☆18 「さかなが飛んできた」
足元の岩肌が、海の水に濡れて黒く光っている。
砂浜からなだらかな曲線を描いている海岸線は、つくしたちのいる場所を起点にほとんど直角に折れ曲がり、そのまま海に突き出るように伸びている高台の岬へとつながっていた。
「わっ、とと」
「足元危ないんだから、気をつけなさいよ、つくし」
岩のくぼみにつまづいたつくしにジャスミンが注意を促すように言った。
「ねー、ジャスミン、手つないでもいい?」
ジャスミンの顔を見上げながら、つくしが言う。
「は、はあ? 遠足じゃないのよ。そもそもいつ敵に襲われるかわかんないんだから、いつでも攻撃を防げるように盾を装備したほうがいいわよ」
「そっかあ」
残念そうにレザーシールドを装備しなおすつくしを見て、ジャスミンは咄嗟に断ってしまった自分を悔いた。
昔から、変なところで真面目に考えてしまうせいで友達が作れずに生きてきたのだ。せめてゲームの中くらいは友達と仲良く過ごしたい。
ジャスミンはちらりと考えて、装備していた盾を外して背中に背負うと、空いた左手をつくしにさしだした。
「んっ。まあここは安全そうだし、どうしてもっていうなら手をつないであげても――」
「ジャスミン、危ないっ」
海から飛び出してきた何かが、咄嗟につくしが構えた盾にぶつかった。
それは流線型のフォルムをした細長い魚だった。盾に当たったにも関わらず、魚は地面に落ちることなく空中に浮かんでいる。ヒレを羽のように羽ばたかせて空を飛んでいるのだ。
「さかなだ! ジャスミンっ、さかなが飛んできたよ!?」
その魚――フライングフィッシュは、鋭く尖ったくちばしでつくしを攻撃しようとつついてくる。
ジャスミンは急いで盾と剣を構え直し、ふよふよと浮かんでいるフライングフィッシュに斬りつけた。
「ジャスミンの言ったとおりだね! 盾装備しててよかった」
「……そ、そうね」
複雑な表情を浮かべながら、ジャスミンはスラッシュを繰り出す。その攻撃であっさりHPを削り取られたフライングフィッシュは、飛ぶ力を失ってぴちぴちと岩の上で跳ねた。
「最初はびっくりしたけど、大した敵じゃないわね」
かろうじて生きていた獲物に止めをさすと、海の中から2匹目のフライングフィッシュが飛んできて、つくしのお尻に突き刺さった。
「いったあーいっ!」
つくしがおしりを押さえてのけぞった。HPが一気に1/4近く削られる。
海の中から飛び出してくるだけあって、初撃の威力だけはなかなかに高い。
「つくし、大丈夫!?」
ジャスミンがおしりに刺さったフライングフィッシュを叩き落とす。
「うん、へーき」
つくしのお尻を気にしながらも、ジャスミンは落ちた魚を倒してドロップアイテムを拾っていく。その間につくしは自作のヒールポーションを飲んでHPを回復した。
「ジャスミ~ン……つくしのお尻、穴あいてないよね?」
お尻を手で触って確かめるつくしだったが、自分では見えなかったのでジャスミンにお尻を向けて突き出した。
「バカね。ダメージ判定で少し赤くなってるけど、平気よ。すぐ治るから」
「えーっ、なんかやだなあ」
「また来た!」
岩に打ち付ける波に混じって、フライングフィッシュが飛び出した。ジャスミンは突撃を盾で防いだあとすぐに斬って落としたが、次の波でさらに数匹が一斉に出てきたのを見て顔を引きつらせた。
「いちいち相手してたらキリがないわ! つくし、あの岩まで走るわよ!」
「りょーかいっ」
海に向けて盾を構えつつ、走って危険地帯を突っ切っていく。フライングフィッシュは最初の突撃こそ速いものの、空中での動きはゆっくりとしたもので、一度避けるか防ぐかしてしまえば逃げるのは簡単だった。
「ふうっ、ここまで来ればこっちのものね!」
大きな岩の影に入ったジャスミンが後ろを振り返って一息ついた。フライングフィッシュは何匹か付いてきていたが、それもすぐに海へと戻っていく。
「きゃーっ。ジャスミンたすけてー!」
つくしの悲鳴が岩に反響して響いた。
「つくし!?」
見ればつくしの両足が膝まで岩にはまっている。いや、岩に見えたものはうねうねと動くやわらかい生き物だった。表面は岩と同じ色をしているが、ナマコのような皮膚は粘液で覆われて光っている。それがつくしの足を飲み込んでいるのだ。
「なにそれ! 気持ち悪い!」
ジャスミンは一歩後ろに下がった。
「気持ち悪いのはつくしのほうだよおっ」
つくしは両足を動かせないまま、必死にナイフをうねうね生物に突き刺して抵抗している。
「つくし……! 動くんじゃないわよ!」
ジャスミンがつくしに向かって剣を振り上げる。
「えっ、ジャスミン?」
「〈パワースマッシュ〉!」
ジャスミンの全力全開の一撃が、つくしの足元に叩き込まれる。うねうねした生き物は一撃でHPを粉砕され、どろりと溶けてつくしは開放された。
「びっくりした。つくし殺されちゃうかと思った。でも、助けてくれてありがとジャスミン」
ジャスミンは周囲を確認しながら剣を収める。
「これから先、ああいう気持ち悪いのが出るのかしら……。あ、レベル上がったみたい。つくしはそろそろHP回復したほうがいいんじゃない? 結構減ってるわよ」
「あ、うん。そーだね」
つくしはもじもじと足踏みをして体をくねらせている。ジャスミンが首をかしげた。
「どうかしたの、つくし?」
「……おしっこしたい」




