第37話 エルセラム商業ギルド理事会
エルセラムの街の商業ギルドの理事会が開かれていた。
「最近、カーミラブール商会並びにカーミラブール仲卸商会に対する苦情が相次いでおる。特に、材木、石材、綿織物で、不正な買い占め、不正な値引き、さらには、不正な老舗の買収をしておるなどの苦情が、理事会に上がっておる。エルセラム商業ギルドは、エルセラム内の商人の不正を防ぎ、不正を働く商人があれば、これを正す責務がある。まずは、この件についての皆様方のご意見を聞きたい」
早くも、新参者のカーミラブール商会に対する排斥の動きが出始めた。
カーミラブール商会が不正を働いていると述べているが、その実は、自分たちの既得権益を奪われるのを恐れての発言だった。
理事会に出席している理事の中で、真っ先に手を挙げて発言を求めたのは、ドリップ商会エルセラム支店の現在の支店長エメラルダ・ドリップ。ランド・ドリップの2つ上の姉であり、もし男に生まれていたらドリップ商会を、間違いなく継いでいただろうと言われている女傑だった。
40歳を過ぎても、まだ20代後半に見える美貌の持ち主で、弁舌も爽やかで、胆力、魅力、才能ともにあふれる人物だった。
先代が死亡したときには、まさか、ドリップ商会を大人しく愚弟のランド・ドリップに譲るとは思われていなかったが、本人はあっさりと身を引いてエルセラムの支店長になり、ドリップ商会会長になった弟を影から支えていると噂されている。
そのエメラルダ・ドリップは、ドリップ商会の最高顧問に就任して、王都のドリップ商会を思うままに操っているカーミラとは仲が悪いはずだと、周りに思われている。
だから、エメラルダが発言を求めたとき、その発言は、当然、カーミラブール商会に対する非難になるだろうと思われたので、理事長のグロイセン・ケスラは、笑顔でエメラルダ・ドリップの発言を許可した。ところが、
「カーミラブール商会やカーミラブール仲卸商会が、不正な買い占め、不正な値引き、不正な老舗の買収をしているなどというのは、到底、信じられませんわ。カーミラブール商会のブール騎士爵様は、王都の名士のお一人、宰相様の信任も厚きAランク冒険者でしてよ。その御方が経営に参画しておられる商会を不正だなどと非難するには、よほどの証拠があってのことだと思いますが、ここにその証拠をお出しくださいませ。その証拠も提出せずに、不正を申し立てるなら、貴族であるブール様に対する侮辱に他なりませんことよ。平民の貴族への侮辱罪は死罪と決まっております。そのお覚悟があっての告発ですか?」
と一気にまくし立てた。
理事長のグロイセン・ケスラは、ケスラの家名を名乗っているが、その家名は金で買ったもので、身分的には平民に過ぎない。カーミラへの反感から、カーミラブール商会への反感を掻き立てようとした発言に、冷水を浴びせかけられた格好になった。
エメラルダの追及に、怒りで顔を真っ赤にしながらも、言葉に詰まって何も言い返せなくなった理事長のグロイセンに、エメラルダは追い打ちを掛ける。
「そもそも、その告発をもたらした者は、何所の誰ですか?その者が平民ならば、故なき貴族への告発は一級謀反罪、本人のみならず家族も死罪、一門断絶は必至です。さあ、誰が、そもそもの告発をしたのか語ってもらいましょう。たとえ、ここで沈黙を守っても、グロイセン殿は司法院の責めを免れますまい」
司法院の責めという言葉を聞いて理事長はグロイセンは真っ青になった。
司法院の責めを受けて命が助かった者はいない。司法院に連れ去られた者は、有罪であろうが無罪であろうが、恐ろしい拷問に死ぬまで攻め続けられるという。
グロイセンは、地面に伏せた土下座のように態勢になり、
「私が軽率で御座いました。先の発言は取り消しますので、どうか、司法院への告発はお許しくださいませ」とエメラルダに懇願し始めた。
商業ギルドで、今日まで築き上げてきたグロイセンの立場も信用も、この一瞬で崩れ去った。
「なりませぬ。平民による貴族への故なき告発を見逃せば、王国への不忠となります。あなたを司法院に告発して、真実を明らかにせねばなりません。私はこれから、司法院に向かいます」
そう言い放つと、エメラルダは、商業ギルドの理事会の会議室から出て行ってしまった。
それを跪いたまま、呆然と見送っていたグロイセンは、やがて、我を取り戻して、慌てて、自分も会議室から走り出た。
この一連の出来事を、呆気にとられて見ていた他の理事たちは、不安そうに左右の席の者と小声で話し合ったりしていたが、やがて、1人、また1人と会議室を後にした。
そして、その夜のうちに、グロイセン商会は夜逃げした。




