第7話 縁の下の力持ち
大公軍が“偽りの降伏”に喜んだのもわずか、空から降り注いだ“爆撃”に門をくぐった者の半数が吹き飛んだ。
“自由区”から駆け抜けようとした騎馬兵たちも、なんだなんだと上背を反らし馬の脚を止めて、状況の確認に時間を要している。
「――だから、あいつらは何でもありなのかと」
クリアスから手渡された双眼鏡を手にしながら、進次郎はそう呟いた。
あの迫撃弾を撃ったのは恐らく、着弾と同時に飛翔した<巨神兵>・鳥の頭を持つトリアングルだろう。
進次郎は隣町に向かって飛び立ってゆく<巨神兵>の背を眺めながら、この国の女王・クリアスの言葉を思い出していた。
――最後に、我々の“戦争”をご覧になると良いですわ
ここ・“ロイヤル・ストリート”で戦見学をしているのは、彼女の指示だ。
レンズ越しのせいか、初めて見る戦争はまるでテレビで視ているかのようで、『目の前で戦争が起こっている』との実感がなかった。
現場は混乱を極めている。先ほどまでの余裕はどこへいったのか、大公軍の兵士たちは完全に浮き足立ってしまっているようだ。
しかもそれだけではない。背後から迫り来る“新たな脅威”に、門の外にいる兵士たちも四分五裂にされていた。
『ゲブゼリアの軍旗、大公軍の旗にあらず――ッ!
繰り返すッ、ゲブゼリアの軍旗――』
進次郎の背後で、リーランドの城兵が歓喜に満ちた大きな声を起こす。
ドワーフが寝返った――進次郎はレンズの中に映った、小さな女の子と犬に震えを隠せずにいた。
◆ ◆ ◆
城門の外は、地響きのような音が起こっていた。
ずんぐりむっくりとした小さな者・ドワーフは、斧やハンマー、槍などを握りしめ、柔らかくなった地面を踏み固め、泥を跳ね上げながら一直線に“敵”に向かってゆく。
その“敵”は『味方だ!』と叫ぶが、鉄兜を被った彼らの耳には届いていない。
「敵はラウェアの兵どもじゃーッ! 潰せ、潰せーッ!」
牛車から身を乗り出したドワーフの王・セルハンは高々にそう叫んだ。
その頭には、進次郎の黄色いヘルメットが乗せられている。イヴとの“交渉”に天秤にかけた、大公側の金も、“勝利後”の報酬もすべて貰える選択を取った。
これまで寝返ったと悟られぬよう、投石機の準備だけは執り行い、ギリギリまで大公側に着いている“フリ”をしていたのである。
――もっと貴重なコインが貰えるかもしれない
決定打となったのは、進次郎の財布にあった“コイン”であった。
金貨の山を積まれた男が、よもや『五百円玉一枚で寝返った』とは思わないだろう。
その大金星をあげた小さな交渉人――ワンコの背中に乗ったイヴは、いの一番に敵陣に突っ込んでゆく。
「わんわんっ! 一緒に死んでくれるかのうっ!」
「うぉんっ!」
イヴとワンコは、後ろを守る兵の中で馬鞍に錦の布に敷いている、“一番偉そうな男”を狙っていた。
それは、“十二席”の一人・コションであった。太陽を背にしたワンコが飛んだと思えば、その背に乗った小さなイヴが飛び、軽々と厚い兵士の壁を飛び越えた。
コションも彼を守る兵士の壁も、手にした槍を突き出すこともせず、迫りくる“小さな女の子”をただ呆然と見上げていた。
「にひひーっ! まず一人目じゃーっ♪」
「まっ――!」
コションは命乞いする時間すら与えてもらえない。
彼が最期に見たのは、ブン……と風切り音と共に振り下ろされる、冷たい“鉄槌”だった。
「――うぉりゃーッ!!」
イヴは柄の長いウォーハンマーを右に左に。その勢いのまま、周囲の大公軍の兵士を蹴散らし始める。
ドワーフの真骨頂であった。敵の足を掬っては一回転してその顔に叩きつける。敵が彼女に剣を振り上げようものなら、《コボルド》のこん棒がその者の顔面を叩き潰す。
蹴り、殴り、潰す――力任せに道を切り拓くイヴとワンコであるが、冷静さは欠いていない。引き際を知る犬がひと吠えすれば、イヴはその背に飛び乗って離脱する。
大公軍の兵士の剣や槍はその度に空を切った。
それを追おうとすれば、後ろからやって来たドワーフたちに踏み潰される。
その一部始終を見ていたセルハンは、あごヒゲをしきりに撫で、馬車の中で震える息子にため息を吐いた。
「養女でもいいから来てくれんかのう……はぁ……」
あの子の父になりたい、そう願うセルハンの声が空しく響く。
そして、そんな幼女にもちゃんと父がいる。
「イヴちゃあーーーんっ!」
「おぉっ、トーちゃん……素手とランニング一枚とは気合入っておるのう!
まぁそれはいい、何体っ、何体殺ったっ!?」
「六つじゃ!」
「九割嘘じゃから、二つ――いや、一つじゃな!」
「どうしてバレたっ!?」
娘を追って城を飛び出したはいいものの、進行中の大公軍とぶち当たってしまい、そのまま吸収されてしまっていたのだ。そして、投石機の組み立て方を教えたのは彼である。
イヴは『後で小遣いくれ』と言い残し、再びワンコと共に大公軍の兵を次々となぎ倒し始めた。
彼女たちが目指しているのは、投石機の一台――城門を正面にして弧を描くようにして並べられた内の、最も城門から離れた西側のそれに向かっている。
一番近くのが真っ先に投擲できそうだが、彼女たちはそれを無視した。
(投石機には疎いが、あの角度じゃとクレアの店にぶつかりそうじゃ――。
あいつらの大事なものを、あんなモノで潰させるわけにはいかないのじゃっ!)
一人当たりは一騎当千であっても、敵は数で勝っている。
攻撃の要でもある<パイロの吐息>に、敵もそう易々と押し込ませてはくれない。
投石機の前では、がっちりと盾が組まれ、合間から槍が飛び出す銀色の壁が作り上げる。
それが一つ、二つ……と、イヴとワンコを取り囲み始めた。
「ぬううううっ!!」
「ウォッ? ウォウォウォッ!!」
奥歯を噛みしめるイヴに、ワンコは森に向かって吠えた。
何だとイヴがそこに目を向けるが、視線の先には何本もの矢が刺さった絶命寸前の《タウロス》、斧をぶん投げ弓兵の頭をかち割った光景だけだ。
しかし、ワンコは『その向こうだ』と言わんばかりに吠える。
「うぉ、うぉ、うぉん……? <ウォーウォーウォン>かっ!
お主らのリーダー・<ウォーウォーウォン>が来たのかっ!」
ワンコは力強く『ウォンッ!』と吠え、攻撃ポイントを伝えるかのように遠吠えを行った。
すると、何十倍にもなって遠吠えが返ってくる――山の怒りであるかのような獣の唸りに、誰もが一瞬そこに気を取られ、目を向けた。
ドワーフは歓喜し、拳を突き上げ野太い礼讃の声をあげる。
大公軍は後ずさり、目に絶望が浮かぶ。どこかで『あぁ……』と諦めた声がした。
「よーしっ! いけいけいけいけーっ!」
何千体いると言うのか。森から終わりの見えぬ《コボルド》の群れが、広大な大地を埋め尽くすかのような数の犬が飛び出して来た。
そのすぐ近くに居た兵士は犬の波に飲まれ、他の者も抵抗するのも忘れて逃げ惑う。
一体が矢で射ぬかれても、もう一体が一歩前にゆく――それが《コボルド》の“組織力”である。
手にしている“くの字”の曲刀を投げ、弓兵の頭を、投石機の発射準備を行っている大公軍の兵士を仕留めてゆく。
決死の防衛も空しく、《コボルド》一体を槍で貫けば、その何十倍もの刃が肉体が貫かれる。
獣に背を向けてはならない。それを忘れた者は、地面に突っ伏し絶叫と共に肉を食いちぎられる。
犬が群がった投石機は、木の断末魔を轟かせながら大地に堕ちた。
よし、と握りこぶしの腕を振ったイヴであったが、囲まれている現状は変わらない。
ワンコは彼女を後ろにやり、守るように大きく立ちはだかった。
「わんわんっ!? アタシも戦――なっ、なんじゃありゃぁぁぁっ!?」
イヴが視線を向けた先――城の方から“黒い物体”が、甲高い飛翔音をあげて向かって来たのである。
◆ ◆ ◆
そこにイヴたちがいるなぞ、つゆ知らず――。
着なれた作業服姿に着替えたクレアは、侍女たちと城の窓から“戦見学”に興じていた。
「……はえー、カッコつけかと思っていたけど、やるもんだねぇ」
突如として響き渡った轟音に両目を見開き、思わず感嘆の声を漏らす。
その窓の真下では、片膝をついたクアドラングが、両肩に掲げた砲身に手を添えている。砲口から立ち上る白い硝煙は、ひゅうと吹いたそよ風がかき消した。
侍女の中にはそれに腰を抜かし、赤絨毯を黒く変色させた者まで出るほどである。
背部には、鳥頭のトリアングルを飛ばした射出台が付いており、仲間を射出したかと思えば、いきなりそれを発射したのだ。
クアドラングは、クレアに向かってゆっくりと頭をあげた。
「――はいはい、カッコいいよ。
アタシが言ったのはもっと短かったけど、それもなかなかイイね!
一発であんな遠くの投石機を吹っ飛ばすなんて、凄いじゃないか」
クアドラングは『でしょ!』と言わんばかりに人差し指を向け、再び向き直って狙いを定める。
褒められて嬉しかったのか――彼の砲撃は、二発、三発……と、適当な場所を吹き飛ばし始めた。
(コイツはきっと調子乗りだね……。
でも、このお腹の奥に響く爆発音は、癖になっちゃいそうだよ……)
クレアはうっとりとした表情を浮かべていた。




