第7話 勝者と罰と
夕方、クレアは昼間の出来事の“原因”を話した。
それは数ヶ月前に遡る。先のドワーフは、街中ですれ違った彼女の姿を見るなり『同胞』と叫び、それから執拗に言い寄って来るようになったらしい。
無論、クレアはいつものように追い払ったのだが……ドワーフは、気や腕っ節の強い女を好むため、ますますそれがエスカレートしてしまった、と言う。
「いい歳して、ストーカーかよ……」
「あまりに鬱陶しいから、今日は思いっきりぶん殴ってやったんだよ。
そしたら、泥酔してたのもあってか、あのざまってわけさ……」
「だけど、いったい何が原因でそうなったんだ?
毛むくじゃらのムサい種族のイメージの通りだったけど、趣向に関しては人と同じなのか?」
「い、いやぁ……。
ドワーフの好みは、多分シンジが考えてる通りだと思うけ……。
その時はちょっと、自分でも酷いと思える暮らしをね……あははは……」
クレアはポツリ……ポツリ……と、当時の“ダメ”な暮らしを、何もかもが面倒になり、自堕落な生活を極めていた時期があったことを話し始めた。
思わず耳を疑い、何度も言葉尻を捕まえてはオウム返しをしてしまう。
それは、手入れを忘れた髪はボサボサのベタベタ、干ばつした肌は艶を失い、朝から安酒をぐいとあおっては二日酔いの日々……枯れ果てた姿は『まさにドワーフであった』――と。
「……で、最後は『実は私もドワーフだったのだ!』ってオチ?」
「違うよっ!? ど、どこをどう見たら、私がそうなるんだい!」
「聞いただけで目に浮かぶわっ!?
そんなことなら、着替え・洗濯もろくにしてなかったんだろ」
「うっ……な、何でそれを……。
い、いやでも、洗濯物減らすには、それが効率的だろう……?」
「俺もネトゲ三昧でクソみたいな暮らししてたことあるけど、廃人は風呂に入らないとか、ボトラーみたいな暮らしまではしなかったぞ……」
「あ、アンタ言ってることが理解できないよ……」
その一件によってクレアは生活を改め、元の生活を送るようになったと続ける。
だが、そのドワーフに絡まれていたのは、たまたま見つかったからではない。
進次郎が言っていた“ガラスの粉”を得るには、材木や石材を扱う彼らを頼らねばならなかったからだ。
傍に進次郎がいるから大丈夫だ、と思っていたのだが……はぐれたことに気づいたのは、そのドワーフの店を訪ねた直後だった。
「そ、そもそもっ、アンタの影が薄いのが悪いんだよっ!
アンタがしっかりしていたら、こうはならなかったんだからねっ!」
「なっ、なんと言う責任転嫁……いやでも、一理あるのか?
よそ見してなきゃ、クレアがあんな目に逢ってなかったろうし」
「あ……で、でもその……最後は助けてくれたから、その、いいよっ!
私も、考えごととかしてたら、周り見えなくなっちゃうからさ……」
まさか素直に謝るとは思わなかったのか、クレアの言葉は次第にトーンダウンしてゆく。
時おり、理性より先に感情が走ってしまう。虫の居所のままに言葉を発することも多く、それが原因で喧嘩になったことも少なくなかった。
売り言葉に買い言葉なことが殆どだ。
なので、こうして素直に退かれるなど、予想だにしないことである。
激情がすぅっと引いてゆくと、自分がいかに身勝手な言葉を発したのかと気づき、親に叱られた子のように顔を伏せた。
「えっと……その、ご、ごめんっ……私のせい、なのに……」
「い、いや……うん……」
進次郎は、言葉少なく頷いた。
ばつが悪そうに上目づかいで謝るクレアの姿に、思わずどきりとしてしまう。
気まずいような、甘ったるいような空気が滞留し、進次郎だけでなくクレアもむず痒さを感じていた。
「で、でもあれだなっ、あそこにワンコが居て助かったな」
「え、ああ、そ、そうだねっ。
あれは暇なときは“自由市場”をブラブラしてるし、いざとなれば<巨神兵>も呼べるからさ」
「それなんだけど……この世界って、あんなビックリな存在までいんの……?」
それは、ドワーフをぶん殴った後のことだ――。
空を覆ったのは雲ではなく、五、六メートルはあろうかと言う巨大な人影であった。
しかし、それは“人”ではない。鈍い銀色の輝きを放つ、丸みを帯びた金属の身体、巨大化した西洋甲冑のような“存在”が、石床で悶絶しているドワーフを殴りつけ、城の方に向かって連れ去ったのである。
「あれは特別だよ。この国の、言わば“守り神”みたいなもんだね。
私が知ってるので二体。街の警備を担当する《コボルド》が手に負えないと判断したり、この国に定めれた“法・ルール”に反すれば、あれが即座に捕えにくるんだよ。
国を守護しているのか、土地を守護しているのか分からないけど、そのおかげで、ここリーランド王都は大きな犯罪だけでなく、戦争すら起る心配がないのさ」
この世界に住む者であれば絶対に知っている存在だが、来たばかりの進次郎には信じがたい存在である。
それは、思わず腰を抜かしそうになるほどの威圧感を放っていた。
「王族と独自の判断で、あらゆるものを“始末”できる連中――なんだな」
「平たく言うとそうだね。
さっ、明日はあの親父臭い服を洗濯したいし、まとめてやるから、アンタのもカゴに入れておいてね」
「ああ。だけどその前に……やるべきことがあるよな?」
「そ、それも明日でいいじゃない?」
「明日、明日でやって来た結果が今なんだろ!
さ、簡単な“焼き料理”からでも始めるぞっ!」
「う、うぅ……ワンコもどうして余計なことを……」
逃れられない、とクレアは力なくうなだれた。
あの騒動の後、ゆっくりと買い物をすることが出来ないと判断した進次郎は、ワンコに買い物を頼んでいたのだ。
犬のチョイスのせいか、野菜類は少なめ、肉類が多めとなっている。
しかし、クレアに料理させると伝えていたからだろうか、他には卵や魚の干物など焼くだけで良い食材を多く選んでくれているようだ。
逃げ切れないと悟ったクレアであったが、往生際が悪く、最後の“あがき”を見せ始めた。
「そ、そうだ……っ!
シンジは料理ができるらしいけど、その腕前は私は知らないし……アンタのそれを見てから判断するよ!
お、大口叩くだけの奴から教わりたくないからねっ……!」
腕を組み、そっぽを向いたクレアは、チラりと進次郎に目を向けた。
無茶苦茶なことを言っているのは、百も承知である。
しかし、進次郎の国の料理がどの様なのか見てみたいのも事実だった。
「――よし、分かった。かまどの火起こしだけ頼めるか?」
尤もだと進次郎は腕まくりし、用意された食材を持って炊事場へと向かってゆく。
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それから数十分後……いい香りが漂う事務所内で、クレアはテーブルに顔を伏せ、手にしているフォークを強く握りしめた。
「――く、うぅぅぅ……」
完全敗北の瞬間だった――。
使用した食材はキャベツと小麦粉、ソースがわりのトマトのみ。
大した物を使用していないにも関わらず、どんどんと口に運びたくなるほど『美味い』と思えてしまう。
「い、いったい何て料理なのさ! これなら金取れるよ!」
「西洋のような国で“洋食焼き”が売れるとは、これいかに――。
まぁ、ウスターソースすらない味気ないもんだけど、こんなに美味いと言ってもらえるのは嬉しいな」
「うすたあ……?」
「真っ黒な、それこそ元居た世界では“ソース”って呼ばれる物だな。確か――」
進次郎が言葉を続けようとした時だった。
夜風を通すため、開かれたままの事務所の扉に、ふっと人影が差したことに気づき、二人はそちらに目を向けた。
そこに居たのは、壮年の男であった。二列に並ぶ銀ボタン意外、まるで飾り気のない紺色の詰襟のスーツ。胸元に輝く金色のバッヂや、腰に携えている長剣からして兵隊……それも相当の身の者だろう。
年の頃は恐らく五十代。その苦労が刻み込まれた顔のシワと白髪頭のせいか、実年齢以上の印象を与える。
この時期にしては辛いにも関わらず、制服のボタンが上までキッチリ留められているところからして、気難しさも伺える。
クレアはそれだと分かるや、口にしていた物を慌ててぐっと飲み込んだ。
「――だ、だだだ、〔ダヴィッド〕、様っ!?」
クレアは慌ててその男の前に駆けると、交差した手を胸当てながら右ひざをついた。
進次郎には何が起こっているのか分からず、眉間に皺をよせながら、ダヴィッドと呼ばれた男とクレアを交互に見比べている。
「あ、アンタ何をやってるんだいっ!? は、早く頭を下げ――。
ダヴィッド様……ご、ご無礼をお許しください!」
「いや、その者は仕方あるまい。
それに、今回は正式な訪問ではないゆえ、そのような形式ばった挨拶は不要だよ。いつものように楽にしなさい」
「は、はいっ!」
進次郎は小首を傾げた。抑揚のない淡々とした喋り方は、その者の堅物さをより引き立たせ、進次郎は気持ちが引き締まるのを感じている。
供回りは連れていないことから、『正式でない』との言葉は確かだろう。
では、いったい何の用事があって? 進次郎の疑問を察したかのように、ダヴィッドは静かに口を開いた。
「昼間捕えた、酔っ払いのドワーフのことだ――」
「あ、あれはっ……」
「分かっている。ずいぶんとつきまとわれていたと聞く。
今日は特に酷く、その後ろにいた者が助けた……それで間違いないな?」
「は、はいっ……市場で騒動を起こしたお咎めは――」
その時、進次郎は頭より先に口が動いた。
「私に責任があります――」
「し、シンジ――ッ!」
「ほう……。女の前でいい恰好したいか?」
「ち、違いますっ! あれは本当に俺が見失ったから――」
「ふふ、分かっている。『クレアと男が一緒に居た男は、マクセルの作業服を着ていた』と聞き、どのような男か視たかっただけだ」
「マクセルって……確かクレアの……?」
「父さんとダヴィッド様は、古くからの付き合いだったんだよ。
――で、ですが、ダヴィッド様! シンジにも事情が……!」
「それも分かっているよ、クレア。
何やら、“ガラスの粉”を仕入れようとしていたらしいが……何を計画していたのだ?」
「は……はいっ! もう既にお耳には届いてるとは存じますが、ここ“自由区”は馬車の往来が激しく、周囲の住民の安全はおろか、向こう側に渡ることすら難儀な状態になっているのです。
それを解消するための案が、ここに――」
クレアは恐縮しながら、進次郎が描いた図面を差し出した。
図面と言えど、現時点ではまだ現地調査すらできていない“漫画”と呼ばれる段階のものだ。
ダヴィッドはそれに片眉を上げた。
それに注釈しようと、進次郎は一歩前に躍り出たが……ダヴィッドは図面に目を落としたまま、すっと左手を差し出した。
「ふむ……こんな珍妙な絵を道に描くと言うのか?」
「はっ……。
その何本も連なった線が、人が道を渡るための――。
道の進行方向に対し、水平に引かれた線が『馬車の停止位置』――。
手前にあるひし形の模様が、『先に人が渡る場所がある』と知らせるもの――。
今日送らせて頂いた書状に、その旨を書いております」
勝手に引くわけにはいかず、クレアは彼にその可否を伺う手紙を送っていた。
今日の昼間送ったばかりなので、まだ届いていないのだろう。
ダヴィッドは『ふむ……』と、初めて見たように顎を撫でながら鼻を鳴らした。
「確かに“自由区”の一帯の管理は区長に任せている。
しかし、道に関しては女王陛下に繋がる動脈。いくら良い案であろうと、それを一個人の判断でやって良いものではない」
「そ、それは……申し訳ありません……」
「だが――“自由区”だけでなく、各所で起る馬車がらみの事件・事故に関し、クリアス王女は頭を痛めておられる。
これは、字が読めぬ物でも絵で理解することができるモノ……問題を解決する糸口になるであろう。
早速持ち帰り、私の方から女王陛下に話を通しておこう」
「ほ、本当でございますかっ! きょ、きょえつ至極でございますっ!」
クレアは噛みながらも、深々と頭を下げた。
ダヴィッドはそれを見るなり、先ほどとはまるで違う朗らかな表情に変えた。
「それとクレア……いくら想い人の前でいい恰好がしたいとは言え、慣れぬ言葉づかいはするものでないぞ?
使うのならば、もっと勉学に励めい」
「ち、ちちち、違いますからっ!?」
「はっはっは! さて――そのお相手は、シンジロウ君だったか」
ダヴィッドは進次郎の方に顔を向けた。
「先ほどの、『罰を与える』との言葉――忘れてはおらぬな?」
「え、あ、はっ、はい……!」
「ならば、“罰”を与えよう。
クリアス王女より申しつかったものだ――手の平を広げ、上に向けるんだ」
「だ、ダヴィッド様っ!!」
進次郎は覚悟を決め、言われた通り両手を前にぐっと突き出す。
縄をかけるのか――新次郎は目を思いきり瞑る。
その手の平に、平たく冷たい物が手に乗せられたのを感じた。
まさか……と思ったが、それは軽く、離れる気配もない。
「正しき行いをしろ。それが王女から君に与えられた“罰”だ」
その言葉に目を開くと……新次郎の手の上には、二十個の空欄が刻まれた“カード”が置かれていた。




