☆9 「錬金術の天才かもしれない」
町外れの石碑の前につくしが現れる。
周囲には待ち合わせや相談をしているパーティーがちらほら見える程度で、プレイヤーの数はそれほど多くない。
つくしは死んだ場所に残されたアイテムや経験値を取り戻すため、すぐに森へと向かった。
途中、倒せそうな敵や採取できる草を見つけたが、装備がない状態では話にならない。「がまんがまんっ」と見て見ぬふりをしながら歩き続ける。そうして道なりに行くと、自分の名前が刻まれた墓石を発見した。
「よかったぁ、見つけやすい場所にあって」
つくしからみれば目立つ場所にあるが、無関係なプレイヤーが墓石を見ることはないので邪魔になることもない。
道端に設置された墓石につくしが手を触れると、失った経験値が即座に回収される。
つくしが全てのアイテムを回収すると、役割を終えた墓石は幻のように消えていった。
「でもなんで爆発しちゃったんだろ。もしかして錬金術って、使うと爆発するようになってるのかなあ」
二度の爆発を受けて、つくしは錬金術に疑いの目を向けた。自分に原因があるとは露ほども思っていない。
取り戻した武器と防具を装備しなおし、つくしは最初に失った経験値を探してまた歩き出した。
しかし先へ進むつくしの前に、狼――フォレストウルフが現れた。道の真ん中に、番人のように佇んでいる。
まだ向こうはつくしを敵として認識していない。つくしは蘭と一緒に戦ったときのことを思い出していた。
「武器も強くなったし、いまのつくしならいけるかな?」
ラージラットを一人で倒したことで、つくしは少し気が大きくなっていた。
ずしりと重いククリナイフを鞘から抜いて両手に握り、つくしはじりじりとフォレストウルフに近づいていく。
フォレストウルフが吠えた。索敵範囲に入ったのだ。地面を蹴ってつくしに向かってくる。さっきまで戦っていたラージラットとは桁違いの大きさと迫力に、つくしは慌てた。
「あわわわわっ」
つくしはやたらめったにナイフを振り回すが、まともに当たりもしない。フォレストウルフは気にも止めずに襲いかかる。獰猛な牙をむいてつくしに噛み付いた。
ガブガブと噛みつかれながら、つくしはなんとか応戦するが、ナイフで斬っても刺してもダメージ量は微々たるものだった。つくしの受けているダメージのほうが遥かに大きい。
噛み付いたフォレストウルフはつくしから離れようとしない。
「いたいいたいっ。いたいってばあ。噛まないでー! つくし美味しくないよー! ――あっ」
フォレストウルフがつくしに前足をかけ、のしかかってきた。体の大きさはつくしと同じくらいだが、力比べは完敗だった。つくしはそのまま地面に押し倒された。
倒れたつくしをフォレストウルフは前足で押さえつける。つくしは手足をばたつかせてもがいてみせたが、なんの効果もなかった。
されるがままに攻撃を受け続け、HPはどんどん削られていく。そしてそのままつくしは死んだ。
「わーん! おおかみ強すぎるよお!」
死に戻ったつくしは、復活してすぐに脇目も振らず森へと走った。
自分の墓石が見えるところまで戻ってきたつくしは、周りを見てフォレストウルフがいないことを確認し、すばやく経験値とアイテムを回収する。
そして走ってもとの道を引き返し、そろそろいいかな、というところでつくしは立ち止まった。
「あー怖かった。ここまで来れば大丈夫だよね……。でもあのおおかみ、ほんとに強いなあ。つくしでも勝てるようになるのかなあ」
フォレストウルフは強敵だ。武器がちょっと強くなった程度でなんとかなるような相手ではない。
「ううん、レベルを上げればきっと勝てるよねっ」
弱気を振り払うように首を振って装備を着け直す。
つくしは周辺を探索しながら、ネズミやヘビなどの低レベルモンスターを見つけ次第、戦いを挑んでいく。倒しても経験値はあまり増えないが、モンスターと戦う行為そのものがつくしにとっては新鮮で楽しかった。
何回か戦闘を繰り返したあと、つくしは戦闘前と比べて微妙に増えた経験値ゲージと、目に見えて減ってきたHPゲージを見て、両腕をぐいっと伸ばした。
「うーん。やっぱり攻撃くらっちゃうなあ。自分で回復できれば気にしなくてもいいんだけど、つくしヒーラーじゃないしなー。回復アイテム買えるほどお金もないしー」
つくしは道端に座りながら町で見かけた回復アイテムの値段を思い出していた。座ったことでつくしのHPが少しずつ回復していく。時間はかかるがお金のかからない回復手段である。
「じっとしてるのヒマだよぉー。なんか良い方法ないかなあ。お金かからなくてヒーラーじゃなくても回復できるよーな……」
ごろんと寝っ転がるつくし。
見上げると、逆さまになった地面にヒールハーブが生えていた。それも、一箇所に沢山かたまって生えている。群生地だ。
「あ、そっか。つくし錬金術師なんだから、自分でヒールポーション作ればいいんだった。たくさん作っておけば、買わなくても使い放題。うーん、錬金術師ってすごい!」
つくしは勢いよく立ち上がり、嬉々としてヒールハーブを採取していく。そこには緑色のキノコ――グリーンマッシュルームが紛れるように生えていたのだが、つくしは気づかずにまとめて採取した。
そして錬金釜を取り出すと、持っていたヒールハーブをありったけ――グリーンマッシュルームごと投入した。
「いっぱい材料入れれば沢山つくれるよね!」
その精神である。
つくしは火の付いた錬金釜の中身をぐりぐりとかき混ぜていく。
材料はやがてどろどろの液状になり、ぷすぷすと煙が出てくる。
そして液体はきらきらと発光しはじめ――錬金釜が爆発した。
「えーっ。なんでー?」
爆発のダメージによって、またもやつくしのHPはゼロになっていた。
今日何度目だっけ、と思いながらつくしは慣れた手付きでリスポーン地点に復活する選択肢を選んだ。
町外れに戻ってきたつくしは、迷うことなく森へと向かう。
「いいもん。戻れば経験値も回収できるし場所もわかってるし」
歩くこと数分。墓石に触れて失った経験値を取り戻したつくしは、いつものようにアイテムをまとめて回収した。
装備を着けたあと何気なくインベントリを眺めていると、これまでに拾った雑多なアイテムの中に、使い切ったはずのヒールポーションが紛れ込んでいることに気が付いた。
「あれ? このポーション。もしかして、つくしが作ったやつかな」
取り出して見てみると、支給されたヒールポーションとは少し色が違う。支給品は半透明な赤色をした液体で、見た目にも綺麗だったのだが、いま手元にあるポーションは灰色に濁っている。綺麗とは言えない。
「うーん? まあポーションはポーションだし……?」
とりあえずまたインベントリにしまう。
インベントリの中身は、つくしが拾ったものが雑然と並んでいてごちゃごちゃしている。探してみると、同じようなポーションを3つ見つけた。
「えーと、この3つ、ちょうどつくしが調合した数だよね。やっぱりこれつくしが作ったのだ。爆発したから失敗したんだと思ってたなー。そっかー、爆発してもできるんだ。ふーん。あ、こっちのは〈ヒールポーション+2〉って書いてある。もしかして、材料たくさん入れたから?」
錬金術師の調合では、材料の種類によっては通常レシピより余計に入れることで効果が増すものもある。今回のヒールハーブが代表的な例で、つくしが通常の3倍の量を投入したことで+2の値がついていた。
なお、この知識はチュートリアルで教わるものなのだが、つくしは覚えていなかった。
「これって、すごい秘密じゃない? ……つくし、錬金術の天才かもしれない」
ひとり喜ぶつくしの目に、生え揃った沢山のヒールハーブが飛び込んできた。
「さっき採ったところからもう生えてる!? すごい! えいきゅうきかんだ!」
採取した植物は、時間が経つことでまた成長する。種類によって時間は異なるが、ヒールハーブは特にそのサイクルが早かった。
つくしはさっそく錬金釜を取り出して、ヒールハーブを収穫したそばから釜の中へ投入していく。その中にはやはりグリーンマッシュルームが混じっていたのだが、つくしがそれに気付くことはなかった。
かくしてつくしは爆死した。本日4度目の爆死である。