生したので保留にした。
ま、単純な話。その気になれば密林全体を氷結の大地にすることは可能。
ただそうなると、安地を求める他の生物達が寄ってきてしまう。
外敵を招くわけだから、下手すると生態系を乱しかねない。
安易に気候を変えるのは、よした方がいい。
結論、気合いで歩く。
「カグヤ。もう少し休んでから進もうか」
「うん…あんがと」
楽な道を模索する中で休息は絶対に欠かせない。
危機的状況化で最適解は導き出せないからだ。
常に物腰に余裕があった方がいいし、日がな、のんびりするのも重要だ。
「寝たいから布団になって」
「構わんが、あまり長時間は勘弁だぞ」
「うん、多分大丈夫」
俺はカグヤに優しく押し倒された。
胸元ですやすやと寝始めるカグヤ。
「えっへへ…」
服の中に手を入れてきた。
あー。
「お前もう元気だろ。起きろ」
「ちぇ…バレたか」
狸寝入りだった。
先刻とは打って変わって顔色が良い。
もう大丈夫そうだ。
しがみつくカグヤを起こして、先へ進む。
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日が最も高い位置に昇る頃。
密林地帯の終わりが見えて来た。
進行方向に眩しい球状の光が見えたのだ。
地図によれば、この先に渓流がある。
少しは涼しくなるのではないだろうか。
そう考えてたら肩の力がぐっと抜けたので、ちょっと背伸びをした。
隣を見ると、カグヤが目を細めて周囲を見渡していた。
「静か過ぎてつまんないね」
「安心しろ、ここを抜けたら渓流がある。付近には集落があり人も多いだろう。願わくば、宿があればいいな」
「宿!? 同じ布団で寝れるの!?」
「言っておくが、仮にあったとして部屋は分けるからな」
「…じゃあ別に寄らなくていいや」
気分の乱高下が激しい乙女だ。
一瞥する間もなく、脇腹に鈍痛が走った。
カグヤが俺の脇腹を殴り、我先にと密林を抜けたようだ。
後に続き、俺も密林地帯を抜けた。
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そこからしばらくして渓流に着いた。
流れる川を隔てて木造の家屋が建ち並んでいる。
馬車が止まっていて、行商人の出入りが確認出来た。
タライに水を汲んでいる人がいる。
洗い物に使うのか、結構な量を往復して運んでいた。
ふと、子供達の笑い声も耳に入った。
長閑な集落だ。
立ち話をしている人もちらほら見受けられ、その中にはカグヤもいた。
突撃訪問はお手の物らしい。
カグヤと話をしているのは動きやすそうな服装をした男女数名。
短剣や弓を持った人達だ。
見るからにここの住人ではない。
それこそ辺境冒険者だろう。
「あ! アビルが来た!」
カグヤに指を差された。
辺境冒険者達は、一斉に視線を此方に向けた。
たった一人だけ目を見開いた者がいる。
背の高い女だ。
俺と同じ青い瞳に、ウェーブを持つ金色の髪をしている。
肩にかかるくらいの長さで、二つ結びだ。
見覚えのある人相は彼女だけ。
後は知らん。
呆然と立ち尽くす俺の元に、女が駆け寄ってきた。
全力疾走で。
「久しぶり…だね」
真っ直ぐ向かって来たと思えば視線を逸らし、髪を弄りながら話しだす女。
汗だくで胸元をパタパタと仰いでいる。
名前は何だったか。
「すまん。顔は覚えているのだが、名前を忘れた」
「酷い! あんなに愛し合っていたのに!」
「誤解を産む言い方はやめろ。誰だ貴様」
「ソアラだよ! 忘れたとか最低!」
言われてみれば、そんな名前だった気がする。
最低呼ばわりは甘んじて受け入れよう。
「ソアラか、覚えた。もう忘れないから許してくれ」
「じゃあ許す…」
唇をとんがらせてチラ見してくる彼女。
暑いからと上着を脱いで、無防備さをアピールしている。
そうだコイツだ。完全に思い出した。
10年前、カランド領でねぐらを用意してあげた時、やたら誘引してきたのがソアラだ。
見覚えがあるとは思っていたが、あの時より大人びていて確信が持てなかった。
背は伸び髪は伸び、胸部の発達に白粉の香り。
何から何まで淑女のそれである。
幸い記憶が甦ったから良かったものの、他人行儀を受ければ永遠に思い出せなかっただろう。
殆ど別人だからな。
「貴方はちっとも変わらないのね」
ジトとした目でソアラに見られた。
「不老不死も楽では無いぞ。暇過ぎて鬱になりそうになる」
「そうなんだ…でもちょっとだけ羨ましい。好きな人に会うとき、肉体の全盛を保ったまま会えるんでしょ? それって狡いよね」
ソアラは眉を曲げて、困ったように言う。
寂しいような、悲しいような。そんな感じの顔をしている。
「一理あるな。でも、成長が止まるのは辛いものだ。移ろいゆく景色に逆行する人間は必ずしも華々しい生き方は出来ないからな。俺からしてみれば、お前の様に自由を謳歌する人間の方が余程魅力的だ」
「何よ。突然褒めちゃって」
「事実を言ったまでだ。どうやら俺は邂逅を喜んでいるらしいぞ」
「んえ!?」
おお、ソアラの顔が真っ赤になった。
照れているんだな。
顔に出やすいタイプなのだろう。
感極まった彼女に、俺は力強く羽交い締めにされた。
「うお…お」
カグヤもそうだが、俺が巡り会う女性はどいつもこいつも膂力が桁外れである。
取っ組み合いは絶対にしたくない。
「今晩一緒に寝よ」
「悪いが、それならカグヤと一緒に寝てくれ。護衛してくれるなら報酬を支払うぞ」
「毎度ありー」
ニシシと変な笑い声がした。
狙っていたな、これは。
まあ何にせよ願ったり叶ったりだ。
多少調べ物があるし、宿も探したい。
待てよ…彼女らがここ居るということは宿があるのか?
ここの集落の長に聞いてみよう。
ソアラに前金を渡し、ついでに長の元へ案内してもらった。
長の家は集落入口を通過してすぐにあった。
こじんまりとした家屋だ。
世俗から切り離されたような空間にひっそりと存在する風情ある家だ。
中に入ると一人の若い男が居た。
青い長髪の優男だ。
農具が掛けられた壁を背にして、温和な表情を浮かべている。
ずかずかと乗り込んで、当然と言うべきか視線が合った。
「おやおや、想い人を連れてくるのが随分早いですね」
男はクスリと笑った。
「挙式はここであげるのでよろしくお願いします!」
ソアラの張り上げた声に悪寒が走った。
狂乱せし淑女の妄言である。
「戯け、誰が結婚すると言った」
「えーいいじゃん別に。ワタシじゃ不満?」
「手近かで済ませようとするな。亭主探しにもっと精を出せ」
「ケチ」
「ケチじゃない」
恋人繋ぎを強要するソアラを座らせた。
人目をはばからず惹きつけようとするので。
まして、長が目前に居るのに。
当の長は面白おかしく笑っているが、気を遣わせている気がしてならない。
思い違いだと助かるのだが。
「礼節を弁えず申し訳ない。して、ここの長はお前か?」
「ええ、わたくしが統治しております。名をサルバン。以後お見知りおきを」
「そうか、ではサルバン。不躾けで悪いが暫くの間ここに定住させてもらえんだろうか」
「構いませんよ。こんな名も無き小さな集落で良ければ」
あっさりと許可が下りた。
寛大だ。
「かたじけない」
「あなた様の御名前を伺ってもよろしいですか?」
「そうだ、俺の自己紹介がまだだったな。俺はアビル。しがない魔術師だ」
そう告げた途端、長の目の色が変わった。
「アビルって、あのアビルですか?」
「あの、が何かは知らんが、姓はスターマインだ」
「成程…やはり」
「何がやはりなのだ?」
「先日友人がここを訪ねまして、子連れの魔術王がどうのこうの言っていたもので」
「…齟齬は無いにしろ、異名があんまりだな」
「わたくし的には懇篤のある異名だと思いますがね」
褒め言葉なのにモヤモヤした。
拒絶したい訳では無いが、受け入れ難いのもまた事実。
噂はここまで広まっていたのか。
嫌だな。
ふと、隣に視線をやると、魂の抜けたソアラが横たわっていた。
「もう子供いたのね…あの子なの?」
そう言って俺の膝を突くソアラ。
だらしない姿にも見えるし、哀愁漂う姿にも見える。
「カグヤは拾い子だ。道に迷っていたところを保護した」
「嘘つけ、この」
「事実だ。あやつの父は既に故人で、母親は行方不明。此度の目的は彼女の母親を探す事であり、それ以外の理由で二人旅をしているのでは無い」
「…なんか聞いてごめん」
「気にするな。俺に痛手は無い」
俺が話してよかったのだろうか。
ソアラの性格上、無闇矢鱈に言いふらすとは思えないが、他人の家庭事情を暴露するのは如何なものかと己を省みた。
俺の悪い癖だ。
自重しよう。
「そうだ、アビル殿に一つお願いが」
サルバンが閃いたように手をポンと叩いた。
「なんだ?」
「ちょっとした人探しです。4日前から姿が見えない少年がおりまして」
4日か…。
微妙だ。
まだ焦る期間ではないが、環境によって生存できる日数は大きく変わる。
無知にも毒草畑に足を踏み入れれば、即日で天使の仲間だ。
悠長にしてられない気はする。
「特徴を言ってくれ」
「赤色の髪に小柄な体躯。この世界には無い言語を使います」
この世界に無い言語?
どういう事だ。
「ちょっと待て。言葉が通じんのでは発見したとて味方と認識されないだろう、俺が」
「その点は問題無いかと。あの子、意思疎通は出来るんですよ。特に若い女の子に対しては過敏で、感情は疎か、誰が誰を好きかさえ当ててしまう。神通力とでも言うんでしょうかね…」
「若い女…ならソアラに付いてきてもらえばいいか」
「残念なことに、ソアラはあまり好かれておりません」
「じゃあカグヤに同伴させるか」
「その方が宜しいかと」
などと、二人で物議を醸した。
眉間に皺を寄せるソアラを宥めつつ、少年の特徴について更に詳しく聞いた。
特異な能力を持つ摩訶不思議な齢9つの少年との事。
魔術五大属性を初めから扱えるのに魔力許容量が極端に少ないという、ちぐはぐな性質を持った人間。
どうやら、彼もまた拾われた子らしい。
行方をくらましたのは4日前で、どの方角に向かったかは分からないそうだ。
そのあたりは手当り次第で何とかなるだろう。
カグヤと合流し、作戦を練る事にした。
驚いたことにカグヤは子供達とまで仲良くなっていた。
広場に据えた箱に座る俺の前には、結構な人数が集まった。
少年少女合わせて30は超えよう。
捜索隊を結成出来きそうな人数。
催し物でも始まるのかと、心の中で叫びたい。
「どういうつもりだカグヤ」
「人手は多い方がいいじゃん」
「周辺の地理に詳しい者に手を借りるのは至極正道だが、あくまでここ近辺での話。離れに身を移せば安全は保証出来ん」
「なら絞ろうよ。そのくらいできるでしょ?」
簡単に言ってくれる。
生意気なその口調で。
「お前のそういう所。俺は嫌いじゃない」
俺は寸時の瞑想に入った。
魔術を用いた探査網を蜘蛛の巣状に張り巡らせて、特定の人物を割り出す。
次に、地脈から流れる魔力を辿り、少年とおぼしき人間を絞り込む。
大まかでは駄目だ。
「あはははは! 待て待てー!」
カグヤが子供達と遊び始めたようだ。
うるせぇ…。
「ん?」
背中に重みを感じた。
甘みのある爽やかな香りもした。
この匂いはソアラか。
彼女が持たれかかっているのか。
ふと集中力が切れそうになり、眠くなってきたところで、
「やっとか」
探査に引っかかった。これは男だ。
しかし種族と年齢がそぐわない。
もう一つかかった。歳こそ近いがこれは女だ。
この二名のみがかかった。
奇しくも当たりがなかった。
人通りが少なく、すぐに発見できると踏んでいたがもう暫く掛かりそうだ。
「コイツ、魔術師なのか?」
不意に男の声がした。
瞼を閉じているので顔は分からない。
「そうだよ。なんたって、あの有名な魔術王様なんだから」
ソアラが応対している。
俺を挟んだ二人の会話だ。
「魔術王ねぇ…あんまし良い噂は聞かないぞ」
「そんなの知ってるよ。その上でわたしは気にしない。わたしの知らないアビルはアビルじゃないから」
「お前がそれでいいならもう何も言わない。けど、釣り合わないとは思う」
「…どういう意味?」
少し間を置き、男が話す。
「時の流れがまるで違うんだ。コイツからすればお前は小娘で、俺達からすれば立派な大人。不老不死は多分、年齢を気にしない。だからお前を若い女と呼ぶ。誰だって歳はとりたくない、全盛を維持したい。或いは、それは、この世に生きる全ての女性達の悲願なのかもしれない。でもな。日常的に変化する事象に逆らい、生き続ける人間はもう人間じゃない。だから…お前は人間として生き、人として死ぬべきだ」
真っ当かつ、反論の余地も無い見解。
男の言う通りだ。
俺は瞳を開け、男の顔を見た。
若く逞しい顔をした青年だった。
「意外にも頭が回るらしいな小僧」
「あんたほどじゃない。ただ思ったとこを口走っただけだ」
「一党のリーダーはお前か?」
男は頷かなかった。
でも間違いでは無いようだ。
「レイブン。巷ではそう呼ばれてる」
「覚えておこう。彼女が身を寄せる男の名だしな」
「あんた何処でそれを」
「なにも、ただ思ったことを口走っただけだ」
「憎まれ口はソアラが言ってた通りかよ…」
「まあそんな事より、先に謝った方がいいのでは無いか?」
俺が起きる寸前の怒気を思い出した。
背中から感じたんだ。
「レイブン嫌い!」
ソアラが繰り出す拳の一閃。
地面に伏したレイブンに意識は無い。
そして、同時刻。
赤髪の少年を補足した。




