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Unlimited Sky  作者: 九JACK
坂の上から
21/70

見舞いと表情

 半澤の家はクリーム色の壁に黒い屋根の一軒家だった。花隣がその前で訝しげな目を向けた。

「新田ってなってるけど」

「うん、僕がお世話になってる家」

 さらりと返された言葉に却って言葉を失う花隣。お世話になっている家とはどういうことだろうか。

 半澤がきっぱりと説明する。

「僕、お父さんもお母さんも死んじゃって。それからずっと遠戚の新田さんにお世話になってるの」

「あ……ごめんなさい」

 無神経なことを聞いてしまった、と花隣は反省する。半澤は全く気にした様子もなく、いいよ、と言った。

「ただいま」

「あ、お邪魔します」

 半澤の後に続いて、花隣も入っていく。美好以外の男子の家に入るのは初めてだった。明るい雰囲気の家だ。奥からぱたぱたと誰か出てくる。

 それは若々しい美人な奥さんだった。半澤が微笑みかける。

「ただいま、佳代さん」

「おかえりなさい、通くん。後ろの子は……」

 佳代と呼ばれた人物と目が合って、なんとなく慌てる。半澤が笑みを絶やさず、紹介した。

「同じクラスの園崎花隣さん。帰って早速悪いんだけど、僕、今から園崎さんと出かけてくるから」

 半澤が言うと、佳代が狐につままれたような顔をした後、にこりと笑った。

「あらあら、デートかしら」

「違うよ。海道くん家にお見舞い」

 花隣は一瞬どきりとしたが、半澤はなんでもないように切り返す。

 花隣はわりと自分が好かれているのを知っている。だから、口には出さないが、美好が好きですよアピールをして、何人もの男子を諦めさせてきた。

 てっきり半澤もそういう感じなのかと思ったが、思い上がりだったか、と思いながら、たたた、と二階に駆け上がっていった半澤の背中を見ていた。背中は背中でも、やはり美好のものとは違う。半澤の背中には、何か影があるような気がする。

 と、半ば呆けているところへ、佳代が話しかけてきた。

「まさか通くんがガールフレンドを作っているなんてね」

「いえ、私はそんなんじゃ……」

 いや、言葉そのままに女の子の友達という意味ならば間違っていないが。

「通くん、高校に入ってから、なんだか変わったわ。海道くんがお友達になったっていうのもあるだろうけど、ひょっとして、あなたが友達になってくれたからかもしれないわね」

「そうですかね」

 花隣から見ると、花隣が半澤に影響を与えたなんてとんでもない。影響を与えているとしたら、美好の方だろう。

「それにしても、海道くんのお見舞いとは、穏やかではない話ね」

「なんか、今日大怪我したみたいで」

「あらあら、大丈夫なの?」

「学校早退してました。みーく……海道くんって、よく転ぶんですよ」

 すると、佳代はくすくす笑った。

「やんちゃなのね。そういえば、こないだ来たときもまた転んだって言ってたかしら?」

 なんとなく、美好の話題になり、花隣もくすりと笑った。

 そうして談笑していると、程なくして、半澤が降りてきた。

 その首からはネックストラップが伸びており、先にはデジカメが吊り下げられていた。

「カメラを取りに行ってたんだ」

「海道くん、写真好きみたいだから、これで元気になってくれたら嬉しいかなって」

 花隣はその一言に何故だかひどく動揺した。美好が写真好きなのを知らなかったわけではない。姉に対抗心を燃やして撮りまくっているのは知っていた。これしきでむきになるんだからよしはまだまだ子どもなんだよ、と美好の姉がこぼしていたのを思い出す。

 それから、半澤の撮る写真を思い出して、少し切ない気持ちになった。……きっと美好は、半澤の写真は好きだろうから。

「じゃ、行ってきます」

 半澤がさりげなく花隣をエスコートして外に出る。花隣が驚いていると、佳代が微笑ましげに手を振っていた。

 それから、半澤とスーパーに行き、お見舞いの品を買った。ゼリーをいくつか。そう改まったものではない。改まったものにすると、なんとなく仏壇をイメージしてしまい、縁起が悪いような気がしたからだ。

 坂を上りながら、半澤と話す。

「さわくんは、みーくんとどうやって知り合ったの?」

「ええと……」

 半澤が苦笑いして答える。

「海道くんは、四月に花壇の上に転んで……水やりをしてた僕がそれに気づいて……だったかな」

「へぇ」

 なんだか目に浮かぶ。

「あの日、写真撮りすぎて、海道くんに怒られたっけなぁ」

「目に浮かぶ」

 くつくつと笑っていると、美好の家に着いた。

「ごめんください」

「あら、花隣ちゃんに半澤くん。いらっしゃい」

 出てきたのは美好の母だった。美好は眠っている。美好の母は夕御飯の支度をしていたところのようだ。そそっかしいところのある母の手伝いをしないということは、やはり、美好は相当疲れているらしい。

「お忙しいところ、お邪魔してすみません」

「いえいえ、今お茶を出しますからね」

 美好の母の動きはどこかそそっかしくて、なんというか、見ていて危なっかしい感じがする。もちろん、口には出さないが。

 花隣がこっそり半澤に言う。

「みーくんの部屋、覗いちゃいましょ」

「えっ、そんな、寝てるのに悪いよ」

「寝てる方が悪いのだー」

 暴論である。

 花隣に引っ張られるままに半澤もついていく。終始、大丈夫かなぁ、と口にしていたが、結局、部屋に着くまで歩みを止めることはなかった。

「お邪魔しまーす……」

 声をひそめて部屋に侵入する二人。美好の母が言っていた通り、美好はぐっすり眠っている。

「寝てるね」

 半澤が顔を向けると、花隣は非常に悪い顔をしてペンを握っていた。

「ふふふ、寝顔デッサンしてやる」

 なんと。それが目的だったのか。

 ……ではなく。

「駄目だって、寝てるんだから」

 すると花隣は開き直って言う。ちょん、と半澤のデジカメをつついた。

「そう固いこと言わずに。さわくんも寝顔撮っちゃえばいいじゃん」

「えぇっ?」

 だが、花隣のその誘いは大いに半澤の興味をそそったようで、半澤はカメラと美好の寝顔を見比べ、観念したようにレンズを出す。

 にひひ、と花隣が笑う横で、半澤が控えめな声で言った。

「見つけた」

 ぱしゃり。

 もちろん、フラッシュは焚いていない。ただ、花隣はその一瞬を見てしまった。

 どくりと心臓が高鳴ったのがわかった。少し目を奪われていたかもしれない。

 写真を撮るときの半澤は見るものを惹き付けるほど幸せそうに、鮮やかに笑うのだ。

 花隣は納得した。美好が半澤に惹かれる理由に。これは反則だ。こんな顔を見せられたのでは、惹かれるなという方が難しい。

 ずるいよ、さわくん、と口の中でだけ呟いた。手の中では徐々に美好の寝顔が描き出されていく。けれど、どれだけ上手く描いてもきっと、半澤の写真には敵わないのだろうと思った。

 それから、何事もなかったかのように茶の間に戻り、お茶を頂いて、二人は帰途に着いた。

 海道家から出て、花隣はふと呟く。

「やっぱり、さわくんはライバルだよ」

「えっ」

 む、と唇を尖らせて、花隣は続けた。

「さわくんが、あんな写真の撮り方するんだもん。あれじゃ、私が敵うわけないじゃん」

「そんなこと」

「ないんだったら、さっきの写真見せてよ」

 そこで半澤は言葉を詰まらせる。

 半澤は中学での一件以来、人に見せるための写真を撮っていない。美好という例外はいるが、自分の撮った写真を見せたくないのだ。

 だが、まごついていると、その隙に花隣にカメラを奪われる。あ、と半澤が声を上げる頃には、花隣は最新データを見ていた。

 健やかな寝息が今にも聞こえてきそうな長閑な顔。何を夢見ているのだろうか、とつい気になってしまうような写真だ。

 花隣は愛しげに画面を撫で、それから半澤にカメラを返した。

 やっぱり敵わないな、と痛感した。

「……写真、上手いね」

 それだけ口にして、花隣はまた明日、と言った。

 ……明日、合わせる顔があるだろうか、と思いながら。



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