あの夜、運命を感じたんだ
さらなる後日談。過去の話に飛びます。モブおじさん注意。
ある休日の昼間だった。
ソファで寛ぐおれにくっつくように座ってきたなんだか積極的な慶次さんに、「珍しいな」なんて思ってにやに…ドキドキしていたところ。
突然尋ねられたことは、まあ個人的には答えづらい内容だった。
「ゆう」
「なあに慶次さん」
「どうしておれだったんだ?」
「…なにが?」
そんなこと今更気にしないだろうと思ってたのに。
気を抜きすぎてしまったかもしれない。
「お前の恋人にする男だよ」
確かに引っかかっても仕方ない。
おれたちの出会いは突然だったから。
酔っ払って夜の道端でゲイとぶつかってワンナイトラブ、からのそのまま交際、なんて、そうだな。
考えてみればなかなか…どころか、ほぼありえない、のかもしれない。
アリだと思ったんだけど。
「そうだな…」
話すことは全て本物だけれど。
全てを話すわけではない。
隠すべき内容は、しっかりと省いて。
「運命だって、思ったんだ。初めて出逢ったときに、この人を離しちゃいけないって思ったんだ」
一目惚れだった。
と締めくくって、横に座る慶次さんを見つめれば、何となく照れているような雰囲気がして、なんとまあ、可愛すぎた。
グッとキた。
悪いのは慶次さんだよ、なんて言いながらそういう意思を持って、そういう感情を雰囲気にさりげなく混ぜて、慶次さんをぐっと押し倒して。
昼間だぞ、だなんていう窘めるようなことばで、でも慌てた声音と微かな抵抗をはいはい、といなしつつそのまま。
ごめんね慶次さん、おれに目をつけられたのが運の尽き、ってやつだったって、諦めてくれ。
大好きだ。
愛してるんだ。
10年前から。
やっと手に入れたんだ。
絶対、離さないから。
きっかり今から10年前。
高山祐一。10歳。
まだまだ可愛らしさの残る小学生だった。
少しばかり、いや、ずば抜けて多才であっただけの小学生。
しかし、多才すぎるが故に、なんでもできて、なんでも持っていた。
優しく厳しい、それなりの地位の父母。
美しく賢い父母の血をしっかり引いて、美しい容姿と類稀なる才能と、それを活かし、伸ばすための習い事をさせてもらって。
やりたいことはすべてやってみた。
そしてすぐ、マスターした。
女の子は自分の周りに腐るほど寄ってきた。
おれの見た目と才能に寄ってきただろう女たちになんか興味なんて出るはずもなくて、無視していたけどついてきた。
告白なんてあまりにも多すぎて、ラブレターなんかは読まずに捨てたり、呼び出しにも行かなかったり。
今考えれば最低だとは思うけど、毎日言い寄られてみればわかると思う。
男の子からは疎まれた。
でも何言われたってなんとも思わなかった。
正直、愚かだとすら、思っていた。
先生はおれを褒めちぎった。
大したことはしていない、おれがちょいとやる気を出せば必要以上に褒める、煽てる。
こんな毎日だからこそ、すべてが面白くなかった。
齢10の頃に、すでに人生に飽き飽きしていた。
幼いながらこんな楽しくない人生、だなんて思って、軽く絶望さえしていた。
だから普段、仏頂面を極めていたりした。
そんな矢先。
習い事帰り。
ちょっと長引いたせいで帰りが夜遅くなって、母さん心配してるかな、なんて思えば少し急いで帰る気になった。
だから、人通りの少ない裏道を歩いていた。
それがいけなかった。
「ぼく、こんな夜にこんなところで1人は危ないよ…おじさんがついて行ってあげようか」
いかにも怪しげなおっさんが通りたい道を塞いでいた。
汗だくで、なぜか息が荒くて。
ニヤニヤへらへらしていて。
「…別にいいよ、おれ1人で帰れる。だからそこどいて」
「いやぁかわいい子だね。こんなにかわいいぼくは変なおじさんに連れていかれちゃうかもしれないからね。だからほら、おじさんがお家まで送ってあげるよ」
汚れたことはなにも知らなかったけれど、本能が「こいつはやばい」って言っていた。
だから少しでも早く、逃げなきゃって。
「いらないってば。もういいよ、違う道通るから!」
踵を返し、人通りの多い道へ駆け出す。
おれはかけっこ、負けなしなんだ。
撒けると思っていた。
しかしやはりおれは子供でしかなくて。
すぐに追いつかれて、掴まれて、そのまま地面に引き倒された。
「いけない子だね。おじさん、優しくしてあげてるのに。ちょっと痛い目を見せてあげなきゃだめかな?こういうこと、されるんだよ、って!」
そう言って押さえつけられ、服を破かれそのまま剥がれ、焼けにくくていつでも白めの肌がおっさんの目に晒された。
おっさんはそのままはぁはぁ言いながらおれの身体を弄って、なめて、ああ気持ち悪い、助けて、助けて。
おっさんに力で勝てないってわかったとき、おれは助けてって大声で叫んでみた。
声を聞いたおっさんは、黙れなんて言って思いっきり殴りつけてきた。
脳が揺れた、ぐらぐらする、もう声が出せない、逃げられない。
このまま、なんか、なんかよくわからないけれど、気持ち悪いことされちゃうのだろうか。
ぼーっと、町の光で星は霞んでほぼ見えず、星なんて元からなかったような真っ暗な空を見上げていた。
そのときだった。
何かが飛んできて、おれを組み敷いていたおっさんの頭にぶつかった。
ぶつかったものはおれの頭の近くに落ち、見てみれば真っ黒な通勤カバンみたいなものだった。
おっさんは痛みで一瞬怯んで、顔を上げて周りを見渡した。
そこにはちょっぴり冴えないスーツの男の人がいた。
心臓がドクリ、と一度、変に大きく鳴ったような覚えがある。
「おいおい、おっさん。強姦は犯罪だ。しかもそんな小さい少年を押さえつけて。恥ずかしくはないのか」
一瞬で近づいてきたかと思えばおっさんはもう伸びていた。
あまりに早い出来事に、目を白黒させていると、声と一緒に肩に何かかけられた。
男性のスーツのジャケットだった。
次は心臓が縮んで、跳ね上がったような感覚がした。
「大丈夫か、少年。これ着ておきなさい。災難だったな、屈辱かもしれんが、すまない、今から警察には連絡してきてもらって、そいつを捕らえてもらう」
そう言っていまどき珍しいガラケーで警察に連絡し始めた。
じいっと見つめていれば、視線に気がついて優しく笑って慣れてなさそうな手つきで頭を撫でてくれた。
キュンとした。
この人、かっこいい。
最高にかっこいい、おれのヒーロー。
モノクロの世界に、一気に鮮やかな色がついたような気がした。
この人は、おれのことを、おれとしてちゃんと見てくれる。
そんな気がした。
この人が欲しい、おれのものにしたい。
でも多分、この人は簡単におれのものになってくれない。
暖かい手を感じながら、なんだかこういう存在を初めて見つけて、嬉しくて、気恥ずかしくて、顔を伏せた。
「少年、もう少し待てば警察が来るから、そうしたら親御さん呼んでもらおうな。ごめんな、不用意に頭を撫でてしまった。怖かっただろう。女の警官さん来てくれるように頼んだから、大丈夫だぞ」
頭から温もりがそっと離れていった。
寂しいと感じた。
「怖かったけど、おじ…お兄さんが来てくれたから、大丈夫。女の人はやだ」
もっと撫でて。
「おじ…で、でも男に触られて気持ち悪かっただろう?男だと、また怖くなっちゃうんじゃ、」
もっとおれを気にして。
「そんなのどうでもいいから、お兄さんの名前、教えて。それと、おれとお付き合いってやつ、して」
もっともっと、おれに優しくして。
「清水慶次…って、はぁ!?お付き合い!?いまどきの子供は恐ろしいな」
本気なのに、本気にしてくれなくて、でもそれがなんだか嬉しかった。
自然と笑顔がこぼれた。
何としてでも、手に入れると。
心の奥深くに小さな、でも力強い火が灯った気がした。
「本気なのに。ね、だめ?」
「はいはい、少年が将来、おじさん好きな大人になったらまた来い。流石に初対面、というかその前に小学生に手を出したら犯罪だな。だから普通に無理だ」
お遊びなんかじゃない。
「大人になったら、いいの?」
「あ〜…まあいいか、すぐ忘れるだろう。そうだな、大人になって、それでもおれが好きで、おれのこと探し出せたら考えてやる」
清水慶次。しみず、けいじ。
慶次さん。
絶対手に入れる。
初めて、これはやる気が出るなと思った案件だった。
「言ったね?覚悟しててね」
この日は警察が来て、おっさんは捕らえられ、少しだけ話を聞かれて、呼ばれていた両親に連れられて帰った。
慶次さんは最後まで一緒にいてくれて、好きが加速して困った。
慶次さんは両親に会わずに帰ったから、慶次さんのことは知らないけど、おれを助けてくれた最高にかっこいいヒーローの話はした。
以降。
おれは持てる力とコネを使って慶次さんを調べ上げた。
清水慶次、27歳。
住んでいるところは○○市の一人暮らしには少し大きめの家。
勤めているのは××会社。
母校は◽︎◽︎高校と◼︎◼︎大学で、高校時代はそれほど強くない柔道部の副主将をしていた。
猫は好きなのにアレルギーがある。
そのほか家族構成、人間関係、好きまたは嫌いな食べ物、果ては通勤に通るルートや彼のスケジュールまで。
調べられることはすべて調べ上げた。
因みに下世話な話だが、おれは慶次さんで精通した。
それだけでなく、オカズは必ず慶次さんにしていた。
気持ち悪い?何とでもいえ。
そっちの手解きは近所のお姉さんにしてもらったり、ハッテン場、なんて呼ばれるところで男との仕方を教わったりした。
慶次さんをきちんと愛するために大切なことだからしっかりと学んだ。
慶次さんについてすべて調べ上げたおれは、少しでも慶次さんを感じたくて、慶次さんの母校に入学し、アルバイトも慶次さんの会社に近いところに。
日々彼を尾行し、観察するのが日課だった。
彼の行動はすべて日記に書いてある。
重い荷物を持ったおばあさんを助けたり。
受付のお姉さんを仲良くしていたり。
因みにちょっとこのお姉さんは慶次さんに色目を使っていたのでちょいと手を出して慶次さんから手を引かせたなんてことがあったかもしれないしなかったかもしれない。
まあこのお姉さんだけじゃ、ないんだけど。
おれの中心は慶次さんだった。
人生のすべてを慶次さんに捧げたかった。
やっときたハタチの誕生日。
大人になったよ、慶次さん。
この日、慶次さんと接触するつもりでいた。
慶次さんが彼の学生時代の友達とばったり出会うことはまあ予想外ではあったし、嫉妬もしたが、まあいい。
今まで考えていたプランはダメになったけど、友人と一緒に飲み屋に入ったのを見て、酔ってるところを突っつけば、最悪ゴリ押しすればコロッといくのでは、と思ったら興奮しすぎて鼻血が出そうになった。
その日は死ぬ気で頑張った。
久しぶりに動かす表情筋、引きつってなかっただろうか。
声が興奮で上ずったり震えたりしていなかっただろうか。
ぶつかった瞬間から欲をさらけ出していなかっただろうか。
汚い欲をすべて、すべて隠して。
ああ、あなたがほしい。
歪な愛を、どうか綺麗で歪みのないものに見せるために。
あなただけがほしい。
慶次さんに、想ってもらえる男になるため。
だからあなたもおれを愛して。
ふらふらしてぼんやりしている慶次さんを導いた先はおれの家。
そのままらぶらぶセックスになだれ込んで、かっこいいヒーローを、可愛い可愛いおれだけの慶次さんにした。
ちょっと無理させちゃったのは反省すべきだけれど、可愛い慶次さんが10年もおれを待てさせて、それでおれのこと忘れているから悪いんだ。
おじさん好きな大人になれば考えるって言葉を信じておじ専になったよ、って言ったのに。
まあ慶次さんはおじさんじゃなくても好きなんだけど、そういう話じゃなくて、そう、あのときのおれだよっていうアピールをしたのに。
だから暴走したのはおれだけのせいじゃない。
そんなことを考えながらも慶次さん(のカラダ)を愛している最中のおれは止まらないし、これからも慶次さんのすべてを愛し続けると、絶対に離さないと誓った。
今まで手に入れたどんなに高価な、どんなに有用なものも、慶次さん1人には到底勝てそうもない。
この10年間は、さすがに慶次さんには教えられないけど、おれの少しばかり重い愛をどうか、どうか、受け止めてほしい。
態度とことばでおれのすべてを捧げるから。
慶次さん。
愛してる。
こういう攻めが好きなんです。どうでしょうか。思ってた祐一くんと違いましたでしょうか。実は私の中では最初からこの祐一でした。やばい感じの。もっと1話2話でバリバリ怪しい感じ出していこうか迷ったのですが、出し過ぎると慶次が気づかないのもおかしいかなと。書いてて最高に楽しかったお話です。読んでくださった皆様、ありがとうございました。