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サウナー、ツンデレ薬師に出会う

その日、村の広場はいつにない緊張と期待にざわついていた。


一台の荷馬車が静かに村へ入ってくる。砂埃が収まると、そこには灰色のマントを羽織った一人の男が立っていた。歳は俺と同じくらいか、少し上か。無駄なく引き締まった体に、腰には様々な薬草の束。その鋭い眼光は、まるで人の内側まで見透かすかのようだった。


「……旅の薬師、セイル様だ!」

「おお、本当にこの村に立ち寄ってくださったのか!」


村人たちが一斉に駆け寄る。俺はその光景を、輪の外から少し離れて眺めていた。

どうやら、ただの薬師ではないらしい。村人たちの目の輝きからして、相当な有名人であることだけは分かった。


セイルと呼ばれた男は、広場の隅で苦しそうに横になっている老婆に歩み寄る。老婆は顔色が悪く、浅い咳を繰り返していた。


セイルは手際よく木箱から小瓶を取り出し、薬草をすり潰して手早く調合する。そして、一切の無駄な動きなく、匙で老婆の口元へ薬を運んだ。


「ゆっくり、少しずつ飲み込むんだ」


老婆がそれを嚥下えんかすると、不思議なことに、数分もしないうちに顔に少しずつ血色が戻り始めた。苦しげだった呼吸も、穏やかになっていく。

村人たちから、堰を切ったような歓声が上がった。


「さすがはセイル様だ!」

「まさに救世主! 命の恩人です!」


なるほど。薬で病を癒やす、正真正銘の“命を救う人”か。

俺の胸に、チクリと小さな棘が刺さる。


俺がこの村にもたらしたのは、サウナ。村人たちを笑顔にし、活力を与えている自負はある。だが、病の苦しみから直接命を救う、彼の神聖な医療行為と比べた時、俺のやっていることはただの「心地よい遊び」に過ぎないのではないか。


そんなことを考えていると、セイルの鋭い視線がまっすぐに俺を射抜いた。


「……そなたが、村人たちが噂していた“妙な小屋”を作った者か」

「え、あ、はい。俺ですけど」

(妙な小屋って、言い方ひどくないか……?)


「村人たちが口を揃えて言っていた。“体が軽くなった”“腰の痛みが和いだ”……と。だが、裸になって熱気に身をさらし、冷水に飛び込む? そんな野蛮な行為は正気の沙汰ではない」


セイルはきっぱりと言い放った。広場の空気がピリッと緊張する。


「人の体というものは、急激な温度変化に耐えられるようにはできていない。むしろ身体を壊す危険がある。村人たちは、その一時的な快感に……お前に酔わされているだけだ」


ぐさり、と胸に言葉が突き刺さる。

これまで村人から「神の御業だ!」とまで持ち上げられてきただけに、薬師としての理論に基づいた真正面からの否定は、けっこう堪えた。


「いや、違う。サウナは健康にいいんだ。血の巡りを良くして――」


「“血の巡り”だと? 聞いたこともない呪文を唱えるな。医術を愚弄する気か」


まるで噛み合わない俺たちの言い争いに、村人たちはおろおろするばかり。アリーは困りきった顔で、俺とセイルを交互に見ている。


「セイルさんは、本当に多くの人を救ってきたすごい薬師さんなんです。だから、薬以外の力は信じていないというか……」


アリーが、俺とセイルの間でオロおろしながら小声で囁く。その目には、セイルへの純粋な憧れが浮かんでいた。


「……ふん。私はこの村に長く留まるつもりはない。だが、万が一にもお前の“遊び”で人が倒れるようなことがあれば――その責任、必ず取らせるぞ」


セイルの冷たい視線は、俺の言葉を一切受け付けようとしなかった。

翌日。サウナ小屋を掃除していると、アリーが気まずそうに入ってきた。


「あの、師匠……セイルさん、やっぱりサウナのこと、怒ってて……」

「だろうな。あの目を見れば分かる」


俺は肩をすくめた。サウナは押しつけるもんじゃない。入りたい奴だけ入ればいい。

……そう割り切ろうとしても、否定された胸の奥はまだ少しチクッと痛む。


「でも……」


アリーがもじもじと小さな麻袋を持ち上げる。


「セイルさんから、村のおばあちゃんのためにって薬草を少し分けてもらったんです。すごくいい香りがして……これをサウナに置いたら、もっと気持ちよくなるかなって」

「おっ、いいじゃないか! サウナとハーブの組み合わせは最高――」

「ロウリュみたいに、熱い石の上に置いたら、もっといい香りが広がるかもしれません!」


俺が言い終わる前に、アリーは善意100%の笑顔で、乾燥した薬草の束を、チンチンに熱せられたサウナストーンのすぐ横に置いてしまった。放射熱で、乾いた薬草が一気に燃え上がる。


ボッ!


「ぎゃーっ!? 燃えた燃えた燃えた!!」

「ひぃぃっ! し、師匠、どうしましょう!」


慌てて水をかける。幸い火はすぐに消えたが、サウナ室には強烈で、しかし不思議と心地よい香りの煙が充満していた。竜の葉の清涼感、聖樹の皮の甘み、見知らぬ薬草の土っぽい香り――異世界ならではの芳香が、熱気と混じり合って鼻腔をくすぐる。


「……おお。これは……なんだか、悪くないぞ」


気づけば俺もアリーも、煙たいはずなのに、なぜか深く深呼吸をしていた。

その時、小屋の扉が静かに開いた。煙の出どころを訝しんでやってきたのだろう、セイルが眉をひそめて立っていた。彼は一瞬、煙に警戒したものの、次の瞬間、薬師としての本能が働いたのか、くん、と鼻を鳴らした。


「……なんだ、この香りは。竜の葉の鎮静効果、聖樹の皮の血行促進作用……複数の薬効が、熱気によって揮発し、混ざり合っている……?」

「……アリーのやつがドジってな。置いた薬草が焦げただけだ」

「す、すみませんっ!」


アリーが顔を真っ赤にして頭を下げる。

だがセイルは、俺たちのことなど目に入っていないかのように煙をゆっくりと鼻から吸い込み、しばらくの沈黙の後、ぽつりと呟いた。


「……この発想は、私にはなかった」


その夜。

セイルは焚き火の前で薬草をいじりながら、ぶっきらぼうに俺に言った。


「熱と香りを組み合わせれば、新たな薬効が生まれるやもしれん。だが、人体への害の有無、効果の検証……すべて一から調べる必要がある」

「そりゃ俺に言われてもな。俺は医者じゃないんで」

「だから、私が調べると言っている」


セイルの目が、探究者のそれとなってきらりと光る。

完全否定から、“検証の価値あり”にシフトした瞬間だった。


「だが勘違いするな。私はお前の野蛮な水浴びを認めたわけではない。ただ、この“熱気と薬草の組み合わせ”に、新たな治療法としての利用価値があるか、判断すると決めただけだ」


セイルはそう言ってぷいと顔をそむけた。


(……素直じゃないな、この人。ツンデレかよ)


俺の隣で、アリーが嬉しそうに笑った。


「師匠! もしかして、サウナに新しい力が……!」

「ああ。ただの事故じゃない。これは、可能性の扉だ」


俺はセイルにあえて聞こえるように、胸を張って宣言した。


「サウナと、この世界の薬草。その出会いが、俺たちをまったく新しい“ととのい”の高みへ導いてくれるはずだ」

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