サウナー、サ飯を喰らう
サウナは、ととのいだけでは終わらない。
いや、むしろ俺にとっての本当のクライマックスは――サウナ後の食事、「サ飯」にある。
極限まで汗を絞り出し、空っぽになった胃袋へ、優しく、しかし力強く流れ込んでくる炭水化物とたんぱく質。塩分と水分を失った体に、キンキンに冷えた飲み物が染み渡るあの瞬間。
あの多幸感を知らない人間は、サウナの本当の素晴らしさを半分しか知らないと言っても過言ではない。
……というわけで。
「アリー、今日は“サ飯”を作るぞ!」
「さめし……ですか? 師匠、なんだか新しい儀式の呪文みたいです!」
「呪文じゃない! 最高のサウナ飯だ!」
村の広場で開かれている市場は、朝から活気に満ちていた。色とりどりの野菜や、嗅いだことのないスパイスの香りが混じり合う中、俺は今日のサ飯の主役を探して歩く。
目についたのは、赤い皮に竜の鱗のような模様がついた、こぶし大の果実だ。
「これは……?」
「ああ、ドラゴンベリーだよ! ちょっと酸っぱいけど、食べると体がポカポカするんだ!」
なるほど、サウナ後の冷えた体にぴったりかもしれない。
さらに、麻袋に山と積まれた豆を売っている農夫がいた。
「これは?」
「おう、タル豆だ。煮ても焼いても腹持ちがいい。旅人にも人気だよ」
おお、最高の炭水化物枠、確保。
そして最後に、鍛冶屋であるアリーの親父さんが「よう、サウナー」と声をかけてきて、試作品だとゴツい鉄の板を差し出してくれた。
「分厚い鉄は均一に火が通る。そこらの鍋で焼くより、よっぽど美味いもんが食えるぜ」
……まさか異世界で、本格的な鉄板焼きができるとは。最高の舞台が整った。
サウナ小屋の外に即席のかまどを組み、分厚い鉄板を乗せる。
残念ながら肉は手に入らなかったが、ドラゴンベリーとタル豆を炒めるだけでも、きっと美味くなるはずだ。
「師匠! 私も手伝います!」
アリーが張り切って、親父さん特製の鉄板用ヘラを握った。
だが、やはり。
「師匠! まずは鉄板を熱するところからですよね!」
「おい待て、火力が強すぎる!」
**パンッ!**という小気味いい音と共に、ドラゴンベリーのいくつかが弾け飛んだ。
「わわっ!? ベリーが爆ぜました!」
「だから言ったろ! お前はいつも火力MAXなんだよ!」
ジュッと甘酸っぱい汁が飛び散り、俺の腕に熱い飛沫がかかる。
「熱っ!」
「す、すみませんっ!」
もはや様式美と化した失敗はあったものの、アリーは懲りずに豆を投入。
結果、焦げかけたベリーの香ばしさと、豆の炒れる匂いが混ざった、食欲をそそる一品が完成した。
さて、サウナに入ってからが本番だ。
熱気を浴び、水風呂に飛び込み、外気浴で心を空っぽにする。全身の力が抜け、体がふわふわと浮かび上がるような感覚。最高の“ととのい”を迎える。
そして――。
鉄板の上でジュウジュウと音を立てる、アツアツの料理が俺たちを待っていた。
「師匠、どうぞ!」
「お、おう……いただきます」
ととのって感覚が研ぎ澄まされた舌の上に、それを乗せる。
一口、頬張る。
ジュワッとベリーの酸味と甘みが口の中に広がり、熱でとろけた果肉がソースのようにタル豆に絡みつく。
豆は外側がカリッと、中はもちもちで香ばしい。噛みしめるたびに、失われた塩分とエネルギーが、体の隅々まで染み渡っていくのが分かる。
「……うますぎる……なんだこれ、細胞レベルで体が蘇る……!」
横でアリーも目を丸くして頬張っていた。
「はふっ、あつっ……でも、すっごくおいしいです!」
「お前、また舌を火傷してるんじゃないだろうな?」
「だ、大丈夫です! ……たぶん!」
そのドジっ子属性は、どうやらブレないらしい。
やがて匂いにつられた村人たちも集まってきて、料理を分け合うと、あちこちで歓声が上がった。
「おお! 汗をかいた後の飯は、どうしてこんなに美味いんだ!」
「ただの豆炒めなのに、王様の御馳走みたいだ!」
「これが……“さめし”か!」
気づけばサウナ小屋の前で小さな宴会が始まり、サウナとサ飯が、村の新しい“楽しみ”として確かに根付いていくのを感じた。
宴が終わり、人々が満足げな顔で家路についた夜。
俺とアリーは、かまどの残り火を眺めながらベンチに並んで座っていた。心地よい疲労感と満腹感に包まれる中、アリーがぽつりと呟く。
「師匠、サウナとサ飯って……なんだか、人生がちょっとだけ楽しくなる魔法みたいですね」
「魔法じゃない。ただの健康法と、うまい飯だ」
「でも、見てください。みんな、すごく幸せそうに笑ってました」
アリーの言葉に、今日の村人たちの顔を思い出す。
……確かにそうだ。
この異世界には、剣も魔法もあるのだろう。
だが、それらに頼らずとも、人を幸せにできるものがここにある。
俺は、その力を信じたい。
サウナと、サ飯が持つ、温かくて美味しい力を。