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第8話 施工開始

 ダヴィッドの働きかけもあってか、城からの工事許可は一週間程度で下りた。

 しかし、作業はすぐに行えない。必要書類や作業にかかる人員の名簿など、多くの事務手続きを経なければならないのである。

 進次郎は読み書きができないので、書類作成は全てクレアが担っている。半日もかからないような作業量なのだが、山のように要求される書類の多さに彼女はもう爆発寸前だった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!? また間違ったぁっ!!」

文明の利器(パソコン)……って偉大な発明だったんだなぁ……」


 書類上には、工事の期間や金額、それにあたる人数、使用する道具と材料の量、またどこでどのような作業を行い、それに対する安全管理をこと細かに記入せねばならない。

 ページ数にして十ページ近く、とそれほど多くないものの、全て手書きでせねばならない労力と、一文字でも間違えればそのページは全て書き直し――と、緊張の連続なのである。このような作業が大嫌いなクレアにとって、これほど苦痛なモノはない。

 進次郎は苦笑を浮かべながら、玄関先で作業にあたるための準備を行っていた。


「はぁっ! もう一旦休憩っ、休憩っ!

 ……ところで、アンタはさっきから何をしてるんだい?」

「ん? 真っ直ぐ線を引くための道具を作ってるんだ」

「そんな細いロープ紐と皮袋で?」


 進次郎の脇には、細いロープ紐と細長い皮袋、石灰粉が入った缶とボロ布が置かれている。

 長さ三十センチ、直径三センチほどの皮袋の底を切り、そこにロープ紐を通す。

 そして、片方の口をボロ布で栓をし、皮袋の上からギュッと堅く別の紐で結んだ。


「ここに、石灰の粉を入れて――」


 そこに三分の二ほど石灰粉を入れると、先ほどと同じくボロ布で栓をして縛る。

 同じ現場作業を経験した者であるからか、食い入るように見ていたクレアの頭に、それに似た物がふっと頭に思い浮かんだ。


「――これ、もしかして“糸打ち”の道具、“すみ壺”と同じものかい?」

「あ、やっぱり糸使った線引きの方法はあるんだ」

「そりゃ、無ければここまでの発展はしてないよ。

 地面に釘や杭を打ち込んだりして、糸を張る方法だけど……これもそうかい?」

「いや、これは二人で使う物だよ」

「二人で? 木材に線を引く“すみ壺”も片方は突き刺すだろ?」

「だって地面硬いし、二人で引っ張れば直線になるじゃないか」


 進次郎の言葉に、彼女は『ああ、そうか』と大きく頷いた。

 思えば、道の上に直線を引くことなどはしないし、引くとしてもいちいち釘などを打っていると、時間と手間だけ無駄にかかってしまう。それに、石畳も割りかねない。

 進次郎の言う方法であれば、間違っても修正がしやすく、石灰であるため雨が降れば勝手に流れてゆく。()()()線を書くには最適だろう。

 そして、糸についた石灰が薄くなれば、粉の詰まった袋を引っ張ればまた糸に粉がつく――これほど合理的で、効率的なモノはないと感じていた。


「これ、売れるよ!」

「仕組みは超簡単なんだから、他所が自作したら終わりじゃん……。

 特許とかあれば別だけど」

「あ……そっか」


 よほど切羽詰っているのだろう……と、進次郎とクレアは苦笑を浮かべ合った。


 ・

 ・

 ・


 それから三日後――やっと空が白み始めた時間、まだ殆どの者が寝静まっている時間にも関わらず、ガラガラと荷車を引く音が街に響いていた。

 その後、クレアはやる気を取り戻し、すぐに書類を書き上げた……のはいいが、久々の現場作業が楽しみでしょうがなかったらしく、工事開始日を最短にして提出していたのだ。

 荷車の上には、危惧していた“ガラス粉”も積まれている。

 ドワーフが釈放の条件として出されたそれを飲み、無料で手配してくれることとなったらしい。


「ガラスビーズがタダとは助かったな」

「採掘で生計立ててるアイツらからすれば、ガラス石の破片はクズ同然だからね」


 ドワーフは“仕事に対して”は真剣なようだ。

 砂粒のようにと頼んでいた通り、ちゃんと仕様通りの物を作ってくれている。


 ダヴィッドに指示された現場が近づいてくると、そこにはドワーフ退治に協力してくれた《コボルド》のワンコが既に待機していた。

 進次郎が説明した警備員のつもりなのか、頭には鉄の兜を被り、赤く塗った棒をブンブンを振り回して遊んでいる。


「――おや。はりきってるね、ワンコ」

「ウォンッ!」

「ははっ、人手が足りてないから、しっかりと迂回誘導頼むよ」


 ワンコはひと吠えすると、指示された場所に向かって駆け始めた。

 現場は、馬車の往来の多い直線道だ。ほぼ平坦な道であるが、その前後が勾配のある道となっているため、上下から勢いのまま飛ばして来る馬車が多い。

 危険なのは馬車だけでなく、歩行者もである。

 道向こうには、最短で市場に向かえる歩道があるため、無理やりここを横断しようとする者も多い。つまり――【横断歩道】の設置には持ってこいであり、効果のほどを見るには最適な場所なのだ。


 ――失敗は許されない


 進次郎は布製の手袋に指を通した。

 事前に打ち合わせを行っているため、作業や手順に関しては問題ないだろう。

 その姿を見たクレアも髪留め紐を唇で咥え、束ねている後ろ髪を結わえ直した。


 ――道路を川、そこを渡るための橋を作るイメージ


 そう説明され、クレアは納得の表情を浮かべた。

 橋を渡すには、まず対岸に二本の縄を張り、そこから橋げた・板を敷いてゆく。

 【横断歩道】も同じである。まずは、このために作った“糸打ち”用の紐を使い、道路に対して垂直な線を取り、反対側も同じように真っ直ぐな線を描いてゆく。

 左右の線を描き加えれば、今度は定められた間隔で垂直の線をつける。それを何度も繰り返し、石灰粉を含んだ皮袋を何度も往復した。

 石灰で手袋が真っ白になっているが、どちらも仕事で汚れるのは楽しいと思える性分であった。


「――シンジ、顔真っ白だね」

「ははっ、それならクレアの顔もだぞ。特に左頬とか」

「え、嘘っ?」

「あ、その手で触ったら余計に広が――あーあ……」

「あ゛っ! しまった……もう、早く言っておくれよっ!

 お返しに、こうしてやるっ!」

「ちょっ、クレアの手、白すぎ――うぶっ!?」

「あっはっは! どうだ!」


 互いに白く染めた顔を見合い、大きな声で笑い合った。

 これから待っていることを考えれば、今このタイミングでしか和気藹々と出来ないからである。

 地面には幾多もの線が引かれているが、絵で言えば下書きの段階、これで終わればただのラフ画・落書きだ。

 ここから色を付け、“意味”と言う“命”を吹き込まねばならないのである。


「……ローラー持って来るように言ってくれて、ありがとね……」

「……これをハケ一本で塗るって思うと、ぞっとするだろ……?」

「……うん」


 ペンキの缶を専用の容器に移すと、そっとローラーを握り締めた。


 ・四十五センチ幅、長さ三メートルの横断歩道――七本

 ・六〇センチ幅、同じく三メートルほどの停止線――二本

 ・三〇センチ幅、一・五メートル×五メートルのひし形のマーク――四か所

 ・十五センチの幅、十メートルほどの直線――二本


 ここに来る前、現物を見た事がないクレアは、これを『ハケだけで塗れる』と豪語していたのだ。

 真ん中の広い部分だけでもローラーを使うと言っても、何のプライドなのか、彼女は頑なにそれを拒む。……が、いざ“下書き”を終えてみると、ただちにそれが間違いだったと気づいたのである。

 コロコロとローラーが地面を転がるたび、白い塗料が石畳の上に付着してゆく。

 日が昇ると共に、物珍し気に眺めるギャラリーも増え始めていた。


 ――もう後戻りはできない


 このギャラリーは言わば証人だ。上手くいけば話題を呼んでくれるが、その逆もある――。

 進次郎もクレアも、人の横断・馬車の停止および減速してくれることを、ただひたすらに願うばかりであった。

 ペンキは下塗り剤となるシンナーは強いて必要ない。ローラーで大きく塗り、端などの細かい部分はハケで塗る……流石にはみ出さないための“ガムテープ”までは調達できなかったので、線の付近は慎重にせねばならない。

 一度目は下塗り、二度目の塗りである程度の厚みを持たせれば、仕上げに“騒動”の原因となったガラスの粉を振りかける。

 粉は塩などを振りかける缶に入れているので、その光景は料理をしているようにも見えた。


「クレア、今回は塩を振りすぎても大丈夫だぞ」

「う、うっさいねっ! 口を動かす暇があったら、手を動かしな、手をっ!」


 陽の光を受け、粉がかかった白い線はキラキラと輝く。

 あの日から、クレアは少しずつ料理をするようになったのだが……作る料理は、だいたい塩漬けか炭である。

 それでも進次郎は『いつか糖尿病と癌になるかもしれない』とのスパイスを味わいながら完食していた。

 クレアの料理も最初は大変だったものの、最近では身体が慣れ始めたのか、彼女自身が慣れて来たのか、もしくは両方か――今では()()()食えるようになってきているのが幸いだった。


 作業もまた同じであり、段々と能率が上がってくる。

 城に提出した作業時間は、交通量がピークに達する昼の二時までだ。

 しかし、二人が最後の一つに取り掛かった時――申請してい時間よりも早く、ゆっくりと慎重に行っても、十二時前には完了させることができていたのだった。

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