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I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


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第2部 第1話「多重人格の罠(1)」前編

CH1

-西暦2319年(現在から20年前)、アシュフォード研究所竣工式-


セレモニーホールの天井は高く、祝賀の垂れ幕が空調の風に揺れていた。

ここは、アシュフォード研究所の新棟竣工式。

スピーチ台の前では関係者たちが並び、形式ばった祝辞と拍手が途切れなく続いている。


その一角、招待客用のベンチに、小さな背中が2つ並んでいた。

6歳のカイルと、同じく6歳のアカネだった。


アカネは身を寄せ、小声で囁く。

「ねえ、ねえ、カイル。これ終わったら、ジュース飲みに行こ?」


カイルは少し唇を尖らせたまま、黙って頷いた。

その反応がおかしかったのか、アカネは声を殺して笑う。


――その直後だった。

空気が、目に見えない衝撃を孕んで揺れた。


スピーカーから流れていた祝辞が途切れ、甲高いノイズが会場を満たす。

続いて、怒号めいたシュプレヒコールが叩きつけられた。


「魂は一つ、肉体は一度きり――触れるな、穢すな、背くなッ!!」


悲鳴が重なり合う中、爆発音が轟いた。

炎と衝撃波が広がり、床が跳ね、天井の一部が崩れる。

祝賀の垂れ幕は黒煙に呑まれ、焼け落ちていった。


「アカネ!!」


叫ぶより早く、カイルはアカネを突き倒すように抱え込み、その上に覆いかぶさった。

次の瞬間、鋼材の破片が彼の肩に突き刺さる。

熱を伴った痛みとともに、鮮血がアカネの頬に散った。


「……だいじょうぶ……?」


声は掠れていたが、カイルはかすかに笑っていた。


爆発は止まらず、悲鳴と炎が四方へと広がっていく。


その少し離れた場所――。

青いスーツの男が、血に濡れたまま床に伏していた。

その傍らには、妻と思しき女性が横たわり、動かない。


「……やだ……いやだあああぁぁっ!! 父さん! 母さん!」


少年の叫びは、舞い上がる火の粉の中に呑み込まれていった。


その少年――ヴィクター・コールドウェルは、全身を焼かれ、瓦礫に押し潰されながら、意識を失った。


CH2

-現在、CIAR 4階第2研究室-


アリウスの事件から1カ月が過ぎていた。


「……おかしい、よね……」


アカネは、ほとんど息に紛れるほどの声で呟いた。

診察室の端に立ち、鏡に映る自分の顔を見つめたまま、記憶の欠片を静かに辿る。


あの爆発のあと。

確かに、カイルの肩には深い裂傷があったはずだ。

血に濡れ、はっきりと目に焼きついたその光景を、忘れるはずがない。


それなのに――。

今のカイルの肩には、その痕跡がどこにも残っていなかった。


ただの記憶違いだろうか。

混乱の中で、何かを見誤っただけなのか。

それとも、まだ語られていない“理由”が存在するのか。


(……まさか。そんな……)


胸の奥に、言葉にならない微かなざわめきが残る。

否定しようとするほど、その感覚は消えなかった。


そのとき、通信端末が短く鳴った。

思考は途切れ、アカネはゆっくりと視線を落とした。


CH3

-現在、ゴースト本部1階第1チームデスク-


壁一面に設置されたホロスクリーンの一角で、ヴィクター・コールドウェルは1人、無言のまま資料を読み返していた。


表示されているのは、20年前のアシュフォード研究所爆破テロの記録映像。

再生されるたび、爆煙と炎が脳裏に焼き付く。瓦礫に押し潰された人影、逃げ惑う群衆。

そして――家族が消えた、あの瞬間。


「……未だに、奴の息がかかってるってわけか」


低く呟き、ヴィクターは無機質な瞳でホログラムを見据える。

映し出されているのは、黒髪に鋭い眼光を宿した男――ルシアン・ヴァイル。

プリタスの一員であり、20年前の爆破テロの首謀者だ。


画面の端には、国際指名手配中の文字が今なお点滅している。


「プリタス……“魂の純潔”を掲げる狂信者の集団め」


声には感情がほとんど滲まない。

だが、その奥底でくすぶるものだけは、今も消えていなかった。


プリタス――人格移植技術の倫理と存在そのものを否定する過激派。

“魂は一つ、肉体は一度きり”という教義のもと、人格移植を神への冒涜と断じ、それに関わる科学者や技術者を標的にしてきた。


アシュフォード研究所が手がけていたのは、当時は公表されていなかった「個の保存と移転」に関わる最先端研究。

その象徴となる施設が竣工する日を、奴らは選んだのだ。


「ルシアン・ヴァイル……お前だけは……」


義手が、かすかな金属音を立てる。

記録上、ヴァイルは事件後に消息を絶ち、生死は不明。

だが近年、各地の事件現場で、かつてのプリタス構成員と思しき動きが確認されている。


「……まだ終わっていない」


ヴィクターはデータを閉じ、静かに立ち上がった。


画面が暗転する。

その瞳の奥に宿るのは、過去を断ち切るための、静かな誓いだった。


CH4

-CIAR 3階第3処置室-


人格移植を用いた精神治療支援が制度として定着して以降、CIARには多くの臨床案件が寄せられていた。

なかでも“人格軽減型治療”は、複数の人格を抱えるDID患者の安定化を目的とした、新たな選択肢として注目を集めている。


その日、CIARに持ち込まれた依頼は、1人の若者に関するものだった。


セオ・グリーリー、22歳。

大学を中退後、精神的不調を訴え、DIDと診断されている。

主治医の記録によれば、彼の内部には「冷静なヴィンセント」と「臆病なネイサン」という、2つの人格が確認されていた。


当初、人格の切り替わりは明確な交代制を保っていた。

しかし生活環境の悪化とともに衝突は頻発し、記憶の断絶や自傷行為が現れ始める。

特にネイサンが前面に出る際には、強い不安と恐怖が伴い、統合は困難と判断された。


臨床チームはセオとの面談を重ね、慎重な同意を得たうえで方針を決定する。

「ネイサン」の人格を、合法的に“空の身体”へ移す。

CIARが保護していた、過去の事故で人格を喪失した患者の身体が、その移植先として選ばれた。

残された「ヴィンセント」とセオ本来の意識は、時間をかけて緩やかに統合し、生活の再構築を図る――その計画だった。


移植手術は、CIAR倫理審査委員会の正式承認を経て、ゴースト本部の処置室で実施された。


実施責任者は、ゴースト第3チーム医療主任、エリオット・サザーランド。


処置は、第3チームが現場対応を前提として策定した人格移植プロトコルに基づいて行われ、CIARは医療設計と神経学的監督を担う立場にある。


立ち会ったのは、CIARのエミリー。

そして手続きの正当性を保証するため、法的立会人として派遣されたゴースト本部所属のカイルだった。


「記録開始。人格移植コード“Mirror-2214”。被移植人格、ネイサン。移植先ID、T-0117。記録時刻……15時42分」


電磁共鳴フィールドが静かに立ち上がり、記憶転送ユニットが起動する。

仮想人格構造のパターンが解析され、“ネイサン”という精神断片が、新たな肉体へと慎重に写し取られていった。


手術は予定通り進行し、事故もなく完了した。


「……移植、完了です」


エミリーが息をつき、セオの頭部に装着されていた制御用ヘッドバンドを外す。


目を閉じたままのセオの表情は穏やかで、長い眠りから目覚める直前のようにも見えた。


人格は1つに戻った。

それが誰にとっても疑いの余地のない――「治癒の始まり」を告げる合図だった。


CH5

-3日後、CIAR 3階第3処置室-


人格移植から3日が経過していた。

セオ・グリーリーの状態は、少なくとも表面上は安定しているように見えた。


移植当日の夜。

CIARの経過観察室で、“ヴィンセント”は落ち着いた声でこう語っている。


「……ようやく静かになった。ネイサンの声が聞こえないんだ。頭の中が……自分のものだって、わかる」


医師と立ち会っていたスタッフたちは安堵し、経過記録には

「初期反応は良好」「移植成功の可能性高」

と記された。


外部への報告にはまだ早い。

だが、1つの人格を分離し、残された人格と安定的に統合する――

“人格軽減型治療”は、少なくとも機能しているように見えた。


しかし、その安心は長く続かなかった。


異変の兆しは、2日目の深夜、監視映像に現れた。


映像の中でヴィンセントは、寝台に背を預けたまま虚空を見つめている。

目は開いているが、言葉はない。

ただ、その視線の動きが不自然だった。

何か“見えないもの”を追うように、焦点の合わない目が、部屋の隅から隅へと彷徨っている。


翌朝の問診で、医師が静かに尋ねた。


「何か、気になることはありますか?」


ヴィンセントはしばらく沈黙し、やがてぽつりと答えた。


「……夢に出てくる。あいつが」


「“あいつ”とは?」


「ネイサンだ。──おかしいよな。移植されたのに」



第2部投稿始めました。よろしくお願いします。

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