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Unlimited Sky  作者: 九JACK
坂の上から
22/70

誕生会

「へぇ、半澤の誕生日ねぇ」

 倒れた翌日。自転車は学校なので、通りすがりの花隣の家の車に乗せてもらっていた。花隣からそんな話題を切り出され、美好はうーんと考える。

「そういえば、話したことなかったな」

「みーくんとさわくんって不思議な距離感よね。すっごい親友感があるのに、一般的な友達みたいなことを確認していないというか……抜け作くんかな」

「俺にも半澤にもひでぇな、その評価」

 事実じゃん、とばっさり斬る花隣。世は無情である。

 まあ、確かに、様々なことを明かし合っているのに、誕生日を互いに知らない親友というのも間抜けな話だ。女子が噂話で知っているのを恐ろしいと思ったが、逆を言うと、女子が噂話で知っているくらいのことを何故自分たちは今まで知らなかったのだろうか。言われると不思議で仕方がない。

「でもまあ、みーくんは四月誕生日だもんね。誕生日の感覚ってないか」

「だな」

 美好の誕生日は四月初頭。入学式も始まらない頃だ。学校がやっている期間中に誕生日が来るという感覚はいまいちわからない。

「で、祝うって言ってもどこにしようか。うちは広すぎるしね」

 あー、と美好が苦い表情を浮かべる。花隣は時々美好に「お嬢様」と呼ばれるが、その呼称はあながち間違っているわけでもない。花隣の家はそこそこに富豪だ。だから父親が毎日送り迎えをしている。……いや、子離れできていない親というのは言わぬが華というやつである。

 そんなわけで、園崎邸はとにかくでかい。場所には困らないだろうが、半澤が萎縮する恐れもある。というか、それで花隣を諦めた男子もいるとかいないとか。

「みーくん家は……」

「姉貴とか喜ぶだろうけど、なんか、俺しか動く気がしねぇ」

「あはは、確かに」

「確かにじゃねぇ! 発案者なんだからちょっとは手伝え」

 美好の中で、ケーキは手作りと決まっていた。

「一家に一台、みーくん欲しい」

「俺は家電じゃねぇ」

 美好は料理上手だ。少なくとも、美好の母よりは評判がいい。人相は悪いが、作るものが美味しいので、誰も美好に文句を言わない。海道家の暗黙の掟である。

 もちろん、幼なじみである花隣も当然そのことを知っていた。

「妬けちゃうわね。誕生日に手作りケーキだなんて」

「男に嫉妬するな。つーか、お前も焼いてほしいなら言や作るぞ」

「本当に!?」

 目の色を変える花隣に、鞍替えの早いやつ、と美好は呆れて溜め息を吐いた。

「でも、確かにみーくんの家でみーくんが台所に立ってたら、サプライズ感ないかも」

「サプライズ感ってそこなのか」

 だが、美好が家の台所に立って何かを作っていたら、きっと、半澤がナチュラルに手伝いにきそうだ。どうせやるならサプライズにしたいのは美好とて同意である。

「でも、夏休みなんてすぐだろ? 場所確保なんてできねぇよ」

「だったら……」

 花隣がいいこと思いついたと言わんばかりににやりと笑った。

「もう、どーんと突撃、お宅訪問! なんてどうよ?」

「半澤の家に?」

 少し考える。半澤の住む新田家の人間が迷惑しないか考えたが、あそこの家人を佳代しか知らないことに今気づいた。

「ま、佳代さんに頼んでみるか」

「よし、じゃ、その方向で、アポ頼むよ」

「おい、企画者」

 突っ込んだが、車が学校に到着した。強制的に会話が終了となる。昇降口脇には花壇があり、花壇には半澤がいる。本人の前で話してしまっては、サプライズもへったくれもあったもんじゃないだろう。

 新田家にアポを取るのは、まあ、さして苦ではなかった。佳代は優しいし、家自体の雰囲気も明るいから、足を向けることに躊躇いはない。

 そういえば、新田家には佳代さん以外に誰がいるのだろう、と思いはしたが、それは次第に薄れて脳内で消えた。


 明くる日。

「新田さん、オッケーだってさ」

「いい人よね、佳代さん」

「ああ、一回会ってるんだっけか」

 放課後、二人は教室で話し合っていた。もちろん、半澤はいない。

 半澤がいないという確率で考えるなら、美術室の方がいいと思ったのだが、花隣が珍しく、美術室に行きたがらなかったのだ。

 曰く。

「今、スランプなの。だから一回、絵から離れようと思って」

 朗らかに語った花隣だったが。今も花隣は明るく笑いながら話しているが。……笑顔に無理があるような。

 だが、スランプなんて美好はなったことがないし、安易にわかるとも言えず、黙って話し合っていた。

 スランプという単語くらいは知っている。創作をしている人物にやってくる倦怠期、何をどうやっても上手くいかない時期のことを示したはずだ。だが、美好は創作を特にこれといってするわけではないため、わかるとは言えなかった。だから、何も言わない。

 話は続く。

「そしたら、あとは誕生日プレゼントね」

「え、ケーキじゃ駄目なのか」

「何考えてるの。誕生日にケーキだけあってプレゼントなしなんてあり得ないでしょ。クリスマスと一緒よ」

「クリスマスプレゼントなんて久しくもらってないからわからん」

「みーくん、わりと無神経ね」

 そんなことを言われても。誕生日もろくに祝われないのだ。何せ四月の初頭である。年度初めは忙しい。これは学生も就労人も同じである。忙しいのはわかるが……暇そうな姉くらい何かしてくれないものか、と嘆いてみせたが、よく考えたら、海道家そのものから誕生日を祝うという習慣が消え去っていた。誰も自分にやってくれないことを他の誰かにしようとは思わない。事実、美好は姉の誕生日を祝う気がしなかった。

 そんな美好が、血の繋がりのないただの友達である半澤の誕生日を祝おうというのだから、奇妙な話かもしれない。

 父はクリスマス関係なく、勤務表があるわけで、姉は何人目か知らない彼氏と過ごすのがここ数年の定番だ。パートの母はクリスマス商戦の真っ只中に身を投じ、本人はクリスマスどころではない。

 つまり、海道家ではクリスマスも消滅している。

「なんか改めて聞いて思ったけど……侘しくないの」

「それがわかったら、誕生日プレゼントの話なんかしてないと思う」

「仰る通りで」

「失礼だな」

「みーくんが自分で言ったんでしょ」

 あっさり言い負ける。悔しくはない。

「だったら私と買い物行く? いい感じのファンシーショップ知ってるわよ?」

「すまん、ファンシーショップ(じごく)にしか聞こえなかったんだが」

「どんな聞き間違いしてるのよ!?」

 美好は遠い目をする。ファンシーショップとは、美好の記憶する限りでは女子の行くような店のことではなかっただろうか。

 なんかきゃぴきゃぴしていて、女子っぽいきらきらしたオーラのある場所だったはず。……たぶん。

 そこに目付きの悪い男子高校生が女子に連れられていく。……似合わなすぎて笑えてくるレベルだ。

「デートじゃあるまいし、そんな女子女子したところは却下だ。そもそも、半澤がファンシーなものもらって喜ぶのか?」

「さわくんならなんでも喜んでくれそうじゃない?」

 言われてみると確かに……と、そういうことではなく。

「もっと実用性があるものの方がいいだろう」

「あら、意外と現実的」

「意外とって何だ」

 むしろ、海道家で最も現実的なのは美好を差し置いていないような気がする。

「統計によると、男性は夢見がちな場合が多いそうよ」

「統計が個人の気質に反映されるとは限らない」

「おかしいなー、みーくんは普通の男の子だから当てはまると思ったんだけど」

 こんな毎日こけまくりの薄幸三白眼少年が世の中の統計だとしたら、そんな世の中を見直した方がいいと思う。

「見た目で言うなら、半澤の方が統計に近いんじゃないか」

「さわくんが統計なら、日本人の顔面偏差値が恐ろしいことになっているわ」

「……すまん、俺が間違っていた」

 そんな会話を交わして、その日はお開きとなった。

 花隣には決めているものがあって、美好にはまだない。美好には誕生日プレゼントという課題が課されることとなった。



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