第1話 リメイク
「お主ら、ほんっと加減ってモンを知らないんじゃな……」
二日ぶりに事務所に戻ってきたクレアと進次郎を見るなり、イヴは呆れ果てたように大きく息を吐いた。
「あ、あはは……シンジのせいでね……」と、顔をツヤツヤにしたクレア
「引き際を知らないクレアさんも悪いんですよ……」と、枯れ果てた進次郎
どっちが受けか責めかで入れ替わり続け、服を着ているよりも裸でいる時間の方が長い、淫れきった一日を送っていたのである。
もちろんクレアは始終暴走していたわけではない。陰部を押し付けるなどの醜態をさらした後、ベッドに突っ伏し『死にたい……』と呻き続けていたほどだ。
進次郎が満足したのが救いであったが、このような倒錯が日常化してしまうと『二人の関係・愛情は歪みきってしまうのではないか』と、危機感すら抱いている。
――王女はそれが目的か?
進次郎とクレアはそう考えたが、さすがに飛躍しすぎかとそれぞれ首を振った。
「まあいいのじゃ、そのペースだと出番も早い。
アタシの最高傑作を披露してやるのじゃっ!」
ついてこい、とイヴは狭い踏み板の階段を跳ねるように駆けあがった。
二人は顔を見合わせ『言ってもベッドだろう』と、肩をすくめ合ったのだが――
「なっ、ななななっ、なんだいこりゃ――っ!?」
「こ、これってまさか……!?」
「にひひーっ、これがアタシ考案の“次世代ベッド”なのじゃっ!」
二人が驚くのも無理はなかった。
眼前に広がるのは大小のベッド――クレアとその父親のベッドを合わせたのだろう、部屋の右手には一・五倍ほど大きくなったベッドが置かれている。
しかし……部屋の左手、クレアが使っていたベッドが三分の一程度に縮小し、縦格子のゲージに囲われている。
進次郎はすぐに察しがついたが、クレアは動揺して何がなんだか分からなくなっていた。
「次世代ってことは、い、イヴのベッドだねっ! そうだろうっ?」
「……お主の顔面、オークにしてやろうか?」
ポキポキと拳を鳴らすイヴの眼は笑っておらず、その背からは禍々しい殺気が放たれていた。
「だ、だってっ、そうじゃないかっ!?
べ、べべ、ベビーベッドなんて、ど、どれだけ気が早いって話なんだい!?」
「思いついたんじゃから仕方ないじゃろ。
それに、キングサイズどーんにすれば、材料が半端に余るしの」
「あ、余ったら――」
「木は切られても成長する。思い出と共に育ったそれは、一級一品の素材じゃ。
それを無駄に廃棄するのは、職人として非常に心苦しいこと。
ならば、子が親となり、子の親は孫を抱く――と生まれ変わらせてやったのじゃ」
イヴの意図を聞き、クレアは言葉を失ってしまっていた。
正面のベビーベッドはクレアの父親・マクセルのベッドをリメイクした物であろう。
子は親の庇護を離れる。そして、いつか親となって庇護する側となる。
早く孫を抱きたいと思うのは必定だが、クレアの両親はそれが叶えられなかった。
イヴだけでなく、ドワーフは万物に霊が宿るとする信仰・思想――“アニミズム”を持っている。
父親の“想い”が籠ったベッドをリメイクすることで、“親孝行”させてやろうと考えたのだろう。
その意図に気づいたクレアは、こみ上げてきた涙をそっと拭った。
「イヴ、アンタって子は――」
「じゃから見た目で判断するな、と言うておろうが……。
それに、別に早いことでもない、近い将来ありそうじゃしな」
「え……?」
クレアと進次郎は『まさか……』と、あることを頭に浮かべてしまう。
「……毎晩、ほぼ生でギシギシアンアンしてりゃ、時間の問題に決まっておろうが……」
「あ、あぁ……うん……」
「あ、あははは……」
胸に手を当てたが、身に覚えがありすぎる二人をじろじろ見ながら、イヴは大きくため息を吐いた。
進次郎は『確かにそうだ』と心に思い浮かべた。
出会ってからまだ半年も経っておらず、交際状態に入ってからまだ一ヶ月程度――。
“この世界”は『結婚への準備が交際期間』との考えが強いため、婚姻に対する形式がなく『出来ちゃったから結婚する』ことに対しても、忌避する感情がない。
(セイズ村も含め、この国の結婚適齢期と出産年齢はめちゃくちゃ早いんだよな……クレアは例外的だけど)
クレアの恐ろしい視線が突き刺さり、進次郎は思わず新しくなったベッドに目を向けた。
医療があまり発達しておらず、平均寿命が短いのも関係しているのだろう。
(時間の問題、だが……)
王女の言葉を思い出す。
――帰りたくないと思っていても『帰らねばならない』と思う時が、必ずやって来ます
“帰る方法”については誰にも話していない。
知っているのは、街の者が知らない《ケンタウロス》を捕えに行ったことのみだ。
間柄が近づきすぎては帰りにくくなる、だから王女は引き裂こうとしてきたのか、と進次郎は考える。
そう思えば、“感情の暴走”に関しても納得がゆく。
だが、進次郎はもう彼女の思惑通りに動くつもりはない。チラりとクレアの方を見やった。
「…………」
進次郎の視線に気づいたクレアは、床に視線を漂わせる。
一拍置き、唇を固く結びながらコクリ……と小さく頷いてみせた。
「……お主ら、人の話を聞いておったのか?
アタシの舌の根はまだベチョベチョじゃぞ……」
無論、進次郎はそのつもりで目を向けたわけでない。
クレアがただ盛大に勘違いしただけである。
◆ ◆ ◆
その頃、大公領・ラウェアにある邸宅では――。
エミリオは、ラガンの目を盗んではシルヴィアを訪ね、何度も彼女の身体を求めていた。
昼下がりから夕暮れまで。これまで解き放つことができずにいた、“若さ”が彼を突き動かし続けた。
「んっ……はぁっはぁっ……」
ベッドに両肩をつけ、大きく息をするシルヴィアの“女”からそれがドロりと流れ出る。
休みなくこれで四回目である。そう長くは持たないが、若さが何度も精を解き放たせ続けた。
彼女はうつ伏せに、ベッドに全体重を預けた。乗馬や剣の訓練などで鍛え、並の女より体力のあるシルヴィアですら、今回は少し堪えたようだ。
エミリオはそんな彼女の身体に、ごくりと生唾を飲み込み、思い切って彼女の背中に覆いかぶさった。
「あ、あの……も、もうしばらくは……」
「あっ、ごっ、ごめんさ――」
シルヴィアはすっと人差し指を立てた。
「す、すまんっ……」
申し訳なさそうに頭を掻くエミリオに、シルヴィアはくすくすと微笑んだ。
彼女は、エミリオに子供のような言葉づかいをせぬよう指導している。
最初はたどたどしかったものの、今ではあまり違和感なく言葉にすることができていた。
――言葉使いは、その者の“心”を決める。“心”が決まれば、言動に現れる。
父・ダヴィッドの教えでもあった。
指導の甲斐あってか、この部屋にいるエミリオは年相応の、大公としての素質を思わせる“男”を見せ始めている。
ラガンはこれに気づいており、台頭させぬようにしていた可能性があった。
シルヴィアを抱いている最中、特にそれが垣間見られる。
ラガンに“純潔”を散らされ、隅々まで穢されたのが悔しいのだろう――全てをぶつけるかのように、ラガンのように乱暴に彼女を突き上げるのだ。
だが、エミリオとの行為の中では彼女は幸福感を覚えていた。
「シルヴィア殿、わ、私は心から悔しい……。
あのような逆賊に、国だけでなく貴女まで……許してくだ、許して欲しい……」
「エミリオ様、わたくしも貴方に“女”を捧げられなかったこと、非常に口惜しく思います……。
しかし、過去を悔いても仕方ありません。こうして全身で貴方の素肌の温もりを感じている今、この時が幸せです……」
「過去を悔いても、か……」
「正直、私が信ずる火の神を呪いました。
ですが、今では貴方に逢えたことを心から感謝しております……」
シルヴィア自身も、“心”が変わろうかとしていた。
初めはエミリオを懐柔しようと考えていたものの、彼の“求め”に応じている内に、同情や憐みの感情が生まれ始め、それがいつしか“愛しみ”へと成長していたのである。
「シルヴィア殿――私はもう、このようなバカげた争いはもうウンザリです。
我々が勝てば、こ、このリーランドは滅ぶ……どうしてだか分かりますか?」
「いいえ、分かりませんわ……」
「聡い貴女に分からぬはずがありません。我々は“勝った後”のことを全く考えていないのです。
片や、あのクリアス王女は非常にやり手です。我が国の北に位置するデルフィアからの縁談を保留にしているのは、恐らくは彼女が用意した爆薬――敗北が濃厚になれば、火をつける算段なのでしょう。
味方にするのではなく、国を殺させるための道具にする……恐ろしい方だ」
エミリオの考えに、シルヴィアは目をパチクリとさせた。
いや、思想だけではない。それを語る姿は、まさに大公その姿であったのだ。
「一度お会いしたことがありますが、クリアス王女は今・この世界を見ていない。
あの凍てつく冬のような目を見れば、それらの覚悟が伺えます。
片や、目先の“利”しか見えていない我々に、そんな覚悟はありません。
それも大金を払い、ゲブゼリア国のドワーフを味方に引き入れたことが返って重荷となってしまっている……」
「げ、ゲブゼリアをっ!」
思わず大きな声をあげてしまい、はっと口に手をやった。
ゲブゼリアと言えば、イヴが務めていた国・ドワーフの国である。
戦に長けた猛者も多く、その国を陥落させるには十年戦えるほどの国力が必要だ、とも言われていた。
「――今、この国の金庫を見れば、思わず笑ってしまうほどですよ。
もし我々が勝てば、リーランド王都が持つ畑が全て枯れ、人は履いている革靴を齧り、野に生えた毒草を蝕むことになるでしょう――我々がすべきことは、“戦う”ことではない。持ちうる武器を捨て、王都と話し合うことなのです。
ですが、白旗は掲げるつもりはない――シルヴィア殿、必要な物を言ってください。
王私は都に放った鼠から得た、情報の隠し場所を知っています。貴女が欲する情報、武器となる物を全て処分致しましょう」
触れ合っている肌、その臀部にはムクムクと彼自身の“男”が隆起していた。
シルヴィアは、これがあの弱々しいエミリオかと驚きを隠せずにいる。
一歩引いたところから見ていたからであろう、彼は国を憂い、自分なりの解決策を考えていたからだ。
ただこれまで、それを口にする切っ掛けがなかった――心の奥底で渦まく、恐怖や自信のなさが“本当の大公”を阻んでいたのだ。
それを引っ張り出したのは、シルヴィア自身とその指導、そして負け犬の屈辱だった。
情報の処分。それを目的にやって来た彼女にとって、彼の言葉はまたとない申し出であったが――
「エミリオ様、二度とそれを口にしてはなりません――」
そう言うと、エミリオと口づけを交わした。
彼に行動を起こさせることは時期尚早でもあり、ことを起こす原理が弱い。
現に、今こうして口づけをするだけで、すぐに元の弱々しいエミリオに戻るのだ。
もう一つ……“命を賭ける”ような出来事・覚悟を起こさねば、今わずかにたわみ始めた“男”のようになってしまう。
それにはシルヴィア自身も覚悟を決め、時が来るを待たねばならない――。




