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Unlimited Sky  作者: 九JACK
紙切れの最後に
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Pain to the world

 存在を消し飛ばされ、その身を覆っていた黒いローブをなくした王──海道美好は、気づくと知らない河原に立っていた。

 黒い雲で淀んだ空。目の前をさらさらと流れる川も、どこか淀んで見える。やけに砂利の多い川だな、と他人事のように考えていた。

 やがて、ここはどこだろう、という真っ当な思考に辿り着く。こんな真っ暗で不気味な川を知らない。雲はあんなにも黒く怪しいのに、雨が一粒も降っていないのが奇妙に思える。

 行く宛もないので、砂利の中に体育座りをした。ここがどこだかわからない、というのもあったし、自分は現実では死んだのだから、いくら探しても居場所なんてないだろう、という結論に至ったのだ。

 結局、あの少年は現実世界に戻り、今の美好がそうしたように、あの世界の王になり、やがてサイに裏切られて、過去の自分によって消し去られるのだろう。そうしてまた、残酷な現実世界に戻る。これこそまさに、無限のループと言えよう。

 世界から塗り潰された王がどうなるかなんて考えたことがなかったが、まさかこんなしみったれた河原に飛ばされるということになるとは思っていなかった。まあ、残酷な運命に立ち向かい、足掻いて足掻いて足掻いた末に、結局何一つ変えることのできなかった、惨めな男の末路としては、お似合いの場所かもしれない。

 はあ、と溜め息を吐く。世界は美好に、これ以上何をどうしろというのだろうか。もう懲り懲りだ。

 誰もいない。案内人も案内板も何もないこの場所に、ただ座り続けていたって、誰も咎めることはないだろう。美好は体育座りのまま、他にすることもないので、物思いに耽ることにした。

「何か、間違っていたかな」

 サイに導かれたあの頃、自分は何も間違っていないと思っていた。間違っているのは世界で、そんな世界を作らせた王だと思い込んでいた。

 だが、実際に王になってみて思う。あれ以外に、惨めな自分の末路のためにできることはあっただろうか、と思う。少なくとも、今の美好には思いつかない。

 ……と、考えたところで何も変わらない。あれが無限ループだというのなら、そのループをどこかでねじ曲げてしまったら、きっと、現実世界もおかしなことになったのではないか、と思う。……いや、美好が現実世界で完全に死ぬことで、やはりあの無限ループん止めることができたのではないだろうか。……まあ、いくら考えても、所詮たらればの話だ。もうどうにもならない。

 実のないことをこれ以上考えるのはよそう。考えるなら、今いるこの河原は一体どこで、自分はここで一体何を果たさなければならないのか、ということの方がよほど前向きだ。……死んでいるのに、前向きも後ろ向きもあったもんじゃないと思うが。

 そこではっと気づいた。そういえば、自分は死んでいるのだった。ということはこのやたら暗いこの河原は死後の世界と考えるのが妥当だろう。

 死後の世界というものは、人間が生きる世界においては未知とされる世界であり、宗教という空想の産物であったりする。だが、死んで生き返った人間などいない。どこかの宗教では神の加護か何かで生き返った人物がいるとかいう話は聞いたことがあるが眉唾物だ。それだって、おとぎ話のようなものだろう。

 だとしたら、先程までいた世界は何だろうか。候補としては、死と生の間の世界という考えがあった。だから少年にはまだ生き延びる猶予が与えられ、王で、完全に死んだ自分という存在は完全なる死の世界に飛ばされた……と考えるのが順当だろう。不可思議な世界であることに変わりはないが。

「ここは、どこなんだろう……」

 呟くと、少しだけ雲が動いた気がした。空を全て雲が覆っているわけではなかったのだ。遥か彼方に見えるが、夕暮れと夜の間のようなオレンジと紫の重なりかけた空があった。

 暗い暗いと思っていたが、視覚的面積にして、縦二センチ×横三センチの六平方センチメートルしかない僅かな空間に繊細に現れたそのグラデーションはとても美しく見えた。特にあのオレンジは郷愁を誘う。

「……とーる」

 最後の思い出。キバナコスモスの花畑が思い出される。すると半澤の名が自然と出てきた。

 すると。

「なぁに?」

 答える声があった。美好は驚いて振り向く。そこには、半澤が、確かに半澤が立っていた。

 見慣れたカーディガン姿に、首からネックストラップで吊り下げたデジカメ。爽やかな笑顔。紛れもない、半澤通が、美好の傍らに立っていた。座っている美好に目線を合わせるように、前屈みになっている。

「とーる……」

 美好は言葉を失っていた。何と言葉をかけたらいいのかわからない。もし、あの世界でのサイが半澤だったとしたら、もしかしたら美好のように、あの世界でのことを覚えているかもしれない。美好が王であったことを気づいているのかもしれない。

 そう思うと、ますます言葉が出なかった。

 半澤も何もない宙を見て、言葉を探しているようだった。

 慎重に唇が動く。

「なんだか、久しぶりだね」

「……そうだな」

 確かに、この姿では久しぶりかもしれない。となると、急に変な気分になってくる。

 もやもやとした気持ちのまま、次の言葉を口にする。

「お前が死んでから、お互い、この姿で会うことはなかったからな」

「……うん」

 話題を間違えたか、なんて思っていると、半澤は神妙な面持ちで、美好の隣に座った。美好に倣って体育座りだ。

 ざり、と砂利が動いた。

「せっかく帰したのに、すぐ死んじゃったんだね」

 目を合わせず、放たれた言葉に、美好の中を激情が駆け巡る。

「それはっ」

 迸る感情を止めることはできなかった。

「それは、お前が勝手に死んだからだろ!? 俺を助けるためとか言ってさぁ、俺だけ助けて、自分のことは省みずに、って言えば聞こえはいいだろうさ。でもなぁ、そうやって救われた方に、本当に救いがあると思ったのか? お前は庇われて俺に死なれるのが嫌で、咄嗟に取った行動かもしれない。けどさあ、俺がお前とおんなじように、お前が死ぬことで悲しむとか、絶望するとか、そういうことは考えなかったのかよ!」

 ……どんな激白をしても、今更である。二人共、死んでしまっている。死んだら、もう取り返しはつかないのだ。現実はゲームのようにロードもコンティニューもできないし、ましてやループもしない。何を言ったところで今更だ。虚しい。

 けれど、美好が血を吐くように叫ぶ間、半澤は真っ直ぐ美好を見つめ、その一言一言を真摯に受け止めていた。

 やがて、美好が全て吐き出し終わり、慟哭すると、その背に手を回し、ぎゅ、と抱き寄せた。

 美好がひとしきり泣くと、静けさの中で、半澤はぽつりと、ごめん、と呟いた。

「ごめん、ごめんね。そうだね、僕は王である君を見放したかのように見えたかもしれない。……でもね、途中から、王もうみくんだってことは、気づいてたんだ」

「……え」

 半澤からの意外な告白に、美好は顔を上げ、目を見開く。

 半澤はつらつらと述べた。

「おかしいなって気づいたのは、最後の一周のとき。あのとき王は『もうすぐ終わる』って言った。本当に終わるかどうかなんて、わからないのに、確信を持っている感じだった。それで、もしかしたらって思ったんだ」

 それから、色々考えて、あの言葉に辿り着いたという。──Pain to the world。直訳すると「世界への痛み」という意味になるが、その奥にも隠された意味をひそませていた。

「『王は二人もいらない』っていうのは『oは二つもいらない』っていう意味だったんだ。その証拠にoを一つ抜くとPaint the world……『世界を塗り潰す』っていう意味になる」

 文字通り、世界を塗り潰せばワールドエンド。王というラスボスを倒した少年は元の世界に戻れるという寸法だ。

 だが、ただoを消すだけではtoではなく、worldからoを抜く可能性もあった。その場合、変な言葉の羅列になるから、結局、Paint the worldに落ち着くのだが。

「最後、本当に助けたいと思ったのは、王である君だった」

「どういうことだ」

 半澤は少し、顔を翳らせた。

「気づいたんだ。さっき君が言ったように、僕がいない世界に君が耐えられないかもしれない可能性は大いにあり得るって。そうして、絶望の果てにこの世界を築いて……過去の自分を死に帰結させることで、残酷な自分の運命を変えようとしているのかもしれないって……そうしたら、僕があの子にしてあげたことが、とても残酷なことになる。無限の救われないループが生まれることには、ちゃんと気づいたよ。だから」

 半澤は美好の手を取った。

「だから、本当に消えるべきは事の発端であるあの子、始まりの王。だから最初のoを消すんだ」

「そう、なのか」

「そうして、死後の世界に来るだろう君にそれを伝えて、救えたらなって思ったんだ。……心だけでも」

 その告白に、美好はまた涙をぼろぼろとこぼした。ありがとう、ありがとう、と呟きながら。

 半澤はやはり、美好の唯一無二の存在なのだった。


「ここは塞の川原なんだって。うみくんは親より先に死んじゃったから、親不孝の罪を償う石積みをしなくちゃならない」

「一つ積んでは父のため、ってか」

「僕はその見張り番の鬼の役」

「優しい鬼もあったもんだ」

 言いながら石を積み始める美好と、それを見つめる半澤。

 二人の思いは、死してようやく、繋がったのだった。


 やがて、石が堆く積まれていくと、罪のように淀んでいた雲が消えていき、全てを許すような空が広がった。

 半澤がはい、おしまい、というと、二人は手を繋いで歩き始めた。見上げると、胸の透くような空になっていた。


 果てしなく続く空は、どこまでもどこまでも青かった──



 様々な思いが交錯する中で、

 空はただ、どこまでも青い。

──End.

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