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I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


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第2部 第19話「人間(じんかん)、至る所に青山あり」後編

***


ニーナがカップを置き、静かにその場を離れた。


マルコムはしばらく動かなかった。

手にしたグラスの中で、氷が小さく音を立てる。


背後から足音が近づいた。


振り返ると、アリウスが立っていた。


「マルコム、聞きたいことがある」


マルコムは軽く頷く。


「なんだ?」


アリウスはグラスを傾けながら、低く言った。


「俺はこの世界を探すのに、7年かかった。……マルコムは、20年前に生きているカイルを探すのに、どのくらいかかった?」


マルコムはわずかに目を細めた。

遠くを見るような視線になる。


「……6歳のカイルが生きていた世界は、無数にあった。未来はまだ白紙だったからな。だから1カ月ほどで探し出せた」


そこで言葉を切り、アリウスを見る。


「だが、この世界は確かに奇跡的かもしれん。本来は存在しないはずの、微細な条件の積み重ねが導いた世界だ」


アリウスは黙って聞いていた。


「しかし、世界はいつでも奇跡でできているのかもしれん。私は今日、それを思い知った」


「世界は、奇跡でできている……か」


アリウスが静かに繰り返す。


短い沈黙が落ちた。


「思えば、この世界のカイルは20年前に死亡している。他の世界から来たカイルは爆破テロには遭っていないが、7年前の火災事故でアカネを救っている」


グラスを見つめたまま続ける。


「……俺は、20年前の爆破テロで生き延びて、

7年前の火災事故でアカネを目の前で失った」


わずかに息を吐く。


「妙な感じだよ。……それに、奇妙だったのは、この世界でも爆破テロは起きていたのに、カイルに右肩の古傷がなかったことだ。あの時点で負傷していない。それが最初の違和感だった」


グラスを軽く回す。


「ひょっとしたら、カイルは別の世界からパラレルマシンで連れてこられたのかもしれないと考えた。だから、もう一度この世界を調べようと来た。……そしたら、カイルがツェアビルドと戦っていた」


マルコムは沈黙したまま聞いていた。

やがて目を細める。


「……選んだのは私だ。だが、その意味を測るには、まだ時間が必要かもしれんな」


グラスを静かに傾ける。


「それでも、どんな世界にも……抗う者がいる限り、未来はほんの少しだけ変わり得る。私は……そう思いたい」


アリウスは小さく目を細め、静かに頷いた。


***


祝勝会は夜通し続いた。


食堂には空のグラスがいくつも転がり、椅子にもたれたまま眠る者の姿もある。

笑い声の余韻だけが、静かに残っていた。


やがて窓の向こうから、朝焼けの光が差し込み始める。


アリウスは静かに立ち上がり、外を見た。


「……そろそろ、自分の世界に帰るかな」


傍らで起きていたカイルが応じる。


「もう帰るのか」


アリウスは肩をすくめ、わずかに笑った。


「俺が長居すると、ツェアビルドが出るしな」


「……それは勘弁だな」


そのやり取りで、アカネとマルコムも目を覚ました。

4人は連れ立って外へ出る。


人工芝には夜露が残り、朝の空気がひんやりと漂っていた。


アリウスは一度、深く息を吸う。

そして傍らの黒いアタッシュケースを持ち上げた。


地面に置き、ロックを外す。


蓋が開いた。


内部には複数の円形装置と緻密な配線。

中央には、手のひら大の操作盤が収まっている。


指を滑らせ、認証コードを入力する。


淡い光。

微かな振動。


次の瞬間、空間が歪んだ。


アタッシュケースから展開するように、青白い楕円形のゲートが開く。


風が足元を撫でる。

朝の光が乱反射し、揺れる粒子が舞った。


カイルはその光景を見つめ、口を開く。


「……気をつけて帰れよ」


「お前もな。こっちの世界を、頼んだ」


アカネが一歩前に出る。


「ありがとう、アリウス。あなたがいたから、カイルも、私も前に進めた気がします」


アリウスは一瞬視線を泳がせ、照れたように頷いた。


「……礼を言うのは、俺の方かもな」


マルコムが歩み寄り、手を差し出す。


「君の存在は、我々にとってもひとつの希望だった」


アリウスはその手を強く握り返した。


「また、どこかの世界で」


カイルが笑う。


「アリウス、また飲み明かそう!」


アリウスが眉をひそめる。


「……お前、下戸だろ」


「お前もな!」


一瞬の沈黙。


「……だが、悪くない提案だ」


2人は同じように笑った。


「最後に……カイル。ちゃんと言葉で伝えろよ」


「……分かっている!」


そう言い残し、アリウスはゲートへ歩み入る。


その背が光に包まれた。


やがてゲートは収束し、空間の揺らぎが消える。


暁の空の下、アリウスの姿はもうなかった。


カイルは消えた光の痕を一瞬だけ追う。

そして視線を戻した。


マルコムは静かに研究所へ戻っていく。


その場に残ったのは、カイルとアカネだけだった。


「アリウス、良い顔してたね」


「あぁ、そうだな」


わずかな沈黙が落ちる。


カイルは喉を鳴らし、視線を逸らした。


「ア、アカネ……あのさ……」


言葉が続かない。


アカネが一歩近づく。


「ねぇ、カイル」


「……ん?」


「……おかえり」


夜明けの光の中で、彼女はそう言った。


カイルは一瞬、目を瞬かせる。


小さく息を吐く。


「……ただいま」


CH2

-アリウスの世界-


――薄曇りの空の下。


アリウスは、自分の世界へ戻っていた。

季節はゆるやかに移ろい、街には変わらぬ人の営みがある。その光景が、かえって胸に静かに響いた。


彼が向かったのは、郊外の小さな墓地だった。


手入れの行き届いた一角に、アカネ・エリソンの名が刻まれた墓石が佇んでいる。


アリウスはしゃがみ込み、一輪の白い花を供えた。


「……ただいま、アカネ」


低い声が、風に溶けるように落ちた。


そのとき――背後から声がかかる。


「――あ、見つけた」


振り向くと、アヤが立っていた。

アカネの妹。その面影を色濃く宿した姿に、アリウスは一瞬だけ目を細める。


「……少し、墓参りをな……」


立ち上がり、わずかに口元を緩めた。


アヤは腕を組み、軽く眉を上げる。


「帰ってこないから心配したわ。……また旅に出たのかと思った」


アリウスは苦笑し、首を振った。


「もう旅には出ない。ここで生きていくさ……」


「……そう」


アヤは少し不思議そうに彼を見たが、それ以上は問わなかった。


「帰りに、アカネ姉さんが好きだったカフェに寄らない? あそこのケーキ、まだあると思うの」


アリウスはアヤの横顔を見つめる。

そこには確かに、かつて愛した彼女の面影があった。


「……人間、至る所に青山あり、か……」


「……その言葉、どういう意味?」


「人は、生きようと思えばどこでも生きられる、という意味だ」


アヤは小さく笑う。


「……ふふ。いい言葉ね」


アリウスは静かに頷いた。


雲間から差す光が、2人の足元に柔らかな影を落とす。


この世界で、生きていく。


その選択は、もう揺らがなかった。


(完)


ここまで『I, Another』を読んでくださり、本当にありがとうございました。

この物語は、並行世界や人格移植、存在の歪みを扱うSFとして始まりました。

けれど書き続けるうちに、私自身にとっては、それだけではない物語になっていきました。

自分が自分であること。

誰かと出会い、傷つき、それでももう一度向き合うこと。

失ったものをなかったことにはできなくても、その先へ歩いていくこと。

カイルやアリウス、アカネたちの物語を書きながら、僕自身も何度も立ち止まりました。

彼らの迷いや痛みは、完全な作り物ではなかったのかもしれません。

だからこそ、最後まで彼らを見届けてくださったことが、本当に嬉しいです。

物語の中で、すべてが綺麗に救われたわけではありません。

戻らないものもあります。

言えなかった言葉も、救えなかった命もあります。

それでも、誰かが誰かに「おかえり」と言える場所は、きっと残せる。

そんな思いを込めて、この物語を書きました。

もちろん、反省点もあります。

終盤のニーナの狙撃からツェアビルド攻略へつなげる流れは、自分でも少し力技だったと感じています。

背後から来る弾丸を避けるのは、冷静に考えればかなり無茶でした。

ただ、ニーナの狙撃を単なる援護射撃では終わらせたくありませんでした。

ノアの死を経て、それでも前に立ったニーナが、最後の戦いで確かに戦局を動かす。

その形だけは、どうしても入れたかった部分です。

もっと説得力のある見せ方はあったと思います。

そこは素直に反省していますし、今後もっと上手くなりたいところです。

それでも、あの場面でニーナが撃った1発に込めたものを、少しでも感じてもらえていたなら嬉しいです。

『I, Another』は、ここでひとつの終わりを迎えます。

けれど、カイルたちの人生はきっとこの先も続いていきます。


最後まで彼らと共に歩いてくださり、本当にありがとうございました。

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