1話 獲物
2歳年下の妹シャルロットが学園に入学して以来。
私のおだやかだった学園生活が、ジワジワと病におかされていくように変わっていった。
私と同じ年の婚約者、トレザン侯爵家の次男セルジュに『うちの庭で桔梗の花が咲き始めたから見に来ないか?』とさそわれて来てみると……
トレザン侯爵家の庭園の一画で、セルジュの言うとおり星の形をした紫色の桔梗の花が咲きほこっていた。
桔梗の花に大輪の薔薇のような豪華さや、デイジーのような可愛さは無いけれど。それでも私は、この異国の花がお気に入りなのだ。
凛としたたたずまいが背筋をピンッ! とのばした誇り高い貴婦人のようで親近感がわいたから。
私が桔梗の花をながめていると、なぜかセルジュは険悪な表情で私を睨みつけてきた。
「セルジュ? そんなに怖い顔をして、どうしたの?」
お父様に似た青い瞳とこげ茶色の髪のせいか? それとも私自身の性格のせいか? 私は初めて会った人にキツイ印象をもたれるけど。
私よりもうすい茶色の髪と瞳をもっているセルジュは、私とは反対に会った人たちにおだやかな印象をあたえる。
そんなセルジュがタレ気味の目をキッ! ……とツリ目にして私を睨んできたのだ。
「デルフィーヌ、君が妹のシャルロットを虐待したと聞いたよ。姉として恥ずかしくないのか?」
「私が妹を虐待したですって⁉ セルジュ、それはいったい何の話なの?」
「知らないフリをする気か? 昔から知っていたから僕は、君のことを理解していると思っていたけど…… 本当はこんなに陰湿な性格だとは知らなかったよ!」
セルジュは怒りを爆発させて怒鳴った。私は大きな声に驚きビクッ! と身体を強張らせた。
どうやらセルジュがトレザン侯爵家の庭園に私をさそったのは、桔梗の花を見るためではなく。
本当は妹の話をするのが目的だったようだ。
「ひ、ひどいわ…… いきなり怒鳴りつけるなんて。 私はあなたの婚約者なのよ⁉」
(いつものセルジュとは別人みたいで怖いわ。何があったというの⁉)
「学園に入学したばかりのシャルロットに僕が親切にしたから、君は嫉妬してシャルロットに意地悪をしていると聞いたぞ!」
面倒見の良いセルジュは、姉の私よりも妹のシャルロットに頼られているのは知っていたけど。
「嫉妬?」
お互いの親が一緒に事業を経営していて、私の家ロンスヴォー伯爵家とセルジュのトレザン侯爵家は、昔から家族ぐるみの付きあいがある。
私たちは両家の結びつきをより強くするため、学園へ入学する前に婚約した。
「嫉妬からシャルロットを傷つけておいて知らないフリをするデルフィーヌのほうが、よっぽどひどいじゃないか! 君がそんな人だったなんて…… 僕は裏切られた気分だ!」
「待って! 私は本当に知らないから、あなたに聞いているの! セルジュはなぜ、私が妹を虐待していると勘違いしたの?」
「勘違いだって? 僕はシャルロットの手首にある、痛々しい痣をこの目で見たんだ!」
「手首の痣⁉」
「そうだよ。あんな痣ができるほど、君は病弱なシャルロットの手首を強くつかんで、引っ張ったと聞いたぞ!」
(今さら何を言っているの? シャルロットが本当に病弱だったのは幼いころのことで、今は私と同じぐらい健康だわ)
でも病気のフリをすれば、幼いころのように両親がシャルロットを甘やかすと知っているから。
シャルロットは自分に都合の悪いことがあったり、我がままを言いたい時に病気のフリをする。
家族はそのことを知っているけど、知らない人はセルジュのようにシャルロットは病弱だと思い込むのだ。
「手の痣のこと、シャルロットに聞いたの?」
(シャルロットはセルジュの同情をひくために、ウソをついたのね)
「かわいそうに…… シャルロットは泣きながら君を怒らせたと悲しんでいた。あんなに優しい子を、君はよく傷つけられるな?」
妹は自分の不注意で手首にケガをしたのに。
「シャルロットの痣のことなら知っているわ。あれは自分で扉に挟んで痛めたのよ」
(優しいですって? あの娘のどこが優しいの⁉)
私が先月の誕生日にお祖母様にいただいたブローチを、貸してくれないから自分の注意が散漫になりケガをしたのだと。
そんなわけのわからない理由をつけて妹は泣きじゃくった。
ケガは私が意地悪をしたのが原因だと、私を悪者にした。
そして………
『姉なら妹にブローチぐらい貸してあげなさい!』
……と私はさわぎを聞きつけた両親にしかられた。
結局、ブローチを妹に渡さなければいけなかった。たぶん私の手に2度とブローチは戻ってこないだろう。
『貸してほしい』といいながら、妹のシャルロットが私の物を返してくれたことはない。
そのことを両親に訴えても、妹は『返した』『なくした』とウソをつき私が悪者にされる。
ひどい時は私が貸した物を勝手に友達にあげてしまう。
(だから貸したくなかったのに……)
「もうやめて、セルジュ!」
(ただでさえお祖母様にいただいたブローチを、シャルロットに奪われて落ち込んでいるのに。こんどは婚約者のセルジュまで私を責めるなんて、悔しくてたまらないわ!)
セルジュにさそわれて、久しぶりに2人で話ができると嬉しかったのに。
「シャルロットが自分でケガをしただって⁉ ウソをつくな、デルフィーヌ!」
「ウソをついているのは、シャルロットのほうよ。あなたは妹にだまされたの!」
「シャルロットがなぜそんなウソを僕につく必要があるんだ? ウソをついているのは君のほうだろう? 正直になれよ、デルフィーヌ」
「お願いだから信じて! 私はあなたの婚約者でしょう?」
(どうか妹にだまされないでセルジュ! あなたにだけは私を信じて欲しいの!)
私は願いを込めてセルジュを見つめた。
「素直に自分の罪を認めて、シャルロットに謝罪すれば僕だって許していたのに……」
「セルジュこそ…… なぜ私を信じてくれないの?」
(私を少しでも好きなら信じてくれても良いはずよ)
「君はいつからそんなに変わってしまったんだ?」
「あなたこそ、こんなに薄情な人だとは思わなかった」
(セルジュ…… あなたもダメなの? 私の味方になってくれないの?)
「デルフィーヌ…… 僕は心から君を軽蔑するよ!」
言葉通り、セルジュの瞳に私への軽蔑が浮んだ。私はたった今…… 婚約者に嫌われたのだとわかった。
「セルジュのこと…… 幼いころからずっと好きだったのにガッカリした」
(こんなに切実に思っているのに。どうして私の願いは届かないの?)
「僕だって、デルフィーヌにガッカリしたよ。こんな時にそんな告白をするなんて……」
「あなたも私のこと…… 少しは好きだと思っていたけど違ったのね?」
「卑怯な言いかたはやめろよ! 僕だって君が好きだったさ! でもこんな意地悪は許せないよ」
私の瞳は涙でうるみ雨の日の窓ガラスのように、私を軽蔑するセルジュの顔が少しずつ曇って見えにくくなる。
「あなたはシャルロットにウソをつかれているのよ!」
「もう良い! 君がシャルロットに謝罪するまで、僕は君を許さないからな!」
くるりと背中をむけて、セルジュは私を置いて去ろうとする。
あわてて腕をつかんで引き止めようとしたら、セルジュは私の手を乱暴にふり払った。
「僕に触るな!」
「待って、セルジュ! ……お願いよ。セルジュ!」
私の声は聞こえているはずなのに、セルジュは1度もふり返らずに私の前からいなくなった。
「セルジュ!」
(セルジュは私の初恋の人だった。だから婚約した時は本当に嬉しくて、その幸運が信じられなかったのに……)
セルジュが去り誰もいなくなった美しい庭園を見ているのが辛くて、下をむくと……
凛とした紫色の桔梗の花が目に入る。
『ねぇ、デルフィーヌは桔梗の花言葉を知っている?』
『知らないわ。この珍しい異国の花が、“桔梗”という名前だと初めてきいたもの』
セルジュは自慢げに笑った。
『ふふっ…… 今日、婚約したばかりの僕たちにピッタリの花言葉なんだ』
『そうなの? 教えて!』
『“永遠の愛” “変わらぬ愛” “誠実” ……本当は僕も庭師に聞いて知ったんだけどね』
『素敵だわ!』
ポタポタと涙が落ち、桔梗の花をぬらす。
「……っ」
シャルロットがまた、私の大切なモノを奪おうとしている。
お祖母様のブローチのように、今度は私の婚約者を狙っているのだ。
今まで学園にシャルロットがいなかったから、私の大切な婚約者を奪われずにすんでいたけれど。
つかの間の幸せだったのかもしれない。
それでも誠実で真面目なセルジュなら、あきらめずに説明を続ければ私を信じてくれるはず。
……だって私たちには幼い頃から築いて来た信頼があるから。彼は私の両親とは違う。
きっと大丈夫。私はセルジュを信じているから。
このお話を開いて下さりありがとうございます。良い暇つぶしになれば幸いです(^^)/
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