夢
久しぶりに夢を見た。
この夢はたまに見ていた。
誰だか良く分からないが、微笑みながら自分を抱いていた。
何で自分が抱かれているか分かったのかも、良く分からない。
しかしとても懐かしく、心地の良い夢だった。
その笑顔を見ているだけで心がぽかぽかするような、そんな夢見心地。
部屋の景色を見渡すと見覚えのある居間、窓から差し込む光も穏やかで暖かで。
自分を抱いている女性を包み込んでいた。
何となく分かる。
多分この人はお母さんで、抱かれているのは小さい時の自分。
だってしきりに、優しい声で自分の名前を呼んでいるから。
その名前を呼ぶ声は、暖かな温もりとは裏腹に悲しみと寂しさを帯びている。
何でそんなに悲しそうなの、夢だから、自分が小さいからなのか、その声は母には届かない。
抱かれているのに、どんどんと距離が開いていく。
温もりが離れていく。
笑顔が見えなくなる。
自分を呼ぶ声が聞こえなくなる。
最後に見えた母の顔は、泣いていた。
そして名前の呼ぶ声の最後に、小さい声で、ごめんね、と。
何がごめんね何だ、何故泣いているんだ。
遠くに見える母にそう叫ぶ。
しかし気付くと、海の上の岩に立っていた。
ここは、見たことがある。オヤジとよく来る漁場の近くだ。
「――明神礁」
この瀬を、どこか悲しそうに見つめる父の横顔をふと思い出した。
何故だかは全く分からない、今思い出して、悲しそうだと思っただけだ。
けど、ずっと親子をやっているのだ。
嬉しいか、悲しいかくらいなんて直ぐ分かる。
あれは悲しくて、寂しい顔なんだ。
何故だか父と母の悲しい顔が重なった。
その瞬間、大きな波に飲み込まれる。
何故だか、悔しかった。
父や母に何が悲しい顔をさせているのか。
自分のせいなのか?
けど普段の父や、さっきの母を見てもそんな風には思えない。
その訳を知りたい、知りたい。
知らなくてはならない。
海上に這い上がろうとした、その瞬間に目が覚めた。
「どんな夢だよ・・・」
冬であるというのに、寝間着は汗で肌に張り付く。
端末を手に取り、時間を確認すると夜の3時。
夜更かしをしてから寝たと言うのに、あれから2時間しかたっていない。
とりあえず喉を潤すために下に降りて水を飲みに行く。
階段を降りていると、居間から豪快ないびきが聞こえる。
扉を開けると案の定、オヤジがソファーで毛布と丸まっていた。
「おら、オヤジ。風邪ひくぞ、部屋行くぞ」
ヒーターも切れているようで、部屋はかなり底冷えしていた。
「あぁー、そのうち」
「そのうちじゃなくて、ほら、いくぞ」
寝ぼけているオヤジを無理やり起こし、部屋に運ぶ。
昔は起こすのにも一苦労だったのに、今ではさほど力もいらず持ち上がる。
まぁ寝ぼけた人間を起こすのでそれなりに大変ではあるのだが。
なんだか、オヤジが軽くなったようで寂しくも感じる。
寝ぼけたオヤジを部屋の布団に押し込み、居間で水を飲み部家に戻る。
あんな夢を見た後だからだろうか、幸せそうに寝るオヤジの顔を見て、少し安堵感を覚えた。
寝汗は引いたが、あれだけ汗をかいた寝間着を着続けるのは気持ちが悪い。
机の上に置いてあった適当なジャージに着替え、布団にもぐる。
「明神礁・・・」
何故あそこが夢に出てきたのか。
オヤジの悲しい横顔を思い出すと、因果関係が無い訳ない。
オヤジに聞いたってまともには教えてもらえなさそうだなと思いながら端末をチェックする。
寝る直前まで連絡を取っていた渚から一言、おやすみと届いていた。
「そういえば、渚の父さんと仲良かったよな」
起きてからの予定は決まった。
渚には、起きてからまた連絡を送ろう。
取り合えず襲ってきた眠気に身を任せることにしよう。
久しぶりに見たこの夢は、何かの暗示なような。
兎に角、航は動かずには居られない気持ちを抑え込み、一先ず朝まで眠ることにした。




