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I, Another ―目の前に、俺と同じ顔の男がいる―  作者: Akatsuki.S


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第1部 第17話「境界」後編

アリウスは何も言わない。

ただ、その言葉を受け止めていた。

一つひとつが、胸の奥で静かに反響していく。


「……私がこんなことを言うの、変かもしれない。

でも……私は、あなたに――私の死を、乗り越えてほしい。」


それは慰めではなく、祈りだった。

優しさと哀しみが折り重なった、まっすぐな願い。


アリウスは、わずかに顔を伏せる。

「……カイルも、似たようなことを言っていた。

どこででも、生きられるって。」


アカネは、かすかに笑った。

そしてカイルに目を向ける。

彼は、どこか気恥ずかしそうに肩をすくめた。


「ふふ……不思議ね。2人とも、似てるところがあるのね。」


静寂が訪れる。

それは冷たい沈黙ではなく、温度を残した余韻だった。


部屋の隅で見守っていた仲間たち――ヴィクター、ニーナ、スタンリー、ノア。

誰も言葉を挟まない。

銃を構えていた手が静かに下ろされ、張りつめていた表情が、少しずつ緩んでいく。


ニーナはそっと息を吐き、目を閉じた。

スタンリーは腕を組み、何かを堪えるように唇を噛む。

ノアは視線を落とし、言葉の意味を噛み締めていた。

ヴィクターは壁にもたれ、ただ黙って聞いている。


やがてアカネは、さらに一歩、アリウスに近づいた。

その瞳には、恐れも怒りもない。

あるのは、揺るぎない想いだけだった。


「……アリウス。最後に、ひとつだけ、言わせて。」


アリウスは肩越しに、わずかに顔を向ける。

声は出さない。だが、その目が問いかけていた。


アカネは目を細め、穏やかに微笑んだ。


「……あなたの世界の“彼女”なら、きっとこう言ったと思う。

――『ごめんね。ずっと一緒にいられなくて』」


その瞬間、アリウスの胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。

強く握りしめていた拳が、わずかに緩む。


彼は何も言わず、静かに背を向ける。

ただ、その頬を伝った一筋の涙が――

彼の中に残っていた“痛み”と“想い”の深さを、雄弁に物語っていた。


***


アリウスは頬を伝う涙を拭い、静かに呟いた。

「……ありがとう。俺には、それが……救いになる。」


彼は部屋の隅に置かれていた黒いアタッシュケースへ歩み寄る。

床に置き、ロックを外すと、低い金属音とともに蓋が開いた。

内部には緻密な配線と複数の円形ユニットが整然と収められ、中央には手のひらほどの操作盤が組み込まれている。


カイルが目を細め、息を呑んだ。

「……それは……」


アリウスは、わずかに口元を緩めた。

「こいつが……パラレルマシンだ」


カイルは装置に視線を向け、ほんの一瞬だけ目を留める。

理由は分からない。

だが、胸の奥がかすかにざわめいた。


アリウスは指先で操作盤をなぞり、認証コードを入力する。

一拍の静寂の後――


ケース内部が淡く発光し、低い共鳴音とともに空気が震えた。

光が幾筋もの輪郭を描き、空間がゆっくりと歪む。


やがて、青白い楕円形のゲートが、空気の中から滲み出るように開いた。


アリウスは、ゆっくりとその前へ進む。

疲れ切った顔だったが、そこに絶望はない。

長い闇を越えた者だけが持つ、静かな落ち着きがあった。


「……2579もの世界を渡った。

7年かけて、ただ“彼女”を探し続けた。

……だが、それは……無駄だったのか。」


その言葉に、カイルは少し間を置いて答える。


「無駄じゃない。

お前はここに、“止まりに”来たんだ。」


アリウスは、わずかに目を見開いた。

その言葉を胸の奥で転がすように、静かにカイルを見つめる。


カイルは穏やかに微笑んだ。

「ずっと走り続けてたんだろ。息もできないほどに。

でも、今は止まって、自分を見つめられた。

……それだけで、十分だ。」


アリウスは目を伏せ、かすかに笑みを漏らす。


カイルは続けた。

「それに――お前には、まだ“力”がある。

並行世界を渡れる力だ。

今度は誰かを失うためじゃない。……何かを掴むために使え。」


沈黙が落ちた。

だが、その静けさはもう苦しくない。

アリウスの表情が、ゆっくりと緩んでいく。


「……らしくないな、俺。だが……悪くない。」


微かな笑みを残し、アリウスはゲートへ歩み出た。


青白い光が彼の輪郭を包む。

アカネが、そっと声をかける。


「……もう、誰も見失わないで。」


アリウスは振り返らず、わずかに頷いた。

「……ありがとう。2人とも。」


それが最後の言葉だった。


光が静かに強まり、ゲートの縁が波打つ。

アリウスの姿は淡く溶けるように消え、

残ったのは揺らめく残光と、わずかな風だけ。


ほどなく、青白いゲートも収束し、音もなく消滅した。


カイルとアカネ、そしてヴィクターたちは、誰も言葉を発しなかった。

ただその場に立ち尽くし、

去っていった“もう1人のカイル”の残した光の余韻を、静かに見送っていた。


CH2

‐旧ミラージュ研究施設跡前-


一同は、アリウスが去ったあと、

長く封じられていた旧ミラージュ研究施設を静かに後にした。


外へ出ると、夜明け前の冷たい風が頬を撫でる。

空の端には、かすかな朝の色が滲みはじめていた。


カイルは小さく息を吐く。

「……終わったな。」


隣を歩くアカネが、少し不安を残したまま空を見上げる。

「……大丈夫かな。アリウス……」


カイルはすぐには答えず、しばらく同じ空を仰いだ。

「大丈夫さ。きっと“答え”は見つかったと思う……いや、見つけたんだ。」


その視線の先にあるのは、まだ霞んだ朝空。

けれど、その向こうのどこかで――

再び歩き出した男の背中がある。

そんな確信が、胸の奥に静かに灯っていた。


少し間を置いて、カイルが思い出したように笑う。

「そういえば、ヴィクター。どうしてここが分かったんだ?」


ヴィクターはポケットから通信端末を取り出し、肩をすくめる。

「ロイクだ。お前、人格移植されかけただろ。」


「ああ……あのとき、ロイクが仕込んだ妨害装置が作動したんだ。あれで助かった。」


「それだ。装置が作動した瞬間、微弱なGPS信号が飛んだらしい。

それを拾ったロイクが、すぐ俺に連絡をよこした。」


「……そうか。助かったよ、ヴィクター。」


「礼ならロイクに言え。

……どうせ“たまたまだ”とか言って誤魔化すだろうがな。」


ヴィクターがぼそりと呟く。

カイルは小さく笑い、肩をすくめた。


少し後ろを歩いていたニーナは、そのやり取りを黙って聞いていた。

ふと視線を上げ、少し前を歩く兄――ノアの背中を見る。


「……ねえ、ノア。」


足を止めたノアが振り返る。

「ん?」


ニーナはわずかに視線を逸らし、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「……あとで、また練習……つきあってくれない?」


ノアは一瞬だけ驚いた顔をし、それから穏やかに笑う。

「……いいよ。了解、妹さん。」


ニーナは小さく頷き、何事もなかったように歩き出した。

その横顔には、夜明けの光を受けた静かな決意が浮かんでいる。


風が吹き抜け、遠くで鳥の声がした。

長い夜は、ようやく終わりを告げていた。


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