表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/91

第1話 追放されたのは女王だけとは限らない

 ――アリス女王陛下、追放


 この報せが街全体に広まったのは、リーランドに新たな一日が始まってからであった。

 暗雲が空を覆う。騒然とした街の話題は、専ら次の王座に座るであろうクリアスへの不安だった。

 城と繋がりのある“上流区”の者たちは私財をまとめ、足早に王都を去る準備、次にぶら下がるべき者のリストアップに奔走している。

またそれに従い、“ロイヤル・ストリート”の店の殆どは、入口に鎧戸が立てかけられたままで、一夜にしてアリス政権の興亡を表すかのような、街の空洞化を起こしていた。

 最近までそこに出入りしていたドワーフの娘・イヴも、クレアの事務所【ラインズ・ワークス】に戻り、進次郎が用意していた朝食を前に、頬杖をつきながら不満気な表情を浮かべた。


「――やーってくれたのう、あの小娘」

「俺はそれよりもアイツの貞操のが心配だ……」


 彼女の前に座る進次郎は、どうしようもない不安にうなだれている。

 “夢の中”にて、クレアは血相を変えて『女王陛下が追い出された!』と報告をしたため、彼女が侍女長代理に任命されたことに驚く余裕がなかった。

 いや、驚きはした。だがその後に『王女に夜伽を命じられるかもしれない』と、深刻な様子で話したクレアを前に、自身は平静を保つことが出来なかったのだ。

 そんな焦燥に駆られている進次郎の姿を見て、イヴは悪戯な声で話しかけた。


「これで完全に、ここに帰ってくる望みは無くなったのう」

「うう、無事であってくれ……」

「ま、他の男と寝るわけでもなし、ロイヤルゼリーを味わうと思えば、さほど大きな問題でもなかろう。

 上手く立ち回れば、両手に花な夜だって迎えられるかもしれぬしの」

「む、それはそれで……痛だっ!?」


 進次郎の後頭部に痛みが走った。


『娘を貰おうかって言ってる男が、なに浮ついたこと言ってんだい!』


 その後ろでは、クレア似の女性――母親のエリィが仁王立ちしていた。

 横にはマクセルもおり、薄ぼんやりとした身体を浮かばせながら進次郎を見下ろしている。


『うむ。仮にそのようなシーンが来たとしても、もう男では味わえぬ快楽を仕込まれているかもしれん。

 それを見ながら己でシゴく可能性も――あ、いや、さっさとクレアを連れ戻せ!』


 エリィに睨みつけられ、マクセルはとっさに言葉を濁した。

 どう言うわけか、進次郎には『!』の【標識】がなくてもクレアの両親が見える。

 それはイヴも同じらしく、双方は『効果が残っているのか?』と考えていた。


「その、朝っぱらから出てくるの止めてくれませんかね……? 夜でも困るけど」

「アタシもやはりカエルの子のようじゃ。

 ぼんやりとじゃが、ホントにクレアとそっくりじゃのう……」

『でしょー? ああ、この子可愛いわ~。

 娘に欲しいぐらい、よしよ〜し』

「この頭の悪さもそっくりじゃ――」


 イヴは【幽霊 ぶん殴る方法】とメモ帳に記し、大きく背もたれに身体を預けた。


「しかし、アタシの仕事は終わったが、どーしたもんかのう……。

 トーちゃんを連れ戻すつもりでここに来たが、脱獄・拷問の繰り返しじゃ先は長いし、ここに残り続けると後々面倒なことになりそうじゃ」

「面倒なこと、って別に居てくれても大丈夫だぞ?

 俺が言える立場でもないが、クレアもきっとそう言ってくれるはずだしさ」

「いや、そんな小さな話ではない。

 女王が追放されたってことは、この国は今、正式な女王が不在ってことじゃ」

「クリアスが……そうじゃないのか?」

「王都の者が認めれば、の」


 この国の事情を知らない進次郎は、イヴの言葉に眉を潜める。

 それを見たクレアの母親は、何かを思い出しながら口を開いた。


『確か……ちゃんとした手段で退けなかった場合、次に新たに玉座に就く者に対して、“信任投票”が行われるはずね。

 国の有力者たちの投票で、王座に相応しいか決める……んだっけ?』

「うむ。ほぼ全員が信任に投じる出来レースじゃがの。

 しかし、今は時期が時期……強引に追放したせいで、女王派の者の心象最悪、あの小娘の様子ではパイプも少ない。

 つまり、大公側が名乗りをあげれば、そっちに票が流れる可能性が非常に高いのじゃ」

「そ、それって、内部分裂起こすんじゃないのか!?」

「間違いなく起こす――ってか、それが目的じゃろう。

 投票日をいつ設けるか分からんが、あの小娘は戦争を起こすつもりじゃ。

 向こうに決起させる理由もあるしの」

「シルヴィアさんのことか……」


 シルヴィアは大公領に嫁いだが、機密書類でもある<イントルーダーの日記>を焼却し、命を絶った――相手側からすれば、スパイを送り込まれたものと同様である。

 大義名分の下に叩き潰すのが目的か、とイヴは話す。


「だけど、あの記述でどうして女王が追放されるんだ……?

 馬鹿でもなきゃ、あれは『頭打ったけど今は大丈夫。娘は<イントルーダー>になったから、酷な運命を背負う前に私の所に来て』って読める内容だっただろ?」

「改ざんしたんじゃろ。

 ったく、それに気づいておったら、金塊も追加しておったと言うのに……」


 忌々しい、と鼻を鳴らしたイヴに、進次郎は苦笑を浮かべた。

 彼女が“報酬”を全て持ってゆき、『仕事にゆく』と言ってどこかに消えたのだ。

 それが何に変わったのか不明だが、今の彼女の手元にそれがある気配がしない。

 だが、今の――いや、この国にいる自分にとって、クレア以上の価値のある物はなく、金銀財宝の価値なぞ無いに等しい。

 彼女の温もりを得てからと言うもの、ますます彼女を求める気持ちが強くなってしまっている。

 王女の側近に近い、侍女長の座に就いた彼女を連れ戻すのは至難の業だ。

 それこそ戦争に乗じて、彼女を連れ戻さねば……と考えている進次郎の頭に、ある疑問が浮かんだ。


(それまで侍女長やってた、コーニーは何やってるんだ……?)


 矢継ぎ早に繰り出されるクレアの言葉の中には、解任された以外、何一つ触れられていなかった。

 解任されたと言っても、路頭に迷っていることは無いだろう。他に何らかの役職に……と思っていると、事務所の入り口に濃紫のローブを着た女の姿が見え、進次郎は思わず立ち上がった。


(クレア――)


 しかし、薄暗い街を背景にして立つ女は、それとほど遠くにあった。


「う、うぅ、ご、御主人さまぁ……」

「誰だ――って、コーニーかっ!?」


 そこに居たのは、茶髪の髪の女――元・侍女長のコーニーだった。

 いつもの毅然とした姿ではない。めそめそと半べそをかく彼女からは、これまでの威厳がまるで感じられなかった。


「ふ、服も薄汚れてるし、ど、どうしたんだ……?」

「し、城追い出されて、ダヴィッド様のところに厄介になっていたんですけど……うぅ……そこでも、追い出されて……途方に暮れて、いたんですぅ……」

「ダヴィッドさんにまで!? ってか、城追い出されたって、何かしたの?」

「あ、あの夜……ご命令通り、クリアス王女――いえ、女王陛下に渡して、指示された通り“イ”ったのが原因で……。

 せ、責任とってくださぁ……い……うう……」

「字が違ェよっ!? そんな所で絶頂迎えたら、クビになるに決まってんだろっ!?」


 ダヴィッドの娘・シルヴィアは、最期に父の夢枕に立って別れを告げた――。

 それが尾を引いているのか、クリアスから頼まれていたコーニーであったが『娘を思い出してしまう……』と言われ、進次郎の居るところにやられてしまったようだ。

 両こぶしを目元にやり、しくしくと涙する彼女に進次郎は困り果てた。


「説明不足のシンジが悪いのう」

「何でっ!?」

「お願いです……っ、便女でも何でもいいのでここに置いてくださぁい……っ!」

「そんな不穏になるワード言われて置く奴はいない」

『俺は置きた――くありません、はい』


 エリィに睨みつけられたマクセルを見たイヴは、『将来のシンジとクレアじゃな……』と顎を撫でながら呟いた。


「ま、ここにクレアの両親も居ることじゃ。

 一階で寝かせておけば、そうそう暴挙には出んじゃろ。

 狭いとは言え、仕事しない仕事場を遊ばすのは勿体ないしのう」

「そうだな……追い出したら今度こそ行く所も……って、コーニーの実家は?」

「娘がそんな理由で追い出された、なんて知ったら無理心中しかねませぇん……」


 色んな意味で最終手段だ、とコーニーは続ける。

 完全に進次郎しか頼る者がいないらしく、諦めたように息を吐いた。


「イヴの言う通りだし、しばらくここで居るといい。――いいよね?」


 進次郎はクレアの両親に目を向けると、二人も『仕方ない』と頷いて見せた。


「いいらしい」

「あ、ありがとうございますっ……て、このお子様以外、誰と話してるのです?」

「やはり追い出すのじゃ」

「ご、ごめんなさいぃっ……」


 口は災いの元――コーニーは初めて見るドワーフの娘に、ひたすら頭を下げ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ