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各国で戦争が起きる中、ある国はどこにも加担せずただ静観し、その間ひっそりと国力を高め自国を守ることに力を注いでいた。そうして隣国同士の戦争が終結したのち、勝利国へ友好の証として『自国の娘』を一人差し出しました。それを勝戦国は『后』として国王と同等の地位を約束して受け入れました。
その娘は「王の娘」ではなく、「国の娘」……つまり自国の血を持つものであり『王族の血』を持つ、という意味ではありませんでした。『娘』としか提示しなかった国王の策だったのです。そして『娘』として差し出されたのは、ある下級貴族の娘。国王の妻の、大叔母の姉の孫娘……。という辛うじて、細い細い繋がりはあるものの殆ど赤の他人の娘。しかも王命により、恋人であり許婚であった幼馴染との仲を引き裂かれ勝利国へ嫁ぐことになったのです。そんな娘に与えられたのは、たった一人の片目を失った世話人だけ。
「――どうして……」
その言葉が娘の心のなかを回り続けました。
それまでは裕福、とまではいかないものの貧困ではない平和な日々を送っていたはずなのに。
豪華なドレスを着せられ、煌びやかな宝石を身に付けられ、絢爛な馬車に乗せられ……。道行く中、自国他国問わず民らから向けられるのは羨望の視線に感嘆の息。けれども「私」にはその全てが自身を縛りつける重い重い鎖で。ドレスに拘束され、宝石に縛られ、馬車に閉じ込められ。「私」が「わたし」でいるための自由を奪われ、何もかも奪われここにいる。絶望の最中に出会ったその国王は、漆黒の髪に太陽色の瞳をした大きな男だった。
定例どおりの挨拶を交わし、それっきり男とは言葉を交わすことなく宛がわれた部屋へと通され拘束されているわけではないものの動く気になれずただ漫然と式の日を待っていた。
翌日やってきたのは、敗戦国の娘。
雪地のような白灰の髪に、深くて濃い緑の瞳。
私と同じくこの国王の伴侶としてやってきた「妃」の彼女は、ひと目交わしただけで、国王の心を奪い。また、彼女も太陽に心を奪われていた。
先に「后」として国王の傍でその光景を、人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにした。
そこに悔しさも羨ましさもなかった。
あの人がこの娘に夢中であればあるほど、私のところへはやってこない。それはつまり、欠片も想うところのない男と肌を重ね合わさずにすむということでもあった。たった一度、たった一度だがあの男に、式の当日。義務として肌を重ねたきり。それもあの男はその体でそのまま彼女の元へ向かったと、扉の向こうから聞こえてきたお喋りな侍女から知った。その話を聞き、深く安堵した。穢された、という想いは拭えるものではなかったが。それでも二度と行わずにすむという、安心が私の心を少しばかり癒やしてくれた。
たとえ周りからなんと言われようと、どう思われようと、一身に国王の愛を受ける彼女には感謝の念しかなく、敵意も害意もない彼女との仲は良好であった。
それは、彼女があの国王の子を身ごもってからも変わることは無かった。
「随分大きくなったのね」
「ええ、本当に。もう一人で動くのも辛くて……」
そう言う彼女は、辛そうではあったが。それ以上に幸せそうでもあった。自身の腹を撫でる仕草はとても慈しみに溢れていた。
「元気な子を産んでちょうだいね」
「ええ、頑張るわ。――私ね。あの人のような黒と貴女のような赤が、とても素敵だと思っているの。だから、生まれてくる子にはその色を持って生まれてきてほしいの」
――だって、素敵な色を持っているだけで幸せになれる気がしない?
そう微笑む彼女は、彼女の言う「素敵な色」を持っていなくても充分美しく、幸せそうだった。今、この国で一番幸せではないかと思うほどに。
そうして彼女が産んだのは、とても彼女によく似た顔立ちで。あの人のような艶やかな黒をした髪に、私のような鮮やかな赤をした唇、彼女の雪地のような肌をした可愛らしい女の子だった。
あの人と同じ黒髪は嫌だったが、それも彼女そっくりな顔立ちをして愛らしく笑って懐いてくれる少女のものであればいつの間にかそれすら愛おしくなっていた。
実の母ではない私のことも、彼女と同じように慕ってくれ血の繋がりはなくとも我が子のように私も可愛がった。私にももし子どもができることがあるのなら、この娘のように愛らしい子が生まれればいいのに。と、あの人との子どもは考えられなくともこんなことを想うようになるほど愛おしかった。
あの人と彼女の仲も変わらず円満で、そこに加わった愛娘も沢山の愛情を注がれすくすくと育っていた。そんなある日、ある事故がおきた。
自らの手足で動けるようになり、見える世界が新鮮でとても広くあることを知ったあの娘はあちこちと城の中を探検するようになっていた。いつもはそんなあの娘のすぐ後ろを侍女たちが付いていき、それとなく危険がないようにしていたのだが。しかし、一瞬、何かを落としたのかとても大きな音が城内に響きそちらに気を取られてしまったとき……。あの娘もその大きな音に驚き、バランスを崩し最悪なことに階段側に比重を傾きあっという間に小さな体は地から遠のき、数瞬空に浮いた。
「危ないっ!!」
偶々反対側からその光景を目の当たりにした私は叫ぶのが先か、体が動いたのが先かもわからないままあの娘に駆け寄りその小さな体に必死に手を伸ばし。ギリギリ届いたその体を自分の腕の中に抱き込み階段を転げ落ちた。
何度も、何度も体を、特に背中や足を打ちつけ、長い階段を転げ落ちた。
転げ落ちる最中に聞こえてきた叫び声は誰のものだったのか。
あの娘は大丈夫だったのか。
それを確認することなく、私の意識は闇に落ちた。
目を覚ませば見慣れた天井に、嗅ぎなれない臭い。
誰も、見舞いにこない部屋。
医師から告げられた、言葉。
――今後、貴方様が御子を宿すことは不可能に近いでしょう
不思議と感情が凪いでいた。
助かったあの姫が居る限り、私は子を生まなくて済む。
ああ、これであの男に二度と抱かれなくて済む。
憎い男を愛すように努力せねばならず、愛そうとしても愛せない男に無理矢理抱かれる屈辱。それは二度とない、と思いつつ心変わりやあの姫に何かあった時には私がしなければならないという不安から解放された安堵。
――だが、同時に、二度と己の子を手にする機会を失った女としての絶望もあった。
自分の心はどちらに重きをおいているのかわからぬまま、安静を理由に部屋から出なくてすむ間安穏と時がすぎていった。




