第8話 合流と追突注意
「う、うぅむぅ……。
あ、アタシらはここでリタイアかの……」
「うぉん……」
地面に伏せったイヴとワンコは、草地に四肢を投げ出しながらそう呻いた。
砲撃のたびに土の雨が降り、身体は黒い泥にまみれている。
一度目の砲撃には助けられたものの、二度、三度目の流れ弾の衝撃に吹き飛ばされてしまったのだ。
「あれ撃った奴、絶対に調子乗りのカッコつけじゃ……。
褒めて調子に乗らせた奴がいたら、絶対にぶん殴ってやるのじゃ……」
ワンコも同意するように唸る。
肝心要の<パイロの吐息>は、ついに投げ込まれることなく、黒い泥土の上でモウモウと黒煙を上げている。
最後の投石機は残ったままであるが、射手が降伏したため撃ち込まれることはないだろう。
まだ戦う意思のある者は、城門の中に押し込まれるように後退し、戦意喪失した者は武装解除して地面に膝をついている。
城門の外はもう完全制圧する寸前まできていた。
◆ ◆ ◆
王都内に侵入した大公軍の騎馬隊もまた、更なるパニックに陥っていた。
“自由区”から回り込もうとした、百二十騎ほどの騎馬隊・“十二席”のシェヴェル、サンジュ、コックの三人の将は、城に向かうどころか逆にどんどんと離れ続けているのだ。
「シェヴェル! どうしてそこで曲がるっ! 城はあっちだぞ!」
「う、馬が勝手に曲がるのだ――っ!」
サンジュの言葉に、先導を務めるシェヴェルは動揺を隠せないまま叫んだ。
同じところをぐるぐると回っていることに疑惑を感じ、頭部全体を覆う兜のひさしを上げ、周囲を見渡した。
上下に揺れる視界には、整然と並ぶ建物の石壁と石畳――そこに描かれた、白色の【線】や【矢印】、荷車に赤い車線が入った【看板】と奇妙な“設置物”に見える絵、しか見えていない。
その線を渡れば城の方に向かえるにも関わらず、どういうことか馬が線に沿って曲がってしまうのだ。
(あ、あの絵は何なのだ?
まるで、それに従わされているような……)
彼らは、この国に設けられた“交通ルール”を知らない。
当然、荷車に赤い車線が入った【看板】・【自転車以外の軽車両通行止め】や、馬を降りて“歩行者”にならねば線の向こうに行けないことなど、知る由もないだろう。
しかし、“この国の主”に忠誠を誓っている以上、“ルール”に従わなければならない。
(え、絵だと分かっているのに、どうしてスピードを落としてしまうのだ?
どうして、どうしてこんな落書きに……っ)
何より厄介なのは、道路に浮かぶ【イメージハンプ】だ。
設置物がある――頭にそれが浮かび、思わず身を固くしてしまうのである。
道路に描かれた“立体標示”はそれを目的としており、彼らはまんまとその思惑にハマりこんでしまっていた。
曲がり角の直前にそれがあるため、後ろがどんどんと団子状になっていってしまう。
加速、減速の繰り返しに馬が疲弊し始めている。
「おいっ! 王都軍の《コボルド》がいたぞっ!」
真っ直ぐの一本道に差し掛かると、サンジュが突然大きな声をあげた。
一直線の道の脇に《コボルド》が一匹いたが、何かの看板の布を引っ張って逃亡してゆく。
戦うわけでもない。その布の下にの、黄色のひし形の板に『┫』と黒く描かれた看板を露わにしただけだ。
「な、何を――」
《コボルド》が逃げた、その看板がある場所に差し掛かった時、シェヴェルは愕然としてしまった。
角の向こうから、猛スピードで突っ込んでくる騎兵の姿が見えたのだ。
「リーランドの騎兵……っ!
いや――ま、まさかあれ、け、《ケンタウロス》か!?」
「な゛っ!? と、捕えられたのではないのかっ!?」
槍や剣を携えた半人半馬――色とりどりの鎧に身を包み、“突撃ラッパ”と共にどんどんと突っ込んできている。
先頭を切るのは赤茶色の髪をなびかせる、金色の鎧の馬・マファルであった。
「【合流注意】の看板近くでチンタラ走ってっと、事故んぜクソ共――っ!」
マファルは突撃槍を前に突き出し、速度を緩めずそのまま突っ込んだ。
そこはちょうど、騎馬隊のどてっ腹の部分。切り込み隊長・マファルが突っ込んだのを皮切りに、後続の《ケンタウロス》がどんどんとその後ろの騎馬をのみ込んでゆく。
飲み込まれた騎馬の中に、運悪く“十二席”の一人・コックがいた。
馬が疲弊していたのもあるが、思わず減速してしまったのである。
◆ ◆ ◆
「この国、もう人間いらないんじゃないかな――」
双眼鏡で見ていた進次郎は、複雑な顔をしながらつぶやいた。
三分の一まで減った騎馬隊を煽り倒す暴走“馬”――後ろから賑やかな楽器音を鳴らすのは変わっていないが、彼らが持つ旗は“王都軍”の軍旗である。
「味方なのに、『事故って死ね』って思えるのはこれ如何に……」
“ロイヤル・ストリート”でそれを傍観していると、“自由区”の方から、鼻歌でも歌いそうな涼しい顔やってくる女に気づいた。
「――戦争中だってのに、女王様は随分と余裕だな」
「あら、もう女王なんかではありませんわ。
普通に暮らし、普通に眠って、普通に恋をする女でしてよ」
両目をそっと閉じたクリアスは、小さく息を吐いた。
その姿には、幾多もの重責から解放されたような、清々しさも感じられる。
敵が迫っているのに何の策も打ち出さない、女王を追いやったことが奔流となり、上流階級との間に生じたひずみが、彼女を不信任へと導いた。
――何もしない
これこそが彼女の策であった。
既に見えぬ糸を張り巡らせていた彼女は、何もする必要が無かったのだ。
「……あの馬たちは、始めからこれが目的だったのか?」
「“馬”と“鹿”は使いようですからね」
「もしかしてこの国、“鹿”の獣人までいんのか……?」
「真っ赤なお鼻は役立つようですよ?」
くすくすと笑うクリアスは、少女そのものであった。
そんな彼女に従う《ケンタウロス》の集団は、条件をすべてを飲み、我が“道”を突っ走り続けている。
城門の外から追い立てるのは《コボルド》の軍団。その様は、牧羊犬に追われる羊のようでもある。
元から、近郊の町から兵を集めずとも、彼らだけでも十分にやっていける兵力を有していたのだ。
大公の兵の数に対し、味方の数と質が明らかに違うことに、進次郎はいささか疑問を抱いた。
「<巨神兵>に《コボルド》、《ケンタウロス》とドワーフ。それに付随して《タウロス》まで――戦争って言うか、これはもはや虐殺に近い。
ここにまだ人間の兵士を十分に残してる……お前は相変わらず目の前を見ていないが、本当は何と戦うつもりなんだ」
「さあ、何でしょうね? ふふっ……」
クリアスは不敵に微笑むと、街に目を向けながら城に向かって歩み始めた。
その視線の先には、彼女の母を幽閉している教会がある。
「……母親を追放したのも守るためか?」
「いいえ? クリスティーナが死亡した原因のいくらかは母にありますし、残りの余生を懺悔に回せば丁度いいと思ったまでですよ。
そこに、たまたま彼女が唯一救えた命があり、その恩に報いるべき者が関わっていたのも偶然です」
「素直じゃないな」
「あら、そう思いますか」
進次郎は呆れ、ため息を吐いた。
その教会の周辺……“自由区”には“イカつい連中”も多いから気をつけろと願うばかりである。
「ああ、ここに来る途中、地下にいるグットが大はしゃぎしているようでしたが、いったい何をしたんです?」
「引き返せ、って忠告を聞かない奴は『みずのなかにいる』って目に逢うようにしてやったから……恐らくそれ捕まえてるんじゃないのか?
“ヤナ”にかかった川魚を捕るみたいに」
ダヴィツドの依頼を受け、コーニーと進次郎が線を引きに行った地下水道――そこには、【進入禁止】の看板と同時に、水路の床に【矢印】と黄色で【側線】を引いていたのである。
クリアスは『あの子は水遊びが好きですからね』と、納得した様子で歩き始めた。
◆ ◆ ◆
一方で、クリアスが目を向けていたその【懺悔の教会】では、黒鎧の大公軍の隊と、アリスの侍女や元臣下・修道士たちと睨み合いを続けていた。
戦が開始されてからも、ここだけは何一つ事態が動いていない。
大公側は攻撃を仕掛けることは容易いが、場所が教会であること、敵兵の中に修道士がいるのが厄介であった。
他に何かがあったと言えば、馬車が一台やって来たぐらいだ。
「エミューッ! 貴様は“反アリス派”だったはずであろう!」
その馬車から叫んだのは、元・“五老”のメンバーの一人、ヴァンであった。
肩までの金髪の長い髪を揺らす彼は、新次郎たちの前に現れた時に比べて、いくらか痩せ細り、顔色も悪くなっているように窺える。
そんな彼の前には、同じく元・“五老”のメンバーの一人、エミューが立ちはだかっていた。
黒々とした髪のエミューは、かつての姿より活き活きとしているように感じられる。
「かつてはそうであった……が、“反女王組織”はもはやただの看板名にすぎん。
我らが聖女・クリスティーナ、我が命の恩人の死の真相を、クリアス女王陛下が教えてくれた。
それから我々は、陰ながら心腹の友・アリス前女王を支えると決めたのだ!」
クリスティーナが看取ろうとした孤児たちの中で、一人だけ奇跡的に回復の兆しを見せた子供がいた。
彼女は急いで城の医師に預けたのだが、その後の安否を知らないままこの世を去った――。
その子供がエミューなのである。
彼は長きに渡ってアリスを恨み、“地下組織”の代表となったその時……クリアスより『クリスティーナの言葉を聞いた』と“真実”を伝えられてから、考えを改めるようになった。
無論、『死人は語らぬ』とすぐには信用しなかった。
しかし、彼にしか知りえない当時の教会の状況を、彼女が持たせてくれたクッキーの枚数など完璧に言い当てたのである。
「――恨むべき者を誤った償い、救ってもらった恩に報いねばならん」
エミューはそう低く言うと、しゃら……と剣を抜いた。
ヴァンは顔を引きつらせ、思わず身体を仰け反らせてしまう。
女ったらしであり、剣よりも女を口説くことに半生をかけてきたと言っても過言ではない。
クレアを連れ去ろうとしたのもそうだ。
彼女が<イントルーダー>かもしれないとなると、力づくでも己のモノにし、その延長線上にある大公側からの“甘い汁”を啜ろうとしたに過ぎない。
きっかけを待っていた大公側も、覚悟を決めたように剣を抜く。
数はほぼ同数。教会の窓からはボウガンを構えた弓兵もおり、地の利は王都側にある。
と言えど、教会側の半数が女と僧侶――兵士の質は雲泥の差があるだろう。
遠くで見える金属体の一体でも来ないか、と修道女が神に祈りをささげた。
『な、なんだ!?』
『“自由市場”の方が騒がしいぞ!』
教会の窓からボウガンを構えていた弓兵が突然慌て、それに気づいた大公側の兵たちも振り向いた。
「あ、ありゃなんだぁ――っ!?」
素っ頓狂な声が響き、皆がその声がした方を見た。
自分だけがそう見えているだけではないか。その場にいた全員が思った。
向こうから、虹色に塗装が施された馬車が、猛烈な勢いで突っ込んで来ているのだ。
誰もが恐怖で動けなかった。
それは、鬼気迫る馬車の勢いではない。
その馬車の前で腕を組みながら仁王立ちしている、おぞましい姿の男・ヴィクトルが恐ろしかったのだ。
一般市民の馬車に、誰かが『避けろ!』『脇に逸れろ!』と命じたが――
「我々にィィィッ――!!」
バニーガール姿のヴィクトルは叫ぶと、馬車の両扉からイカつい男タチが姿を現す。
「これ以上ォォーーッ!!」左の男タチが叫ぶ。
「逸れる道なぞォォーーッ!!」右の男タチが叫ぶ。
ヴィクトルは『カマっ玉を見せろ』と叫ぶ。
海を割るかのように、大公軍の兵たちが横に跳び退る。
「無ァァァい――ッ!!」
馬(去勢済み)が引くオカマの馬車は、真っ直ぐにエミューの馬車の後部に突っ込んだ――。




