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そうして何度目かの季節が過ぎたころ、彼女のような雪が降り始めた。
優しくて、どんなものでも柔らかく包み込むような、ふわふわと舞い浮かぶ雪。
冬は好きだった。
寒いこの季節、ここでは毎年雪が降る。
彼女はいつも雪が降るのを心待ちにし、彼女の故郷では見ることのなかったという白銀の世界に飛び出しまるで子どものように無邪気にはしゃいでいた。
そんな彼女の姿に厳しい寒さの娯楽も減る冬の時期、癒しを得ていたのは私だけではないだろう。いつでも美しく輝き、周りの誰をも魅了し、分け隔てなく受け入れ、慈しみを注ぐ。春の花、夏の木漏れ日、秋の実り、冬の雪のような彼女。
でも、今年の冬は喜びではなく悲しみを運んできた。
数年に一度訪れるという「凍血病」がその年、例年以上に冷え込んだわが国にも蔓延してしまった。
凍血病事態は体を内と外から温めれば罹患することはないとされている。
だが、例年以上に冷え込む中ではそれも難しかった。
暖を取るために必要な炎を維持するには、薪や油が必要だ。だが、寒いからと使いすぎては冬が終わるまで持たない。かといって、服を着込んで体温を維持するにも限界がある。
そうして段々と、だが着実に病は蔓延し始め。薬の供給も間に合わず、とうとう城内にもその病は国王最愛の妃含むほか数名に発病してしまった。
「――ああ、最期に貴女の姿をみれた」
「最期だなんて言わないで!! 貴女はきっと快癒して、いつものように元気になるわ! 二人で一緒にあの娘の成長を見守るのでしょう!?」
「ええ、そうね……。そうできたら、どれほど、幸せだったか……」
小さく漏らす彼女の息は頼りなく、握り締めた手は生きているのが不思議なほど冷たかった。
「あなたと、あの人の、そばで……幸せ、だった…………」
もう、彼女の瞳は、眼前の私のことすら見えてはいない。
「駄目よ、死んでは駄目! お願い、死なないで……っ」
「私の代わりに、あの子のことを、お願い……」
その言葉と、浮かべた笑みが、彼女の最期だった。
そうして彼女は、この国の子どもが三歳になったときに行われる祝誕の儀、己の娘のそれを迎えることができないまま息を引き取った。
彼女が息絶え、その両の瞼が二度と開くことはなくなった翌日から、私は今まで以上に忙しくなった。
それというのも、あの国王が彼女を喪った絶望に浸ったまま、何もすることもなく見えているのかもわからない様で窓の外をずぅっと眺め動かないためだ。
通常の政務に加え、王妃没の知らせを自国のみならず近隣諸国に報せを飛ばし、さらには葬式の手筈を整えなければならない。
絶望に感情を委ねるどころか、泣く暇も彼女の死を悼む時間すらどこにもない。
そうやって忙殺を理由になんとか己を奮い立たせ、「后」として国を支える立場として邁進した。
そして迎えた、彼女の葬儀。
あの国王は、その時になって、やっと、重い腰をあげ、王として、夫として、その姿を現した。
儀式は滞りなく進み、まだ状況がよく分かっていない彼女の娘は大人しく己の母が横たわる棺を見ていた。そんな姿が切なく、悲しく、悔しく、彼女の死を更に突きつけられ涙が零れそうになるのを必死に堪える。后として、弱った姿を曝すわけにはいかないと。自分自身に言い聞かせて。
彼女の躯は代々の王家が眠る霊廟へと、埋葬された。
月の雫が並んでいるかのような、真っ白な石が床いっぱいに敷き詰められ大きめの白い石が霊廟の外側を円く結界のように囲んでいる。月に守られた墓に眠る彼女は、きっと安らかな時を過せるだろう。
最後まで全て見届け、霊廟には私と国王の二人しかいない。
「――御前は、冷たい女だな」
ぽつり。
そう、これまで一言も発しなかった国王が零した。
「同じ国王の伴侶という立場であった、彼女の死に、涙一つ見せぬとは」
その言葉を最後に、国王はその姿を誰の前にも見せることはなかった。