第七話:(最終話)時の揺蕩(たゆた)うとき
織田信長公の死亡と剛掌霧笛の敗北の報は一気に知れ渡り、朱雀派は雲散霧消した。信長公と霧笛の死体が見つからなかった為「自害」と報告された。本能寺は、BASARIANSに制圧された。
「ここに、我らの勝利を宣言する! 朱雀派は敗走し壊滅した。よって一時的ではあるが、青龍派によりこの地は支配される! 各々方に置かれては、追って沙汰をいたす。それまで戦で受けた傷を癒し、論功行賞を心待ちにしておかれたし!」雀悟が宣言した。
「おー!」青龍派、玄武龍派、白虎龍派、雀武帝親衛隊は、それぞれに盛り上がった。
翌月、朱雀派の改易が正式に決まった。織田家の領地は中立の存在である雀武帝親衛隊の直轄領となった。
伊賀と甲賀は独立を認められ、甲賀の直轄領となった。青龍派、玄武龍派、白虎龍派は不可侵条約を結び、それぞれに縁組を結んだ。
そして、戦の無い平和な日が訪れて約一年が過ぎようとしていた。
それは、来たるべき大戦乱の前の静けさだったのかも知れない。
東北の春は、その年だけ長かった。
やけに長く桜が咲いてくれた。
穏やかな陽気に包まれて、今日もまた鶯が賑やかだった。
仙南の山の中で静養していた一馬に珍客が訪れた。
「天翔のダンナさんよ。具合はどうだい?」病に蝕まれつつあった臥竜だった。
「あ、あぁ、いい、よ」小さく返事をして、布団の中から起き上がろうとした。
「あ! 寝ていておくれ、無理はいけねぇ」慌てて、起き上がるのを止めた。
「カズマ、失礼じゃないわよ。寝てなさい」氷月が言った。
「あ、あぁ」一馬はすっかり弱っていた。
「これは、唐のくにから取り寄せた内臓に効く薬だ。やってくんな」といって、小さな袋を手渡した。
「あ、り、がとう・・・」一馬は力なく受け取った。
「ダンナには、世話になりっぱなしだ。俺もここ最近は、体調が優れねぇ。今のうちに挨拶しておこうと思ったんだ・・・」修羅場を潜り抜けてきた、深みのある声だった。
「・・・あぁ」
「『天使の友達』を旗揚げした頃から、500円や1000円を毎月仕送りしてくる、訳の分からねぇ奴がいたんでさぁ。誰だろう? 何の目的だろう? ずいぶん不思議に思っていましたがね。最近やっと正体が分かったんでさぁ」
「・・・う・・・ん・・・」
「仕送りしてきた奴の正体は、碧竜だったんでさぁ!」言うや否や、臥竜は泣き出した。
「・・・」一馬は無言で、臥竜が泣くのをじっと見つめていた。
「うっく、ひっく、うれしいな~。泣かせるな~。こいつは・・・、たまらないな~。全てダンナのお陰です。いくら感謝しても、し足りねえです。一人前に育ててくれてありがとうございやす!」臥竜は男泣きに泣いた。
「・・・」一馬は笑顔で話を聞いていた。
「俺の人生は苦労が多かったかも知れねぇです。でも、ダンナに比べたら大したことはねぇです。残したものがこれほど多いなら、苦労のし甲斐もあるってもんです。全てダンナのお陰です。ありがとうございました」臥竜は深々と頭を下げた。一馬は臥竜を手招きした。ヨロヨロと手を伸ばし、肩をとんとんと力なく触った。
「・・・が、んばった、な・・・」声は聞こえなかったが、心の奥に響いてきた。
「おっ、おえ~っ、ダンナー。ありがとー!」臥竜は涙腺が崩壊した。
碧竜は黒幅脛組の頭領に昇格したと同時に、四元道冬美と夫婦になった。最終的に伊達藩の副大将まで昇格し、伊達成実に次ぐ存在まで上り詰めたが、本人の希望で伊達家の記録には一切記述されなかった。
「碧竜の奴が、出世するたびに仕送りの額が増えるんでさぁ。鈍感な俺が、やっと気づいたころには黒幅脛組の頭領だ。俺は驚いたねぇ・・・」と言って、また感極まった。
蒼龍は『天使の友達』を引き連れて、全国行脚を繰り返した。道万凶之介とは、入籍こそしなかったが生涯を共にした不思議な仲だった。巡業先の手配はすべて凶之介が執り行った。
一宮かれんは『天使の友達』のエースとして、巡業の先々で大人気を博した。徳川家からの側室として迎えたいという話を複数回断っていたらしかった。
色村葉月は、白虎龍派の蠣崎潤之介と夫婦になった。白虎龍派の本部のある広島で、旅館を開き、接待麻雀が得意な名物女将になっていた。
夏風秋葉は、北海道の堂満吉兆太に嫁いだ。麻雀よりも剣術に目覚め、吉兆太の代わりに門弟たちを鍛え上げた。
平之助は、秋葉について行き玄武龍派の副師範まで上り詰めた。
和之助は、冬美について青龍派に属した。黒幅脛闇斗が頭領になったとき、副頭領に昇格した。
金之助は、かれんの忠実な弟子であり『天使の友達』の影のエースだった。女子の追っかけが多く、グッズは飛ぶように売れた。結果として、蒼龍を潤わせた。
満之介は、葉月の後を追って白虎龍派に所属し、師範代まで昇格した。潤之介は怪我をして引退をし、趣味の釣りをして余生を過ごした。
鎌田軟骨は、不破輝雷美と夫婦になり鎌田財閥を興した。輝雷美の情報漏洩の能力で、将来性のある相手と契約を交わし続け、鉄骨王に登り詰めた。
土方重蔵は名門土方家の跡取りとなった。軟骨とともに、伊達藩の財政を潤した。
中泉六雲は、青龍派に戻り事務方に徹した。朱雀派から持ち帰った知識や情報を活用し、伊達藩の財政の中枢を担う存在になった。
帰り際、一馬は臥竜の好きな酒を手渡した。持ち帰って毎日一口ずつ楽しんでいたが、丁度無くなった時にこの世を去った。皮肉なことに、一馬が亡くなるよりも早かった。
呀龍が一馬を訪れた数日後、伊達政宗公が一馬を訪れた。織田信長公が49歳で亡くなった一年後、政宗公は若干17歳であった。
「あ、あぁ・・・」起き上がろうとする一馬を政宗公が制した。
「良い、良い。病の身じゃ、寝ておれ」
「あ、あぁ・・・失礼、します」
「良い、良い。長篠の戦から本能寺まで、そちはよく働いてくれた」
「あ、り、がとう・・・ご、ざ・・・います・・・」
「はっはっは。礼を言うのはこちらじゃ。お主のお陰で後進も安泰じゃ。この度は、碧竜を黒幅脛組より本体に編入し、千人ほどの兵を与えるつもりじゃ」政宗公は優しく笑った。
「・・・う、う・・・あり、がたく、ぞんじ、ます・・・きょうえつしごく、にぞんじ、あげます・・・」精一杯の感謝のことばを捻り出した。
政宗公は、じっと庭を見詰めながら言った。
「雀悟の居所は、いまだ掴めぬ。すまんの」
「・・・」
雀悟と疋田は青龍派を抜けて、霧笛の行方を追っていた。青龍派と黒幅脛組が捜索を続けていたが、二人の足取りは掴めなかった。
政宗公は、一馬に進物をさしだした。
「これは、舶来のルソンから取り寄せた土産じゃ。臓物に良く効く薬じゃ。養生いたせ」
「あ、り、がとう・・・ご、ざ・・・い、ます」一馬は深々と頭を下げた。
そしてまた、穏やかな暖かい日々が続いた。
ある日、氷月が洗濯をしていた時のことだった。
「ほ~、ホケキョ」
その日も、鶯の声に聞きほれながら衣類を干していた。
「ことりの鳴き声は何故、こころ安らぐのでしょうか?」誰かが声をかけてきた。
「ん~、襲ってこないからかな~。かわいいだけの存在だもん」
「はっは~。そうですよね。小鳥に襲われた人はいませんよね~」
後ろを振り返ると雀悟がいた。
「雀悟くん! 帰ってたの? 久しぶり~」
雀悟は、ふふっと笑って言った。
「いま、兄さんに挨拶をしてきたところです」
そして、どうでもいいことを話し始めた。
空はすごく澄んでいた。
風は優しく肌を撫でてくれていた。
太陽の日差しが、草花の生命力を存分に引き立ててくれていた。
単調だった時間の流れが少しだけ佇んだ。
この瞬間を、ずっと待ち侘びていたようでもあり、
訪れて欲しくない気持ちもあった。
訪れてしまえば、終わりが見えてしまうからだ。
だから、訪れてしまった以上は、永遠に佇んでいて欲しかった。
病を患っている兄さんを
余生の長くない兄さんを
甲斐甲斐しく世話をしているこの人の
何と幸せそうなことだろう!
そして、その笑顔を遠くから眺めているだけで、
ぼくは充分幸せなんだ・・・。
〔本能寺の変編:第七話(最終話)時の揺蕩うとき〕
〔(第二部・『覇裟羅達』BasarianS)完〕




